南島慕情 奄美篇(1)

AMAMI

 屋久島から奄美大島へ

9月7日。太陽が容赦なく照りつける屋久島・宮之浦港の桟橋。涼を求めてターミナルの待合室へ。われわれが乗船するトッピーとフェリー屋久島とがほぼ同時刻に出航するらしく、けっこうな混みよう。

宮之浦からは屋久島の北西にある小島・口永良部(くちのえらぶ)に向かう一日一便の上屋久町町営フェリーも出ている。口永良部の人口は現在160人余り。硫黄を採取していた頃の人口は二千人に上ったらしい。古文書などには交通の要所としてしばしば触れられている。琉球=薩摩を結ぶ船は必ずやこの小島に立ち寄ったという。そのため、屋久島と違って琉球文化圏に属する風俗習慣が残っていると聴いたが、人口が激減している現在、その痕跡を探すのは容易ではないだろう。年中行事も廃止されたり、簡略化されたりしているに違いない。が、沖縄好きにとっては興味深い話である。

轟音をあげながら超高速船・トッピーが入港。西表でも実感したが、連絡船と桟橋とのあいだの荷下ろしや荷揚げはとても不思議な光景だ。入港の時間になると、どこからともなく関係者がやってきて桟橋で待機。荷揚 げや荷下ろしをてきぱきとこなす。港湾関係者かというとそうではなく、荷物を受け取ったり、荷物を預けたりする人々である。西表の場合、ほとんどが民宿のスタッフだった。自分の荷だけ始末すればいいのに、人の荷下ろしや荷揚げも手伝っている。こういうところに“共同性”や“公共性”の萌芽が生まれるのだろう。屋久島の場合も西表と同じような光景が見られる。これが東京や神戸となると、荷の量が違うせいもあって荷役はビジネス化する。

トッピーで屋久島より鹿児島へ。D教授が船のスタッフに 頼んで到着前にタクシーを予約。船のなかからタクシーを予約できるのはなかなかのサービス。車は桟橋で待っている。西鹿児島駅から水俣に向かう本隊と別れ、ぼくは鹿児島空港へ。フライトまで時間があったので空港内のレストランでしばし原稿書き。時間がきたのでゲートに向かうと、あちこちに「更衣室」を発見。もちろん無料である。こりゃ便利だ。鹿児島は意外にもサービス精神に溢れる土地柄か?

鶏飯を食す

鹿児島からJASで奄美入りしたのは9月7日の夕刻。わくわくする思いを抑えながら、ターミナルビルへ。レンタカー屋(マツダレンタカー)で手続きを終えて、さぁ、国道58号線だと思ったら、県道・龍郷奄美空港線だった。58号線は東シナ海側の笠利町役場前が起点で、目下走っている県道とは赤尾木という場所で交わるらしい。名瀬まではおよそ30キロの道のりだ。

左手に美しいビーチの広がる笠利町だが、いちばん気になったのは神ノ子という集落。“ばしゃ山リゾート”のあたりである。集落のたたずまいがとてもおっとりしていて開放的な感じ。地名の響きもいい。「かんのこ」とか「かんぬふぁ」とでも読むのかと思ったが、地元の人たちは「かみのこ」と発音していた。ちょい残念。

神ノ子を境にビーチリゾートらしき一帯は終わり、道は内陸へと延びていく。気がついたら前も後ろも海。沖縄本島中部にも東シナ海と太平洋の両方を見渡せる場所があるが、それよりもコンパクトな地形だったので、 前方が東シナ海で後方が太平洋と見てよいのかどうか、地図を見るまでは不明だった。後で地図を見たら西の海岸と東の海岸の距離は3キロあるかないか。これなら歩ける。「きのうは東シナ海から太平洋まで歩いてみましたよ」なんていえるわけだ。言葉遊びみたいなのもだが、壮大な表現にはなる。

