追悼・岩戸佐智夫

『沖縄旅の雑学ノート』などの著書があるノンフィクションライター・岩戸佐智夫さんが亡くなった。2月22日、自宅マンションの床で倒れているところを御家族などが見つけたが、すでに亡くなってから一二週間という時間が経過していた。23日に病理解剖が行われたが、急病死の疑いが強いという。 24日9時より杉並の堀之内斎場で荼毘にふされ、ご家族と一緒に高知へ帰郷した。


お別れは2月24日朝9時、杉並の堀之内斎場だった。寒い日ではなかった。が、小雨がすすり泣く涙のようだ。

おもだった友人たちには22日の夜に連絡した。受話器の向こうで、皆一様にぼくの言葉を聞き返し、そして絶句した。誰もがこんなことは予想だにしなかった。「享年56」と書くのも悔しい。
急なことだったが、斎場にはご家族を含めて20名近い関係者が集まった。
ご両親、妹さん、夏目房之介さん(マンガコラムニスト)、サエキけんぞうさん(ミュージシャン)、佐久間憲一さん(マキノ出版)、安楽竜彦さん(集英社)、加藤康太郎さん(集英社)、森健司さん(婦人画報社)、鶴見智佳子さん(筑摩書房)、伊熊泰子さん(新潮社)、野田尚之さん(博報堂プロダクツ)、馬貴八卦掌・李保華老師と野村英登さん(東洋大学)はじめお弟子さん方、高知から親友の泉さん。近しい人ばかりだ。それぞれが岩戸佐智夫への想いをそれぞれに抱きしめていた。
ご両親、妹さんのご心情を思うと心が張り裂けそうだが、斎場では気丈にふるまっておられた。それもまた辛い。

亡くなってからしばらく時間が経過していたが、棺の中の岩戸さんは思ったより安らかなお顔だった。妹さんの手で『火星年代記』が手向けられた。生前最後のツイッターで、岩戸さんはこの本について触れていた。

「岩戸さん、ひとまわり小さくなっちゃったけど、そんなに苦しまなかったんだよね、そうだよね」

棺に向かって声にならない声をかけた。

「なにやってんだよ、おまえたち。もっと早く来てくれなきゃダメじゃん」

岩戸さんはそう呟いているに違いなかった。

火葬炉のボイラーに火が入った。暴力的な、イヤな音だ。控え室に逃げ込んで小一時間待った。みな、釈然としない表情だった。誰もがこんな「別れ」を信じたくないのだ。

お骨を拾った。

もう肉体はないから、岩戸さん、自由になったね。でも、もう会えないんだね。

心の中でツイートした。

これからは深夜に電話が鳴ることもなくなる。そのことがやたらと寂しい。

「岩戸さんはだらだらと百まで生きるよ」

つい数か月前、深夜の長電話で岩戸さんにそう言った覚えがある。本気でそう思っていた。なんでこうなるんだ。だから、「岩戸さん、さようなら」とはまだ言いたくない。

夏目さんたちと相談して4月2日にお別れの会を開くことにした。賑やかなパーティにしたい、たくさんの方たちに集まってもらいたい。

合掌は…まだしたくない。

2005年12月の忘年会におけるスナップ

2005年12月の忘年会におけるスナップ

批評.COM  篠原章
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