孔子廟違憲訴訟:那覇市による控訴で噴出する沖縄社会の矛盾

1.「違憲判決」に不服の那覇市長と那覇市議会

久米崇聖会に対する孔子廟(至聖廟)用地の無償貸与について、4月13日に那覇地裁差し戻し審で違憲判決を受けて敗訴した那覇市が控訴することになった。那覇市議会は、4月27日、城間幹子市長による控訴を支持する決議案を、賛成多数(40議席中賛成29・退席10・議長は決議不参加)で可決している。下掲の画像はチャンネル桜沖縄支局が配信した動画から切り取ったもので、那覇市議会本会議議場に設置された投票結果表示装置である。

 差し戻し審は、久米36姓の末裔がつくる久米崇聖会を「宗教性の強い団体」と認定し、翁長前市長(現沖縄県知事)が認め、城間現市長が追認した同会に対する市有地の無償供与は憲法違反であると判断した。福岡高裁那覇支部から那覇地裁への差し戻し審で「違憲」とされたのだから、控訴審(福岡高裁那覇支部)の判断も「違憲」となる可能性が高い。現段階で最高裁の判断は予想しがたいが、当面、那覇市が不利であることに変わりはない。
 
この判決に従って、那覇市長は久米崇聖会に対して正当な賃貸料(年間約580万円)の支払いを求めなければならないが、那覇市は「久米崇聖会ならびに孔子廟は歴史的・文化的な存在であるから、無償貸与は正当化される」との差し戻し審での主張を控訴審でも繰り返すことになると思われる。
 
 
2018年4月27日 那覇市議会臨時会 本会議『議案第72号 訴えの提起について』

2018年4月27日 那覇市議会臨時会 本会議『議案第72号 訴えの提起について』

 
 興味深いのは、市政与党である城間市長(翁長知事)支持派の共産党などと、中間派である公明党が共に歩調を揃えて「控訴賛成」の意思表示をしたところである(文末の議員党派別賛否リスト「2018年4月27日那覇市議会評決」を参照)。

2. 那覇市による「憲法違反」を擁護する共産党

この無償貸与案件については、当初市役所内部でも「違憲の疑いが強い」とする職員も少なからず存在したというが、久米崇聖会に「忖度」した翁長前市長の最終的な判断で決まり、那覇市の都市計画マスタープラン(平成11年当初策定・平成24年改訂)のなかにも「文化施設・観光施設」として位置づけられた。ところが、同プランには「(久米村という)地域の持つ歴史性や文化性をさらに引き出す必要がある」といった抽象的な表現はあるものの、孔子廟あるいは至聖廟という文言は一つもない。同プランと関連した松山公園整備拡張計画の一環として孔子廟移転は行われたが、事業総額は20億円を超える(国庫補助含む)。それだけの血税が投入される大きな事業であるにもかかわらず、平成13年度以降の議事録を見るかぎり、市議会で十分に審議された形跡はない。久米崇聖会を後押しする質疑が目立つのみで、翁長市長(当時)の答弁からも久米崇聖会や孔子廟に対する「忖度」しか感じられない。

日本共産党は、「政教分離」の立場から、政治家による靖国神社の参拝に激しく反対し、創価学会を支持母体とする公明党を厳しく批判しているが、那覇市議会共産党は、琉球王朝時代における「政教一致」のシンボルともいえる孔子廟への市有地の無償貸与を支持する結果となった。「孔子廟は歴史的・文化的施設である」という、市当局側による一審からの主張を土台に控訴を判断したと思われる。

しかしながら、閩人(福建人)の血統に連なる者以外は加入できないクローズドな団体である久米崇聖会が儒教信仰の一環として執り行う釈奠祭礼(孔子祭り)が市民的行事として認められたことはなく、孔子廟が設置された那覇市久米地域には、王朝時代に遡る閩人租界(久米村・クニンダ)という歴史的由来はあるにせよ、少なくとも明治以降、釈奠祭礼が久米地域の地域行事として実施されたこともない。市議会共産党は、封建時代の名残ともいえそうな、血統による入会基準を持つ久米崇聖会の信仰の聖地である孔子廟に「歴史的・文化的公共性」があると認めたことになるが、靖国問題、改憲問題、公明党批判などにおいて「政教分離を徹底的に守れ」と主張する党中央の方針と大きく矛盾する行動である。孔子廟に「歴史的・文化的公共性」を認めれば、他の宗派・教団の主導する「公共的活動」をなし崩し的に認めざるをえなくなり、「共産党の政教分離の方針はお題目だったのか」と批判されかねない。党の方針を曲げてまで彼らが「守りたいもの」は一体何なのかを探すと、「辺野古反対の同志」である翁長知事以外には見あたらない。政治的立場が政治的原則を曲げていることになる。

