<沖縄の本土復帰40年> 知念ウシさんと高橋哲哉さんの対談を批判する(2)

知念ウシさんと高橋哲哉さんの対談を批判する(1)
からつづき

3.基地問題は安保問題

 先 月 末渡米した野田首相は、「共同文書」に署名し、オバマ大統領との「共同声明」を発表した。「緊急事態に日米同盟が対応する能力をさらに高める」「共同訓 練、警戒監視、偵察活動、施設の共同使用を含む物的防衛力を強化する」。 緊急事態、動的防衛協力。これは米軍の仮想敵に、共同であたる、ということだ。 米軍の軍事施設建設の費用を肩代わりし、共同演習を薦める。自衛隊の海外派兵の突破口をひらいたあとは、「集団的自衛権」の行使か。その軍事的基盤が沖縄 であり、わたしたちは、沖縄の軍事負担をなくさない限り、生き残れない。(鎌田慧「本音のコラム:沖縄の苦悩」東京新聞5月15日)

  鎌田さんの指摘どおり、沖縄の基地は日米同盟の問題 である。だから、結論部分「わたしたちは、沖縄の軍事負担をなくさない限り、生き残れない」というのは論理の迷走だ。この論理でいえば「日米同盟をなくさ ない限り、沖縄の軍事負担は減らない」のである。いや、日米同盟がなくなっても、沖縄の軍事負担が減るかどうかはわからない。自衛隊が沖縄の米軍基地を継 承する可能性もある。となると、沖縄の基地負担をなくすためには、「日米同盟をなくし、自衛隊も駐屯しないこと」が条件となる。日米同盟も自衛隊の地域的 配分も、日本という国の安全保障政策に属する問題領域だ。

 だが、その議 論は一向に進んでいない。というより、 民主党も自民党も日米同盟を基軸とした安全保障政策をとっているのだから、進むわけがない。社会民主党や共産党は「日米同盟」とはいわないから、両党が多 数派とならない限り、この議論はなかなか進展しないが、他の政策とのバランスからいって、両党が多数派になる可能性は低い。しかも、選挙では「安全保障」 は争点にならない。有権者は自分たちの「暮らし」という足元から投票を考えるから、「安全保障」は後回しだ(投票に行かない人も半数近くいる)。だから政 党も「安全保障」を公約の前面には出さない。要するに安全保障をめぐる国民的議論は、それこそ「構造的」に生まれない仕組みになっている。基地問題への取 組は遅々として進まない。その結果、現状は固定化される。

4.知念ウシさんはなぜ“沖縄独立”といわないのか

  知念ウシさんたちは、そんな状況に痺れをきらして、 「差別だ」「基地を持ち帰れ」といっているのだろうか。だとすれば、日本という国を離脱するという選択肢しかない。沖縄独立である。ぼくは沖縄が独立した いなら、それでいいと思っている。ついでいうと、福島や高知も独立してもいいと思っている。日本のどの地域だろうが、「独立」したいなら独立すればいいの だ。日本国憲法には「領域」の条項がないから、憲法改正を待たずに独立できる。独立が早急なら自治州から始めて独立の準備をすればいい。

 ところが、5月15日の朝日新聞の知念ウシさんと高橋哲哉さん(東京大学教授・哲学)の 対談(司会 刀祢館正明編集委員)を読んでも、「独立」ということばはいっさい出てこない。しかしながら、そこで語られていることの前提は「独立」である。

知念 日米安保を求めたのは私たちではありません。私は安保反対ですが、安保がなくなるまで、日本人が基地を引き取って、嫌なら自分でなくしてほしい。

高橋 安保条約も沖縄への基地の集中も、選択したのは日本政府です。日本の有権者の多数がこの状態を容認、支持してきたわけです。だからこの問題は、知念さんが「日本人」と呼ぶ私たち本土の人間の問題です。きょうはそう問われていると受け止めました。

知念 高橋さんも、基地を持って帰ってくださいね。

高橋 それが「日本人」としての責任だと思っています。

朝日新聞 2012年5月15日朝刊 対談「復帰とは言わないで」より抜粋

  高橋哲哉さんは「ホントに東京大学の教授だろうか」 と思わせるほど、この対談では無垢で非論理的だが、そのことは今は問わない。「贖罪というセンチメント(感情)にすっかり支配された、か弱いインテリゲン チアだからしょうがないネ」としておこう。問題は「日米安保を求めたのは私たちではありません」という知念ウシさんのことばだ。

  1972年5月14日まで沖縄は日米安保の枠外に あった。アメリカの植民地だったからだ。ただし、沖縄はアメリカでもなかった。あくまで植民地だった。文字どおり「アメリカに蹂躙された島々」だった。日 本人でもなくアメリカ人でもなかったということである。1972年5月15日から沖縄は日本になった。その日から、日米安保条約の適用地域になった。沖縄 の人びとは日米安保を積極的に求めはしなかったかもしれないが、アメリカの植民地である状態からは脱したかった。それが沖縄における本土復帰運動の原動力 になった。だが、それは間違っていたというのである。そうだとすれば、アメリカの意向はともかく植民地の状態に原状回復するか、独立するかの選択しかな い。アメリカの植民地である状態はすでに否定したのだから、結局「独立」という選択肢だけしか残らない。

 だが、知念ウシさんは独立とはいわない。自立とさえいわない。「差別主義者・日本人は基地を持ち帰れ」といいづづけるのみである。日本人であることを否定しながら、日本という国を否定しながら、「日本語」を使い、「日本人」が読む大新聞で語っている。理解できない。

