高橋博史元大使「アフガン人は全員タリバン」の衝撃

ふだんはネットTV系動画リンクを勧めたりしないが、キャノン・グローバル戦略研究所が提供する外交・安全保障TV「緊急討論!どうなる、アフガニスタン情勢」には驚いた。これは必見である。

ゲストとして出演したのは、アフガニスタン特命全権大使だった高橋博史氏。高橋氏の話は驚きの連続だった。氏は、アフガニンスタンの大学を卒業した外交官だが、アフガニスタン問題を扱う国連ミッションにも長く出向し、カルザイ大統領の選出にも関わってきた。国際機関や各国政府外務省からもアフガニスタン問題ではピカイチの専門家という評価を受けているという。以下高橋氏の指摘を篠原なりに理解したまとめ。

  1. アフガニスタン人はほぼ全員タリバン
    タリバンとは特定の組織(教団や軍事組織)を指すものではなく、アフガニスタン国民全体を巻き込んだ国民運動のようなものとして捉えるべき。以前からこの指摘はあったが、欧米経由の報道にかき消されて、ほとんどクローズアップされたことはない。アフガニスタンでの滞在経験のある当サイトのアシスタントによれば、アフガン人が「タリバン怖い」というとき、パシュトゥー人のタリバン、パキスタン人のタリバンを指すという。
  2. カルザイ政権はCIAとパキスタンの諜報機関ISIが共同でつくりあげた傀儡政権
    この指摘も従来からあるが、公式にそのように伝えられることはない。Wikipediaにも書かれていないが、アメリカで制作された事実を元にしたフィクション(ドラマ)『ホームランド』などではCIAとISIの暗躍が描かれている。
  3. カルザイ元大統領は部族代表ではないからアフガニスタンをまとめきれなかった
    Wikipediaiには「有力部族出身」との記述があるが、国連ミッションで指導者選びに関わった高橋氏によれば、少なくとも部族代表との位置づけで選ばれた人物ではないらしい。有力部族の均衡って維持されているアフガンの大統領にはふさわしくない人材だったという。恫喝すれば言うことを聴く人物として重宝がられただけとのこと。
  4. いま出国しようとしているアフガニスタン人は難民でなくたんなる移民
    テレビやネットでは空港周辺に集まるアフガン人の映像が繰り返し流されているが、彼らは「欧米に行けば暮らし向きが良くなる」と信じているアフガニスタン人が主体で、難民とは呼べない人々が多いという。もちろん、国連や欧米軍に協力した人たちも多数いるようだが、シリア内戦をきっかけに生まれた大量の「難民」の相当部分をアフガン人が構成していたという事実(シリア人に次いで多かったという)を見ても、アフガン人の移民指向が顕在化したと捉える見方も説得力がある。親米・親欧派住民には気の毒だが、日米欧が差し伸べられる手の大きさは「限られている」というほかないだろう。

高橋氏は、これら以外にも外来ニュースやWikipediaからはけっして知り得ない事実を次々披露してくれたが、氏の話を聴く限り、いま日本や欧米で報道されているタリバン観はすべて間違っていることになる。「国民を拷問や銃殺などの暴力的な手法を使った恐怖政治によって支配するテロ組織」というタリバン観は、「国民が望む社会を実現しようとする国民運動」というタリバン観に置き換えられなければならない。まして、「先進国のジェンダー観がタリバンにも浸透しつつある」という言説などまるで嘘っぱちであるとわかる。

高橋氏は、この国に影響力を行使しようとしたロシア(ソ連)、アメリカの試みはすべて失敗したという先例に倣い、おそらく中国もアフガンに深く関与したがらない、関与すれば大やけどすると自覚しているという。アフガニスタンと国境を接するパキスタンのバローチスタン州(バルチスタン)で中国企業や中国人に対する襲撃が発生している現状を見ても、中国がアフガニスタンを完全なる傘下に収めようとする可能性は高くないと考えられるとの話だった。だからといって欧米や日本が安心できるような秩序が回復されるわけではない。高橋氏は、超長期的な視点でアフガニスタンを見守るほかないというが、おそらく欧米との制度や思想の共有には気が遠くなるほどの時間がかかるだろう。

批評.COM  篠原章
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