東シナ海、というか龍郷町の赤尾木湾という入り江にぶつかって道は左へ。ここからが58号線である。赤尾木湾は奄美クレーターともいうらしい。隕石によって生まれた湾であるという説があるからだ。地図や湾を俯 瞰した写真を見るとそう見えなくもない。が、実は奄美大島は入り江だらけで、同じような形状の湾は数え切れないほどある。真実はいかに。

赤尾木をすぎると屋入(やにゅう)トンネル。暗闇を出たとたん、地元では名店といわれている「鶏飯ひさ倉」の看板が右に見える。「観光客ならまず鶏飯!」とばかり、いったん通り過ぎてからUターンしてひさ倉へ。駐車場の隅にパパイヤの木が一列に並んでいる。どの木にも小さなラグビーボールのような緑色の実がたわわになっている。思わずデジカメで一枚。店内に入ると、琉球文化圏らしく(?)、椅子席と畳席が混在。畳席で鶏飯900円也を注文。5分程度でおひつにぎっしり詰め込まれたご飯、スープの入った土鍋、 四角いお皿に盛られた具の三点セットがやってきた。具は、茹でた地鶏を短冊状に切ったもの、錦糸卵、しいたけ、海苔、タンカンの皮、パパイヤの漬け物、紅ショウガ。一見すると、五目ずしの具のようだ。

メニューのただし書きにある通り、ご飯をちょっと少なめによそって、具を適当に載せてからスープをたっぷりかけて食べる。けっこういける、奄美に来てよかった!さあ、二杯目だ!が、早くも二杯目の途中でちょっと飽きてくる。二杯目を平らげてもまだご飯が半分以上残っているじゃあないの。しょうがない三杯目だ。ご飯の量に比して具がちょっと少ない。三杯目はもはやオブリゲーション。確かに旨いことは旨いのだが、そんなに何杯も食べられるもんじゃあない。しこたま飲んだ後、空いた小腹を満たすために食べるもんじゃないのか。それも一人前を三人で分けるぐらいでちょうどいい。それにしても、相当に手の込んだラーメンが600円で食べられるご時世に900円はちと高い。

屋入から龍郷町役場のあたりまでは右手に海が見えるのだが、その後、58号は内陸部に入る。左右に低い山々を見ながら30分ほど走る。南の島にいるという感じがしない。山間の集落ばかりがつづくので、群馬か長野か山梨あたりにいるような錯覚に陥る。よく見れば、バナナ、パパイヤ、ヤシなどの木もあちこちにあるのだが、こちらが期待をもって一生懸命景色を見ているからこそ気がつくのであって、漫然とハンドルを握っていたとしたら見過ごしていただろう。

南の島には不似合いなほど長い本茶トンネルを超えると名瀬市。名瀬港が右手前方に見える頃には名瀬市街である。国道沿いにはモスバーガーやジョイフルなどの外食チェーンもある。ちなみにジョイフルは大分に本社のある格安ファミレス。関東では知られていないが、偶然にもわが勤務先の近く(埼玉県坂戸市)に支店があるので、ときどき利用している。原価計算を知りたくなるほど、冗談のように安いメニューがある。ランチのハンバーグなどライス付きで399円だ。

宿舎の奄美セントラルホテルは、国道からちょっとだけ入った場所にあった。北朝鮮の工作船と銃撃戦になったことで知られる名瀬海上保安部にほど近いロケーション。ホテル前にどぶ川のような川(屋仁川)があり、車はその川沿いの市営駐車場に置くらしい。駐車場に年老いた係員がいたので、ホテルフロントで「駐車場の係の人にひとこというんですよね」と訊ねた ら、「声なんかかけなくてもいいよ」とのこと。うーん、いったいどうなっているんだ。駐車場はホテルの所有なんかじゃない、市営駐車場じゃないか。フロント係の表情を見ていると、どうやらあのお爺が好きではないらしい。お爺もお爺で、彼の待機するボックスの真横に車を止めたのに一瞥も送らない。気づかないはずはないのだが…。

あわせてどうぞ 南島慕情 奄美篇(2)
南島慕情 奄美篇(3)
南島慕情 奄美篇(4)

批評.COM  篠原章
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