  ひょっとしたら「基地を縮小・廃止するための新しい 戦術なのだろうか?」とも思ったが、彼女は普天間基地のグアム移設にも反対し、グアム移設を訴えて宜野湾市長選で闘った伊波洋一元市長も応援しなかった。 「グアムへの移設は、沖縄と同じ植民地状態に置かれたグアムの住民を苦しめる」という論拠である。おまけに、米軍基地がおかれた日本本土の横田や厚木の住 民とも連帯しようとはしない。「日本人は米軍基地を引き取り、あとは勝手に苦しめ」といっているのと同じである。

 昨日も書いたように、 知念ウシさんたちの主張は「排他的な沖縄民族主義」にすぎない。時が熟すれば、5月16日付け東京新聞に掲載された新川明さん(元沖縄タイムス 反基地運 動の代表的なイデオローグ)の発言のように、自立や独立も主張しはじめる可能性はある。知念ウシさんが今それをいわないのは、独立や自立の行程がよく見え ていないからだ。独立について迂闊なことをいえば、知念ウシさんの感情的な民族主義が「独立の損得」という合理的な計算によって覆されるおそれがある。 もっと簡単にいえば、「独立」には「お金」や「制度」の問題が深く関わってくることを彼女はよく知っているということだ。合理的な発想と計算に基づいて 「独立の損得」がはじきだされることを彼女は怖れているにちがいない。ヘタをすれば知念ウシさんの出る幕はなくなる。だから、あえて彼女は、いいっぱなし の、感情的で排他的な沖縄民族主義を唱えているのだ。彼女なりに計算が立ったとき、あるいは彼女なりの論理が見つかったときは、独立をいいだす可能性はあ るが、少なくとも今はその時機ではないと踏んでいる。なんとも頭のいい女性だ。沖縄を語り、操りながら、自分の損得もちゃんと計算していた大田昌秀さんも 新川明さんも頭が良かったが、知念ウシさんの頭の良さは、正体がわかりにくい分だけ、彼らを上回っている。

  そんな知念ウシさんに本土のマスコミはいいように煽 られている。沖縄の人たちも誘導されている。本土の感情的な日本民族主義者も挑発されている。「復帰と言わないで」「沖縄が好きなら基地を持ち帰って」と いう見出しが平然と紙面に舞う。基地負担の実態も、沖縄の社会経済の実態も、 歴史的経緯もろくに検証しないまま、マスコミは知念ウシさんの沖縄民族主義を無条件で応援している。それこそ公正でも公平でもない。

  ここでいう基地負担の実態とは、たとえば、那覇市民 は基地負担も基地被害もほとんど感ずることなく日常生活を送っているという実態である。ここでいう沖縄の社会経済の実態とは、たとえば、沖縄が実は「公務 員帝国」であるという実態である(今月号の『新潮45』に拙著記事を参照・5/18発売)。ここでいう歴史的経緯とは、たとえば、「終戦直後、昭和天皇が 沖縄を切り捨てるようなメッセージを発した」という知念ウシさんの主張に関するものである。この件はちょっとだけ長く触れたい。

  「天皇メッセージ」とは、終戦後まもなく(1947 年)、マッカーサー(米軍)が沖縄の完全な要塞化=属領化を図ろうとしたことに対して、昭和天皇のほうから、25〜50年間あるいはそれ以上、アメリカが 沖縄を日本から租借する方式をマッカーサーに提案したこと指している。ぼくは天皇制には懐疑的な考え方をもっているが、昭和天皇のこのときの提案は、戦争 責任を背負った敗戦国の(元)国家元首として精一杯の対応だったと思っている。「沖縄は切り捨てられた」と思う気持ちもわかるが、天皇は、その限定された 権限のなかで、日本を守り、沖縄を守ろうとしたのではないか。確かに沖縄の施政権はアメリカが持ったが、その後、日本の「潜在的主権」は認められている。 天皇のこのメッセージがなければ、沖縄は今もグアムと同じ状態に置かれていたかもしれない。いずれにせよ、沖縄への基地集中の最大の要因は「敗戦」であ り、これを加速したのは米ソ対立という世界情勢である。終戦後、敗戦国・日本にできる対応は限られていた。選択肢はわずかしかなかった。そのことは、やは り何度でも確認しておかなければならない。

 マスコミはこの件について説 明責任があるはずだが、 知念ウシさんの主張だけがいつも一方的に取り上げられている。ものごとを徹底して解析しなければいけない哲学者の高橋哲哉さんまで、「再び併合された植民 地」と、いとも簡単にいっている。薩摩の植民化の経緯、琉球王朝の行政的な実態、琉球処分と廃藩置県・秩禄処分のプロセスについて、高橋さんはおそらくほ とんど勉強していない。基地被害の実態も十分には知らない。そういう人が、知念さんに触発されて、迂闊にも「植民地」などということばを使っている。それ を新聞は、あたりまえのことのように見出しにしている。

 このままでは沖 縄は荒れてしまう。言論の自由さえ保 障されない状態も予測される。Aという見方があれば必ずBという見方もあるということぐらい、マスコミもしっかりと押さえるべきだ。この歪んだ状況を放置 すれば、沖縄ではやがて陰湿な抗争が始まり、地域が真っ二つに割れてしまうかもしれない。沖縄民族主義者と日本民族主義者の激しい傷つけ合いも起こるだろ う。それは誰も望まない、感情的な戦争だ。戦争はイヤだ。

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批評.COM  篠原章
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