横浜ロックの伝説・竹村栄司作品の個別レビュー(オリジナル原稿)

『レコード・コレクターズ』2021年5月号で、チーボー(ChiboまたはChibowとも表記)こと竹村栄司の2作品(2021年の最新リリース2タイトル)をまとめてレビューしましたが、当初篠原の勘違いで「まとめてレビュー」ではなく「作品ごとにレビュー」する原稿を出してしまいました。当該レココレ発売からひと月経ちましたので、オリジナル原稿(個別レビュー)をアップしておきます。こちらがオリジナルの原稿です。

竹村栄司『TAKE YOU TO YOKOHAMA』

横浜ロックのパイオニアの1人である竹村栄司(1947年生まれ)の軌跡をたどったコンピレーション・アルバムである。竹村は「日本最古のブルース・ロック・バンド」とされるパワーハウスのヴォーカリストとして知られるが、プロとしての活動歴は陳信輝、加部正義、林恵文とともに結成した1965年のミッドナイト・エクスプレスまで遡る。

竹村は横浜でもとくに米国臭が強い本牧育ちだ。1945年から82年まで米軍に接収されていた本牧のロックといえばザ・ゴールデン・カップスだが、カップスのメンバーが次々鬼籍に入ってしまった今、本牧ロックを体現するミュージシャンは竹村だけだ(ちなみにエディ潘は中華街・山下町育ち)。

69年3月に発表されたパワーハウスのデビュー・シングルで、翌月リリースされた『ブルースの新星 パワーハウス登場』にも収められた「バック・イン・ザ・U.S.S.R」が1曲目だ。ビートルズのカヴァーだが、他のアーティストによる同作のカヴァーを当たっても、これだけブルージーな編曲は見当たらない。パワーハウスは英米ブルース・ロックのカヴァーを得意としたが、オリジナルを超える個性を感じさせるバンドだった。この曲はまさにその象徴だ。メンバーは、ヴォーカル・竹村栄司、ギター・陳信輝、ベース・柳譲冶、ドラムス・野木信一の4人。ミッキー吉野もピアノで参加している。

2曲目は『ブルースの新星』には未収録の「LOVE」。カントリー・ジョー&ザ・フィッシュのカヴァーだ。パワーハウスのメンバー・チェンジで71年に生まれたパワーハウス・ブルース・バンドによる3曲目「Shake Your Moneymaker」(実況録音)はエルモア・ジェイムスの作品だが、見本となっているのはおそらくポール・バターフィールド・ブルース・バンドのカヴァー・ヴァージョンだろう。

4曲目「Take You To Yokohama」は竹村ことCHIBOが81年に結成したCHIBO & THE BAYSIDE STREET BANDのオリジナル曲である。82年発表の『Bayside Street』に収録されたものよりドラマティックに仕上がった別ヴァージョンだ。続く「Little Girl」も彼らの楽曲で83年にシングルでリリースされた。

88年に竹村は陳信輝、加部正義などと第1期Mojoを結成するが、スタジオ録音はない。が、今回は秘蔵ライヴ音源から定番ブルース「C.C.Rider」のカヴァー作がピックアップされ、6曲目に収録されている。Mojoは05年に再編成されて『Mojo’05 本牧ロック化計画』を発表しているが、同作からは横山剣提供の「黒ツヤ消しのスピードスター」が選ばれている(7曲目)。竹村の歌唱に見事にフィットし、ゾクゾクするほどカッコいい。続く8曲目は『本牧ロック化計画』の「Rock’n Roll中毒」だ。なお、竹村はこの頃からCHIBOWという表記を好んで使っている。

08年、竹村はクレイジーケンバンドの新宮虎児などを誘ってSKA-9を結成している(後にCKBの小野瀬雅生も参加)。9、10曲目にはSKA-9の『Baaad』(10年)から、ランキン・タクシーの楽曲を改作した「ひとかけらのチョコレート」とCHIBOWの楽曲「My Home Town」が収められている。

 

CHIBO & THE BAYSIDE STREET BAND『1981 Studio』

CHIBO & THE BAYSIDE STREET BANDは元パワーハウスの竹村栄司が中心になって1981年に横浜で結成されたバンドである(80年結成説もあり)。82年9月にアルバム『Bayside Street』を発表しているほか、シングル盤として「明日になれば/あいつはペティ・ブルー」(82年)と「ドキ・ドキ・トゥナイト/リトル・ガール」(83年)を残している。なお、「ペティ・ブルー」という表現はある種の諧謔で、「あいつはプチブル」が本当のタイトル。センスのいい読み替えだ。

本作は、『Bayside Street』制作以前の81年にスタジオ録音された未発表のプリプロ的作品で、『Bayside Street』では取り上げられなかった「ANYTIME, ANYWHERE」も含まれている。バンドの基本編成は、ボーカルのCHIBO(竹村栄司)、ベースのオイル平尾(食用油卸の跡取りだから「オイル」)、ギターの中屋隆、ドラムスの野木三平(パワーハウスのドラマーだった野木信一の実弟)の4人だが、本作にはキーボードのミッキーJr.(ミッキー吉野のそっくりさん)、ギターのTAROと伊藤シュンスケも参加している。

70年代までの竹村は、英米ブルース・ロックをカヴァーすることにほぼ専念しながら、楽曲にあらたな命を吹き込むような歌唱と演奏で多くの地元ファンを魅了していたが、80年代に入ると、オリジナル曲を重視する方向に転換する。その記念すべき第一作が『Bayside Street』だが、このプリプロ盤では、それよりもガレージっぽいサウンドが展開されており、新しい横浜ロックに向かって突っ走っていた当時の竹村の息づかいまで感じとることができる。

ヴァン・モリソンの「ONE MORE TIME」を除きすべてCHIBOを始めとするメンバーによるオリジナル日本語楽曲だ。「TAKE YOU TO YOKOHAMA:は2ヴァージョン収録されているが、ボーナス・トラックとしてラストに収められた録音には、ミッキー吉野(オルガン)、当時同じポリドールに所属していた沖縄出身の姉妹3人組コーラス・グループEVEが参加している。

いうまでもなく竹村は伝説の「本牧ロッカー」だ。独自の展開を遂げた60年代・70年代の横浜ロックのなかでもとりわけ米国臭やブルース色が濃いのが本牧のロックで、竹村はそのコアとなったミュージシャンである。同じ横浜ロック出身の柳譲冶、ミッキー吉野などが日本全体の音楽シーンに挑んだのとは対照的に、竹村は横浜や本牧に拘り、地元のロッカーであり続けた。そのため横浜のロック・シーンでの知名度は高いが、日本のロック・シーンではあまり知られていない。この時期の竹村の挑戦には、それを補う意味もあったと思われるが、商業的な成功には至らなかった。

しかし、それで良かった。横浜は本来無頼な魅力に富んだ街だ。横浜的な個性が強ければ強いほど他の地域では受け入れられない。横浜のダンス・シーンには本牧生まれの「ハマチャチャ」という独自のチャチャがあるが、全国的には知られていない。が、見る者すべてを圧倒するチャチャだ。竹村のブルースやロック(現在はスカも)もそれに似て、誰にも真似できないいぶし銀の横浜カルチャーだ。竹村は横浜で歌い続けてこそ価値がある。本作は、そんな竹村と横浜ロックの魅力と真価を教えてくれる作品である。

 

 

批評.COM  篠原章
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