止まらない安倍政権の「左傾化」ーー日本の野党に未来はあるのか?

首都を混乱させる大雪のなか、「第196回国会」が始まりました。明治150年を迎えるに相応しく、安倍晋三首相の施政方針演説は、これまで以上に「左翼色」が濃いものでした。

安倍首相の施政方針は、働き方改革に始まり、憲法改正問題で締めくくれられていましたが、労働問題である働き方改革を演説の冒頭に位置づけたところからして、きわめて「左翼的」でした。

以下施政方針演説より。

(働き方改革の断行)
誰もがその能力を発揮できる、柔軟な労働制度へと抜本的に改革します。戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革であります。「同一労働同一賃金」。いよいよ実現の時が来ました。雇用形態による不合理な待遇差を禁止し、「非正規」という言葉を、この国から一掃してまいります。

第196回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説より(2018.01.22)

驚くべきスピーチです。「同一労働同一賃金」は、労働価値説に片足を突っこんだ主張で、もちろんマルクスまで遡ることができる思想に連なります。これまで労使ともさまざまな政治的事情から実現を躊躇してきた課題ですが、今国会ではその「断行」を表明しました。しかも、労働者の選択や生き方を歪める雇用形態による待遇差を「禁止」し、なんと「非正規をこの国から一掃します」と断言しています。保守政党の代表が、こんなに左翼的な労働政策を高らかに宣明して良いのか、と心配になるほどです。

これに対して共産党・志位委員長は、「経営側から見た働き方改革にすぎない」と批判していますが、微調整が必要な部分があるにせよ、誰が見ても労働側ではなく経営側に負担を強いる改革です。これに呼応するように、経団連は本日、安倍首相の要求に基づき「3%の賃上げ」を約束しました。歴代首相のなかで、財界に賃上げ要求を突きつけ、それを実現させた首相は一人もいないはずです。なんと左翼的な首相でしょうか。中小企業がどこまでついてこられるかという課題は残されますが、「労働者を大事にしない経営者は許さんぞ」という方向づけは、「アベノミクス実現」という目標があるにせよ、「自民党こそ労働者の味方」を強く印象づけるものでした。

安倍首相は、これに加えて社会保障や教育の無償化についても、強い決意を表明しています。

(全世代型社会保障)
少子高齢化を克服するために、我が国の社会保障制度の改革を力強く進めていかなければなりません。お年寄りも若者も安心できる「全世代型」の社会保障制度へと、大きく転換してまいります。
(教育の無償化)
幼児教育の無償化を、2020年度を目指し、一気に進めます。格差の固定化は、決してあってはならない。貧困の連鎖を断ち切らなければなりません。

第196回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説より(2018.01.22)

施政方針演説の前文にもありましたが、安倍首相が描く社会像は、「格差のない、機会の均等な社会」です。機会均等は市場経済を重視する為政者なら何らかのかたちで表明する政策ですが、「格差解消」は分配の公平を意味し、社会主義の一形態である社会改良主義あるいは社会民主主義を想起させます。さすがに安倍首相も言葉は慎重に選んではいますが、労働や教育の現場、福祉の最前線での「格差」を解消するという決意は、やはり「安倍政権の左翼性」を表していると思います。「貧困の連鎖を断ち切る」など、戦前の社会主義者のスピーチかと見紛うほどです。

もっとも、「左傾化」と言っても、立憲民主党の一部、社民党や共産党の主張と違って、「日本経済の成長」を大前提に置いているところは、市場経済重視型の自由民主主義の範囲にとどまることを意味しますが、いまどき社民・共産型の「統制型経済(社会主義経済)に基づいた公平な所得分配」など誰も信じてはいませんから、安倍首相のスピーチは、きわめてリアルで常識的だともいえます。

だからといって、不透明な政治的・経済的要因が次々に生起する現状で、アベノミクスが成功する保証はありませんし、環境政策、エネルギー政策、空き家対策を中心とする住宅土地政策・都市計画などに十分触れられていないなど、今回の施政方針演説に不十分な点も多々あるのですが、安倍政権のこうした「左翼性」は、国民のなかにある「安定指向」と合致し、「野党のお株」というか野党の存在意義を見事に奪い取ることに成功しています。これまでの自民党も、野党のお株を奪うことで成長してきましたが、安倍政権ほど明確な「左翼性」を示したことはありません。

野党にとっての「戦場」は、もはや憲法を含む安保政策にしか見いだせないのが現状ですが、野党にも自民党と基本的な安保政策を共有する勢力もあるところを考えると、ほとんど勝負にならないと思います。勝負にならないことと安倍首相が望む憲法改正ができるかどうかは別物ですが、誤解を恐れずに言えば、「野党から憲法をとったら何も残らない」という状態にまで追いやられていることは明らかです。安倍政権の「左傾化」を止めない限り、野党に出番はないようにさえ見えます。

「俺たちこそ真正左翼であり、安倍は偽物だ」ぐらいのことをいえばいいのに、それもいえないまま、野党はモリカケに固執し、辺野古の「基地反対」に精力を注ぎこむという不健全な状態に陥っています。「もはや憲法以外にやることがない」という情けない状態を脱するための政治的課題はいくらでもあります。それを見いだす努力を怠っている限り、野党は自民党に負け続けることになるでしょう。

批評.COM  篠原章
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket