ヤンバルクイナと出遭う

yanbarukuina03 yanbarukuina04

長いこと沖縄に通っているが、ヤンバルクイナに興味を持ったことはなかった。もちろん見かけたこともない。絶滅も時間の問題だといわれている希少な鳥だとは知ってはいる。が、カラスやスズメの種が本土とは異なるという事実のほうにより大きな関心があり、ぼくにとって希少生物は管轄外という意識が強かった。1981年に「発見」される前から山原ではポピュラーな鳥で、「むかしはね、焼き鳥にしてよく食べたもんだよ」というおばぁの話がまことしやかに伝えられると、「おもしろい話だなあ。ぼくもぜひ食べてみたい」と思ったりはしたが、積極的に調べた り関わったりはしなかった(もちろん、食べたこともない)。

4月16日。久々に奥(集落名)まで行ってみようと思った。もう5年ほど訪れていない。沖縄本島でもっとも北にある集落で、国道58号の(本土側から見れば)起点にあたる。辺戸岬までは観光客も訪れるが、その先の奥となるとまばらである。那覇からだと行き帰りで最低6時間はかかって、しかも何もない。数軒の民宿と共同店(地域住民が出資するミニスーパー)があるのみ。さすがの篠原も奥には大した想い出もない。奥からコザへの帰り路、イノシシが車に突進してきたというエピソードが自慢できるぐらい。もっと もJALのリゾートのある国頭村奥間から北のほうはどこも似たような寒村ばかりである。南国なのに寒村という表現もナンだが、要するに辺境地域なのである。逍遙の地というべきか。以前はNHKすら満足に受信できなかった。

奥間までは5年前よりもずいぶん無駄な「開発」が進んでしまったという印象である。北部振興資金というかたちで土建屋さんに相当のお金が配分された、といえば聞こえは悪いが、ほんとうのことだからしょうがない。たとえば、「道の駅」は地域振興の拠点であり、まさにその象徴であるという位置づけだろうが、山原にはこれが二つもあった。不要不急というより、完全なる無駄金・死に金である。仕分けの対象とならない聖域部分だが、地域振興・資源配分とは聞いて呆れる。土建さんごとの受注実績をいつか調べるつもりで ある。

Yanbarukuina01

yanbarukuina02

以前は辺戸岬に近づくにしたがって、小学生が描いたと思しき「カメに注意」(リクガメ)という看板が58号線沿いで目に付いたものだが、どうやら撤去されてしまったようで、現在は上掲の写真2枚のような標識や電子掲示板が置かれている。西表にもヤマネコ注意の標識は多いが、ヤマネコなど見たこともないし、また期待したこともない。その点でいえ ば、ヤンバルクイナ注意の看板があっても、どうせ見つけられっこないのだから、と思いながらたらたら走っていた。

辺戸岬まで58号線を北上し、その後奥の共同店で休憩。名物のお茶「オクミドリ」を土産に買った後は、島の東側を走る県道70号を南下するのが帰路となる。その頃にはもう午後4時半を廻っていた。

鳥は夕方に活発に動く。カラスだろうがスズメだろうが夕刻になると大騒ぎである。ということはヤンバルクイナもその辺りをエサを求めて歩き回っているかもしれない。ひょっとしたら交通事故が多いといわれるのはそのせいか。だとすれば、ヤンバルクイナにまったく関心もなかったずぶの素人の魯山人でも、彼らに遭遇するチャンスだ。あわよくば、である。

路肩を注視しながらゆっくり走る。ふと思いついて携帯でネットを探し、ヤンバルクイナの鳴き声をダウンロードしてみた。特徴のある甲高い鳴き声である。70号線沿いで車を止めて録音された鳴き声を再生してみる。すると、遠くの方から似たような鳴き声がコダマのように聞こえて来るではないか。なんということだ。こりゃ、ひょっとするとひょっとする。

70号線には何本かの林道が連結している。なんのための林道か皆目見当も付かないが、今日に限っていえば役に立つかもしれぬ。思い切って林道に入りこむことにした。くねくねと細い路を走っては車を停めて録音を再生する。その繰り返しである。たしかに、どこからか仲間らしき声が聞こえてくるのだが、姿は見えない。小一時間それを繰り返してみたが、獲物は一向に現れない。暮れて日没も近くなってくる。

待てよ。交通事故が多いということはやはり県道沿いに出没するのではないか。用のないのに林道に入り込む車などまずないはずだ。事故の大半は県道沿いではないか。勝手に憶測して、再び県道に戻ろうとしたとたん目の前を小さな影が横切った。おお、ヤンバルクイナか?
が、すでにヤツは森の中に逃げ込んで特定できない。

県道に戻り、走り始めて数分後、路肩に鳥の影を見つ けた。あわてて車を止めて降り、あたりの茂みを観察すると、いましたよいましたよ、ヤンバルクイナちゃんが。おおお、あんたはやっぱり県道沿いに出没するんだね。茂みに倒れ込むようにしてシャッターを押し続ける。その時に撮れたのが、上掲の写真。左側を拡大したのが右側の写真である。何十枚も撮ってまともに撮れたのはこれだけ。他にもなんとかヤンバルクイナとわかる写真はあるが、これがいちばん鮮明に撮れている。

森の奥まで逃げ込んでしまったので、ちょっと離れた 路肩の茂みをじっくり観察してみると…。なんとそこには第2号、さらに別の路肩に第3号。第3号の前では、例の鳴き声を試しに再生してみたが、びっくりす るほど大きな鳴き声を返してくれた。鳴くというより鳴きわめくといったほうがいいような、大きくて野太い鳴き声だった。

この日は結局3羽のヤンバルクイナを発見。林道の1羽は確認できぬままに終わったが、ずぶの素人にしては大きな収穫だったといえよう。

現在の推定生存数は約700羽。マングースや野良猫に被害に遭わないよう、当局は山原の森の中に防御網をめぐらしたというが、篠原のような素人が撮影できるくらいだから、プロのハンターであるマングースや野良猫に狙いを定められたらひとたまりもないだろう。空を飛べない鳥の悲哀である。

帰ってからネット上で素人の撮影したヤンバルクイナの写真を検索してみたが、まともな写真はほとんど見つからなかった。アップされているのは鳥ウォッチングのプロや本職のカメラマンが撮った写真ばかり。ブログや日記にも「ヤンバルクイナに会いました」といった書き込みはごくわずか。ということは、これってけっこうレアなんである。

発見場所・撮影場所は詳らかにしないでおきたい。国頭村の県道70号線沿い、とだけいっておこう。

批評.COM  篠原章
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket