『琉球的哀華』ライナーノーツ(オリジナル原稿)

Ryukyu-Teki_Aika(Linernotes for CD)

ベストセラーとなった沖縄系ポップのコンピレーションCD『琉球的哀華』(2002年・B000065VMP・ソニー)に収録のライナーノーツ・オリジナル原稿をそのまま掲載します。篠原が選曲とライナーノーツを担当したこのコンピレーション盤は、リリース直後にベストセラーとなり、すぐにシリーズ化されました。シリーズ全4タイトル+ベスト盤1タイトルの売上げは合計で120万枚以上に達しています。篠原が関わったCDではいちばん広く聴かれている作品です。

沖縄と聞けば、「青い海・青い空」のビーチリゾートを思い浮かべる人が多いだろう。ちょっと年配なら、「戦跡と基地の島」というイメージが強いかもしれない。が、沖縄にはもうひとつ大切な一面がある。それは「音楽と芸能の島」という顔である。

沖縄を舞台にしたNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」(2001年4月~9月放映)が人気を呼んだこともあり、その一端に触れた人も多いだろうが、本土からは想像もつかないほど、音楽や芸能が暮らしのなかに深く根づいている。たとえば、本土で三味線を弾くのはきわめて特別な人であり、それも女性であることが多い。ところが、沖縄では宴席などで、男たちが三線(さんしん/沖縄で三味線のこと)を爪弾きながら沖縄民謡や沖縄古典音楽を披露するのは、ごくあたりまえの光景である。

三線に限らず、沖縄という風土は音楽や芸能とは切っても切れない関係にある。祭りなど年中行事の際に居合わせればそのことは一目瞭然だが、日常の暮らしのなかでも歌や踊りに出くわすことが多い。結婚披露宴では歌と踊りの余興が延々と(時には朝まで!)つづき、甲子園で勝っては踊り、選挙で負けては歌い、といった具合である。音楽芸能の生活密着度が高いから、その担い手の層も自然と厚くなる。沖縄が、安室奈美恵、SPEED、MAX、DA BUMPなどといった一線級のスターをつぎつぎに輩出していることも、音楽芸能の層の厚さと無関係ではないだろう。

日本本土と多くの点で異なるスタイルを持つ沖縄の音楽芸能は、その個性ゆえに、本土のアーティストにも大きな影響を与えてきた。その影響はポップスの世界にも及んでいるが、このときいちばんのポイントとなっているのが、沖縄民謡で使われる「音階」である。

現在の私たちがいちばん慣れ親しんでいるのは、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」の7音階すなわち西洋音階だが、沖縄民謡で使われているのは、「ド・ミ・ファ・ソ・シ」(レ・ラ抜き)の5音階、すなわち琉球音階である。インドネシアのジャワ島やバリ島で使われるペロッグ音階もこれと同じだが、地理的に数千キロも離れた沖縄とインドネシアに、なぜ同じ音階が存在するのか、その理由についてはまだ謎が多い。一説には琉球音階(ペロッグ音階)は幻のムー大陸の音階であり、ムー族の末裔が沖縄とインドネシアに伝えたともいわれている。真偽のほどは不明だが、古代へのロマンをかき立てられる話ではある。

沖縄民謡は、暮らしに密着した歌として古くから歌い継がれてきた。ゴスペルのように農作業などで歌われる労働歌もあれば、歴史のエピソードを描いた物語風のものもあるし、異性との交際のきっかけを与える「掛け歌」がベースになったものもある。興味深いことに、古典的な歌にこだわる他の地域の民謡と違って、沖縄では新作民謡が今もつぎつぎに生み落とされている。沖縄民謡は過去の遺産などではなく、「生きている音楽」なのだ。

このアルバムには、「生きている音楽」としての沖縄民謡をコアに、沖縄で生まれた歌、沖縄にゆかりの深い楽曲など全17曲が収められている。いずれのチューンも沖縄をテーマとしているが、沖縄のアーティストの作品もあれば、沖縄から大きな影響を受けた本土のアーティストの作品もある。沖縄の持つ多彩な表情が、これだけの濃度で詰め込まれたオムニバス・アルバムはあまり例を見ない。

「生きている音楽」としての沖縄民謡を代表するのが、1990年代に新しい沖縄ポップを切り開いたりんけんバンドとネーネーズである。この二組は、民謡を土台としながらも洋楽や本土のポップのエッセンスを取り込んで、ともすれば沖縄という空間のなかで閉じようとする民謡界を世界に向かって開き、革新した立役者である。

上原知子という当代随一の歌姫を擁するりんけんバンドは、沖縄の美しさと沖縄の人々の楽しくゆったりとしたライフスタイルを表現させたら天下一品、そのライヴの楽しさもまた格別である。民謡歌手として有名な知名定男がプロデュースするネーネーズも、「ちゅら(美しい)島・沖縄」や「祈りの島・沖縄」を歌うことに長じた女性コーラス・グループだ。沖縄に対するサザンオールスターズのラブコールともいえる「平和の琉歌」をカバーするなど懐も深い。

沖縄民謡や新しい沖縄ポップに刺激された本土のアーティストは数多いが、いちばんの先駆者といえるのが細野晴臣である。ここには1978年に発表された「安里屋ユンタ」(竹富島民謡)が収録されているが、さすがにYMOのリーダーとしてテクノの時代を築いた才人らしく、現在のミュージシャンでも容易にマネのできない軽妙洒脱なアレンジには脱帽するばかりである。ネオ芸能的な持ち味のある上々颱風も、沖縄の影響を少なからず受けたグループだ。珊瑚礁の海が恋しくなるような「愛より青い海」は、JALの沖縄キャンペーン・ソングとして知られている。

沖縄民謡の魅力を全国区にまで高めたのは、なんといってもTHE BOOMの功績である。THE BOOMは関東生まれのバンドだが、沖縄民謡や沖縄ポップから受けた影響を素直に表現した「島唄」は、1993年から94年にかけてミリオン・セラーを記録した。本土のロック・ミュージシャンの創作であるにもかかわらず、沖縄の人たちは自分たちの歌のように愛唱している。ちなみに「島唄」とは、もともと奄美の人々が自分たちの民謡を表現するときに使った言葉といわれるが、今は沖縄民謡全般を指す。奄美諸島は鹿児島県に属しているが、もともと琉球王国の一部で沖縄との縁は深い。

りんけんバンドや知名定男・ネーネーズと並んで、新しい沖縄ポップを支えているのが喜納昌吉&チャンプルーズである。「ハイサイおじさん」や「すべての人に心の花を」(「花」)という名曲を残しているが、本作には加藤登紀子による「花」のカバーが収録されている。加藤登紀子の「島唄」のカバーも、オリジナルとはひと味違う迫力だ。

「童心~天の子守歌」は、ネーネーズのオリジナル・メンバーだった古謝美佐子の詞に、ネーネーズのバックバンドのバンマスを務めた関西出身の佐原一哉が曲をつけたもの。ソロ歌手となった古謝の代表曲だが、ここには発売になったばかりの山本潤子(元ハイファイセット)のカバー作(NHK「みんなのうたバージョン」)が収録されている。

「十九の春」は、明治期に本土で流行った「ラッパ節」が与論島に伝わり、「与論小唄」(「与論ラッパ節」)と衣替えしたものが、さらに海を越えて沖縄に移入されたものといわれる。民謡歌手の本竹裕助が補作詞し、民謡歌手の仲宗根幸市が歌って1972年にヒットさせた。松坂慶子の「十九の春」は、これをジャズ風にアレンジしたカバー作である。

「てぃんさぐの花」は、てぃんさぐ(鳳仙花)が爪を赤く染めるように親のいうことも子供の心に染みいるもの、という内容の童歌・教訓歌系の民謡だが、矢野顕子のモダンなアレンジが印象的である。「沖縄観光ソング」という印象もある伍代夏子の「守礼の門」は、このアルバムに収録されているなかでは異色の正統派歌謡曲である。

ここに収録されている沖縄のアーティストは、りんけんバンドとネーネーズの二組。ふたつとも、民謡という土台を尊重しながら、本土のポップや洋楽から受けた影響を通しで聴いてみると、J-POPやJ-ROCK系アーティストと沖縄在住のアーティストがいかに影響を与えあい、互いに自分の音楽を磨きあげていったかがよくわかる。

現在のJ-POPの時代を切り開いたアーティストで、沖縄民謡の魅力と可能性を最初に本土に伝えたのは細野晴臣である。本作に収録の(9)がそれで、リズム&ブルースにも造詣の深い細野ならではのアレンジが、この竹富島民謡を楽しく軽妙なポップに仕上げている(1978年発表)。ちなみに細野はこの曲を発表した直後にテクノポップの雄・YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)を結成している。

細野のこの名作は当時あまり一般に知られないままに終わったが、細野とも浅からぬ関係にあった喜納昌吉(&チャンプルーズ)が、「ハイサイおじさん」や「すべての人に心の花を」((3)はそのカバー)などの作品を通じて一部で熱狂的な支持を得るなど、1970年代末から80年代の始めにかけて、本土のポップと沖縄民謡はしだいにクロスするようになっていた。

1990年代になって、本土のポップや洋楽の影響を強く受けた沖縄のりんけんバンドが、沖縄民謡をベースとした新しい沖縄ポップの可能性を示す作品をつぎつぎ発表し(8)(12)(17)、沖縄民謡は新時代を迎えることになった。彼らをきっかけに、「リゾートと基地・戦跡の沖縄」というイメージに、「ポップで楽しい沖縄」というイメージがつけ加わることになった。沖縄民謡のスタイルも取り入れた本土のバンド・上々颱風による(11)が、JAL沖縄のキャンペーンソングとして評判になったのも偶然ではない。

民謡歌手・知名定男のプロデュースするネーネーズもこれにつづくように、懐の深い新作(6)(14)を発表、後にはサザンオールスターズの沖縄へのラブコールともいえる②もカバーして新境地を切り開いている。

が、全17曲を聴いてみると、JポップやJロックの世界に対する沖縄民謡・沖縄音楽の影響力の大きさに感嘆せざるをえない。

 

キャッチコピー(帯)
沖縄濃度120%!美しい沖縄・楽しい沖縄・踊る沖縄・祈りの沖縄。歌って踊って笑って泣ける全17曲の沖縄満開オムニバス。THE BOOM・りんけんバンド・ネーネーズ・細野晴臣・矢野顕子・加藤登紀子・山本潤子他収録。
収録曲
  1. THE BOOM 島唄(オリジナルヴァージョン)
  2. ネーネーズ 平和の琉歌
  3. 加藤登紀子 花HANA
  4. 松坂慶子 十九の春
  5. 山本潤子 童神~天の子守唄~(みんなのうたバージョン)
  6. ネーネーズ 黄金の花
  7. THE BOOM ひゃく万つぶの涙
  8. りんけんバンド ありがとう
  9. 細野晴臣&イエロー・マジック・バンド 安里屋ユンタ
  10. THE BOOM いいあんべぇ
  11. 上々颱風 愛より青い海
  12. りんけんバンド 海とう島
  13. 矢野顕子 てぃんさぐぬ花
  14. ネーネーズ ウムカジ
  15. 伍代夏子 守礼の門
  16. 加藤登紀子 島唄
  17. りんけんバンド 黄金三星
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