レビュー:橋下徹『沖縄問題、解決策はこれだ!』— 期待を裏切る凡庸な著作

橋下徹『沖縄問題、解決策はこれだ!』(朝日出版社/本体価格1380円)が話題になっていたので読んでみた。

残念ながら、得るべきところの少ない、橋下徹らしからぬ凡庸な著作だった。

ご本人が目玉とする「沖縄ビジョンX」だが、大田昌秀知事の時代に策定された「国際都市形成構想」(1996年)が土台だ。この構想をブラッシュアップ(バージョンアップ)して実施すれば沖縄の未来は明るいという。

橋下の認識がどうなっているのかは知らないが、大田県政以降の仲井眞県政時代、翁長県政時代の将来構想も基本的に大田県政下でのこの構想を踏襲している。橋下徹もこの構想を使い回したことになる。その事実だけで「沖縄ビジョンX」は色褪せたものになってしまう。

1996年の「国際都市形成構想」は、それなりによくできていたと思う。しかしながら、それはあくまで「アジアのハブとなる」という「理念」の部分であり、具体的な政策の多くはリアリティに乏しかった。この構想に連なるプロジェクトはすでにいくつも起ち上げられているが、けっして成功しているとはいえず、税の無駄遣いに終わっているものも少なくない。構想で描かれていた「一国二制度」を模した制度や事業もあるが、時代のニーズを汲み取れないままだ。失敗の多くは、日本経済・世界経済における沖縄のポジショニングや沖縄自身の社会経済的特性などに対する認識不足に起因している。戦後(あるいは復帰後)の沖縄経済の50年ないし70年の推移を俯瞰しながら、「沖縄に何ができるのか」「沖縄に何ができないのか」をしっかりと見極める姿勢がなければ、どのような構想も実現しない。

政府に対抗する沖縄の戦術・戦略として、橋下は「中国にすり寄るぞ」「独立するぞ」と脅すことの効用を説いているが、それも新味がない。1996年に衆院議員の上原康助が「大田知事を国王にして独立する」と発言して以来、沖縄は繰り返し同様の「脅し」を政府に突きつけているが、今のところ効き目はない。橋下は、県民投票で独立を問えとも提言するが、そんな「勇気」を備えた政治家は今後も出てくることはないだろう。橋下自身が知事になるほかない。

大阪府知事・大阪市長としての実績のある橋下だが、沖縄についてはたんなる門外漢にすぎない。「素人は発言するな」といちゃもんを付けているわけではない。素人でも押さえるところを間違わなければ、もっと生産的な提言ができたはずだが、その努力を重ねた形跡が見あたらないのである。

橋下は「沖縄はもともと日本ではないのだから、独立の気概を持ってことにあたれ」ともいう。この部分は一部から猛烈な批判を浴びているようだが、ぼくは批判すべき部分だとは思わない。本書の中でこの部分がいちばん傾聴に値する主張である。なにも独立せよといっているわけではない。橋下は「独立の気概を持て」といっているのだ。「自立の志がなければ成功しない」といっているのと同じで、「橋下は中国の工作員」といった批判は的を外れている。

橋下はまた「玉城デニー知事の誕生を見て沖縄観が変わった」といった趣旨のことも述べている。その印象変化は理解できる。オール沖縄や翁長知事の亡霊だけが玉城デニーを当選させたのではない。「県民の集合無意識」が、玉城候補と佐喜真候補を天秤にかけ、玉城候補を選んだという面は否定できない。民意というのは無情だが、無益ではない。「なぜ玉城だったのか」という問いかけは重要だ。「オール沖縄の総力戦に負けた」という説明だけで納得してはいけない。自らを省みる姿勢が必要だ。

本書は、沖縄の実情にあまり詳しくない人には多少役立つかもしれないが、やはり「橋下ファン」向けの本だ。贔屓目にいっても「読みたい人だけ読んでね」という程度の評価に留まる。沖縄問題の正しい理解にはあまり役立ちそうもない、橋下に対する期待を裏切る本に終わっている。

批評.COM  篠原章
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