ふだんなら靖国神社問題を始め政教分離違反に対して敏感に反応するキリスト教系諸団体も、この問題では沈黙を守っている。特定の宗教が「優遇」され、裁判所も「違憲」と判断したのだから、本来ならキリスト教系団体は那覇市に強く抗議し、賃貸料の早期徴収を要求すべきところだが、その動きは全くない。沖縄には「辺野古移設」に反対して「政治的直接行動」を訴えるキリスト教系団体が多いが、彼らが政教分離の絡むこの問題で具体的なアクションを起こさないのは、共産党同様、無償貸与を決めた翁長知事が「辺野古反対の同志」だという認識があるからなのだろうか。信教の自由より政治的立場を優先させるとしたら、宗教としては「堕落」である。

この問題では、共産党とキリスト教系団体が共に、その存在理由を問われざるをえない不可解な対応に終始していることになるが、久米崇聖会に対して「忖度」した翁長前市長の判断を、次の段階では共産党とキリスト教系団体が「忖度」していることになる。いうなれば「忖度の多重構造」を見て取ることができる。

ついでにいえば、共産党による「政教分離論」の攻撃対象となっている公明党が、この議案に賛成票を投じたことも不可解だ。公明党の支持母体である創価学会は儒教に対して親和的な思想を持っているといわれているが、「そもそも論」でいえば、仏教と儒教とでは対立する点も多い。翁長前那覇市長が進めた久米崇聖会に対する土地の無償貸与は、他宗派に対する優遇策と同等同質であり、市議会公明党が毅然とした態度をとらなかったことは、将来に禍根を残す。公明党の場合も、信教の自由より政治的立場が優先されたのである。

3.市議会自民党の抱える矛盾

実は、このような矛盾を抱えるのは共産党、キリスト教系団体、公明党だけではない。今回の議案に反対して、退席を決めた市議会自民党も大きな矛盾を抱えている。そもそも孔子廟移設にあたり、市有地を久米崇聖会に無償貸与する原動力となったのは那覇市議会自民党および自民党沖縄県連だった。

那覇市議会の議事録を読めば歴然とするが、無償貸与を決めた当時の翁長前市長は自民党沖縄県連の幹部だった。翁長前市長のこの判断を後押ししたのも市議会自民党だった。翁長前市長が、仲井眞前知事に反旗を翻して、共産党などとともに「オール沖縄」を形成した2014(平成26)年以降、自民党県連と市議会自民党は矛先を変えて、孔子廟や当初孔子廟付近に設置される予定となっていた「龍柱」に批判的な論陣を展開し始めるが、それまでは最大の「推進派」だったのである。つまり、翁長前市長の「変節」と共に自民党も「変節」したのであって、かつては市長と市議会全体が久米崇聖会を忖度し、「憲法違反」の疑いのある行動をとっていたことになる。

政治的立場が変われば主張が変わる、というのは理解しよう。しかし、憲法20条および89条が関わる問題での変節にはさすがに問題がある。現在の市議会自民党は「孔子廟は違憲」との判決を尊重する主張を展開し、今回の議案採決でも退席しているが、「過去の主張の総括」が行われた気配はなく、市民、県民、国民への説明義務はまだ果たされていない。

4.問題はどこにあるのか

翁長沖縄県知事(前那覇市長)、自民党、共産党、公明党、キリスト教系団体などがそれぞれ抱えている矛盾の根源には、共通して「久米崇聖会への忖度」がある。仲井眞弘多前知事などの有力者が名前を連ねる久米崇聖会の問題点や孔子廟訴訟の持つ意義については、すでに拙稿「那覇市全面敗訴となった孔子廟差し戻し審の意義—地縁血縁社会・沖縄に打ち込まれた楔」で詳述しているが、沖縄という社会は、憲法違反という重大なリスクも想定しないまま、中国からの渡来人の末裔で構成される久米崇聖会という血縁にもとづく宗教的・伝統的な結社の活動に公益性を見いだし、国庫からの資金(国民の血税)も原資の一部とした経済的利得を与えるという、前近代的ともいえる歪んだ構造を温存していると断定せざるをえない。近現代の肯定と否定のために血を流してきた共産党のような政党まで、こうした沖縄の歪みを平然と受け入れ、苛酷な迫害を経験してきたはずのキリスト教団体でさえ、信仰上の原則を歪めて「異教徒の優遇」を黙認する現状には驚きを禁じえない。

那覇市と那覇議会は、裁判所に違憲を指摘された後も、そうした重大な過失に気づかないか、気づかないふりをして、「失われた既得権」を取りもどそうとするかのような行動(控訴)に出ているが、それこそ天に唾するような行為だ。最高裁判決が「違憲」となったら、いったい誰がどのように責任を取るつもりなのであろうか。

2018年4月27日那覇市議会表決

2018年4月27日那覇市議会評決(clickで大きく)

 

 

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2021.2.25追記
最高裁で違憲判決が出ました!
孔子廟違憲訴訟は那覇市の全面敗訴

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