テポドンの降る日

ノストラダムスもあたらないじゃないの、人類これ安泰と思っていたら、ビートルズの熱心なファンだったイトコから電話あった。

「お友だちのお友だちのそのまた知り合いの妹さんがね、朝鮮総連系の彼とつきあってるの。その彼がある日忽然と姿を消したちゃったんだって。なんど電話しても出ないから、アパートまで行って合い鍵でドアを開けたらテーブルの上に置き手紙あったんだって。その手紙にね、“7月25日は東京にいないように”って書いてあったというのよ」

「ちょっ、ちょっと待って。“お友だちのお友だちの知り合い”ってのが怪しいよ。よくあるデマの常套句だよね」

「あたしもそう思いたいんだけど、そのお友だちのお友だちっていうのが北朝鮮が好きな方でね、もう何度か行っているのよ。それは前から知っていたの。だからデマだと思いたくてもどこかひっかかるのよね。それにうちの近所にね、“愛美”っていう床屋さんがあるの。その店の二階にはハングルの看板が出たお店があるんだけど。ある日、石原慎太郎知事がその床屋さんで財布からお金を出して払っていたの。そのときは気にもとめなかったんだけど、それからしばらくしてまた“愛美”の前を通りかかったら、二階のお店のハング ルの看板が消えてたのよ。だいたい“愛美”っていう店の名前からして怪しいから、ひょっとしてあの“愛美”は北朝鮮系機関の出先で、知事は理容代金に見せかけてテポドンに関する情報料を払ってたんじゃないかという想像をしちゃったのよね。で、もう時期的に危ないからその機関も一部撤退というんで二階の看板 をはずしたんじゃないかって」

「むむ。それは考えすぎだと思うけど、いちおう調べてみましょう」

 “噂”をチェックするといろいろ出てきた。

(1) 在日ビジネスマンがつぎつぎ出国している
(2) 総連系の学校で有力者の師弟が何人も長期欠席している
(3) 7月23日前後のアメリカ便・ハワイ便はほぼ満席、密かに脱出する人が増えている
(4) 工作員が近々日本に細菌をばらまく
(5) 天皇家は7/25に東京にいない
(6) 首相も7/25に東京にいない
(7) 都知事も7/25に東京にいない

(1)と(2)は友人を介して調べてもらったら噂に過ぎないということがわかった。(3)については自分で主要航空会社の予約状況を調べてみたら各社ともたしかにほぼ満席状態だった。でも夏休みに入る時期だから説明はつく。毎年この時期はチケットをとりにくいことは事実である。(4)は噂としかいいようがないものだが、「工作員」じゃなく「オウム」だというバージョンもあった。要人の東京脱出については、(6)(7)はほぼ間違いだということがわかったが、安心はできない。首相官邸の地下には核シェルターもあるというし、公式スケジュールはあくまで予定だからねえ。天皇家の公式スケジュールは外部からはほとんどわからない。これが問題である。日本の場合、首相や都知事はいくらでも代わりがいるけど、天皇の代わりはいない。だから、天皇家のスケジュールがいちばん重要なのだが、ヴェールに包まれていて確認でき ないのだ。

結局、なにもわからないといっていい。しょうがないから、マスコミ関係の友人知人に無差別にE-MAILを出した。

「なにか情報をお持ちの方はぜひご一報ください。情報のない方は情報を探してだして教えてください」

在日のルポも手がける岩戸佐智夫さん以外はほとんど反応がなかった。岩戸さんは「調査」を約束してくれた。
なんの情報も得られぬまま、もう東京脱出も不可能な7月24日の夜を迎えた。
岩戸さんと連絡が取れた。

「例のオウム騒ぎの時にもね、“知人の知人のそのまた知人の妹がオウムの信者とつきあっていたんだけどある日忽然と消えた。置き手紙があって『●月●日は東京にいないように』と書いてあった”という噂が流れたらしいよ。だからこれは完全なデマだよ」とのことだった。

そうかあ、デマかあ。半分安心したが、それでも7月25日は緊張の一日だった。
コトが終わるとE-MAILを送ったマスコミの友人・知人たちから苦情が噴出した。

「篠原さんのメールのおかげで、こわくてこわくて眠れなかった」(『週刊B』記者)
「東京を離れたかったんだけど仕事で離れられなくて。一時はどうなるかと思った」(N放送協会ディレクター)
「これでただれた愛人関係が清算できると喜んだのに」(大手出版社編集者)
「私、気がが弱いんだからあんなメール送らないでよ」(ニュース番組制作会社プロデューサー)

マスコミ人からしてこれである。動揺したある若い友人は、いろいろなところでこのデマをさらに垂れ流してくれたので(元凶はぼくだけど)、夕刊フジまで取材に動いたという。

アッハッハッ、ではあるが、自重しなちゃあね。冷静に考えれば明らかにデマなんだけど、人なんて弱いもんですねえ。

批評.COM  篠原章
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