緊迫するサウジ情勢—「サウジ=米国=イスラエル」vs「イラン=ロシア=北朝鮮」という構図に注目せよ

メディアの報道は、トランプ来日(アジア歴訪)一辺倒ですが、この1週間、サウジアラビアを中心としたアラビア半島の情勢が緊迫の度を増しています。日本のメディアは中東情勢にあまり関心を払いませんが、中東情勢の「主役」はサウジとイスラエルとイランの三カ国。うちイランは北朝鮮の(軍事的な)友好国であり、サウジや隣国のUAE(アラブ首長国連邦)、カタールなどにはそれぞれ数千人規模に達する北朝鮮の労働者が働いています。その意味で、中東情勢は東アジア情勢とも密接な関わりを持っていると見てよいでしょう。

まず、最近のサウジを中心としたニュースを時系列で並べてみたいと思います。

  • 2017年9月15日【サウジが原発建設に着手へ、来月にも入札手続き】 
    サウジはエネルギー源多様化の一環として原発の建設に乗り出す計画で、早ければ10月にも原子炉の入札手続きを開始する見通し。最大で計2.8ギガワットの原子炉2基を建設する予定。サウジ政府は、韓国、中国、フランス、ロシア、日本の原子炉建設業者5社に声をかけたという。原発建設が実現すればUAEに次いで中東地域では2国目で、2032年までに原発による発電を17.6ギガワットまで高める計画だという。なお、UAE初の原発は2018年に稼働する見込み。以上の情報はおもにニューズウィーク日本版による。
  • 2017年10月12日【UAE、北朝鮮大使の任務終了を決定 ビザ停止も】
    アラブ首長国連邦(UAE)外務省が、北朝鮮の在UAE非常駐大使と在平壌のUAE大使の任務をともに終了すると発表。国営の首長国通信(WAM)が伝えた。UAEはまた、北朝鮮の国民に対するビザ(査証)発給や北朝鮮企業への免許発行を停止する。湾岸地域には数千人の北朝鮮労働者が居住しており、主に建設現場で働いている。外務省は、一連の措置は、核兵器拡散とミサイル開発阻止に向け、国際社会の責任ある一員としての義務を果たす狙いがあると説明。米国務省のナウアート報道官はこの決定に対して歓迎の意を表明。なお、前月(9月)には、カタールとクウェートも北朝鮮の国民に対するビザ発給を停止する方針を発表している。以上の情報はおもにロイターによる。
  • 2017年10月30日【サウジがウラン濃縮開始】
    サウジの政府高官が、核開発計画の一環としてウラン濃縮に着手する意向を表明。サウジで原子力政策を統括するハーシム・ビン・アブドラ・ヤマニは、原油埋蔵量で世界2位を誇る同国が核開発を推進する狙いについて、「自給自足」を目指すためだと説明した。経済を多様化し、石油依存から脱却しようとする、サウジの大きな社会・経済変革の一環だという。ヤマニは、UAE・アブダビで開催されたエネルギー関連の会議で、サウジによる核開発の目標は「平和利用目的の原子力の導入」だとしたが、原子炉でウランの濃縮度を高めれば核兵器にも使用できる。サウジの宿敵・イランは、アメリカなど6カ国々との核合意により核兵器開発を禁止されているため、地域のバランスが崩れるのではないかという懸念もある。同盟国・アメリカは今のところ論評していないが、サウジ国営石油会社アラムコのニューヨーク證券市場上場への歓迎の意向を示すなど(11月4日ハワイ発/ブルームバーグの記事参照)、トランプ大統領はこのところサウジに対して、きわめて好意的な発言を連発している。アメリカがサウジの方針を支持するなら、中東情勢は一気に緊迫する可能性がある。中東地域で核兵器を保有しているのはイスラエルだけ。以上の情報はおもにニューズウィーク日本版による。
  • 2017年11月4日【サウジ、イエメン反体制派のミサイルを迎撃 首都空港を標的】
    2年以上前から続くイエメン内戦では、サウジやアメリカが支援するハディ暫定大統領派(日本も承認)とイランが支援するイスラム教シーア派の武装組織「フーシ」(救国政府)が対立している。暫定政権側を支援するスンニ派大国・サウジとフーシ側を支援するシーア派大国・イランによる「代理戦争」の様相も呈しつつある。これまでの戦闘で市民も含む1万人以上の犠牲者が出ているといわれるが、石油などの資源がないイエメンの国土や民心は荒廃し、コレラなど疫病も流行しつつあるという。「フーシ」が掌握する国防省は4日、同国空軍がサウジの首都リヤドのキング・ハリド国際空港に弾道ミサイルを発射したと発表。これに対してサウジ国防相は、リヤド付近の上空でミサイルを迎撃したとする声明を出した。サウジ軍は、米国製パトリオットミサイルを使用したと思われる。負傷者などはいない模様だが、サウジの首都中心部を狙ったミサイル攻撃はこれが初めて。フーシ側はイエメン国産ミサイル「ブルカン2H」を、リヤドから1200キロ以上離れたイエメン領内から発射したと発表、「サウジの首都を揺るがした」として「成功」を宣言したが、空港はツイッターを通してミサイルの影響を否定した。イエメンの首都サヌア(フーシ側が制圧)のCNN記者によれば、サヌアではこの日の夜数週間ぶりの空爆があったという。フーシの報道官は「サウジが罪のないイエメン市民を殺害してきたことに対する報復だ」と述べた。サウジ主導の連合軍は、フーシによる敵対行為は近隣の「テロ支援国家」(イラン)から支援を受けている証拠だと非難した。「ブルカン2H」もイランの軍事支援で製造・発射された可能性が高い。以上の情報はおもにCNNによる。
  • 2017年11月5日【イエメンの政府拠点で大規模な攻撃、15人死亡 ISが犯行声明】
    イエメンのハディ暫定大統領派政府が拠点を置いている南部の港湾都市アデンで、5日、大規模な攻撃が発生し、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が犯行声明を出した。この攻撃で少なくとも15人が死亡、18人が負傷し、人質事件も発生したという(以上AFP電)。カタールの放送局・アルジャジーラによれば、政府の治安部隊本部があるCIDビル(the criminal investigation department building)が標的となり、爆弾を積載した自動車が爆発し、ISの武装した戦闘員3名がビルに侵入した。ハディ暫定大統領派は、フーシ派だけでなくアルカイーダやISとも闘っているのが現状だが、これらの組織はイランの支援を受けている、といわれている。
  • 2017年11月5日【サウジ王子、ヘリ墜落で死亡 対イエメン国境付近】
    上記の空港攻撃やイエメンでの襲撃事件との関係は不明だが、5日、イエメンとの国境に近いサウジアラビア南部で、同国の王子1人と当局者数人を乗せたヘリコプターが墜落し、王子が死亡した。死亡したのはアシール(Asir)州副知事で元皇太子の息子のマンスール・ビン・ムクリン(Mansour bin Moqren)王子。墜落原因や同乗の当局者らの安否については伝えられていない(以上AFPの情報)。
  • 2017年11月5日【サウジ、ワリード王子ら拘束 皇太子が権限強化】
    サウジのサルマン国王の子息ムハンマド皇太子が率いる汚職対策委員会は、同国の富豪で著名投資家ワリード・ビンタラール王子ら11人の王子や現職閣僚4人のほか、元閣僚ら数十人を拘束した。日本経済新聞によれば、サウジは改革に抵抗する勢力の国外への逃亡を防ぐため、空港の閉鎖にも踏み切ったという。ワリード王子は投資会社キングダム・ホールディングを所有し、米金融大手シティグループや短文投稿サイトの米ツイッターに出資している。汚職対策委は国家警備相を務めるムトイブ王子も拘束。同氏は職を解任された。ワリード王子には資金洗浄、汚職、当局者への強要などの疑いが、ムトイブ王子には横領、架空の職員採用、自身の企業への発注などの疑いが持たれている。汚職対策委はサルマン国王が国王令により設置を命じたばかりで、容疑者に対する捜査や逮捕状の発行、渡航制限、資産の差し押さえなど広範な権限を与えられている。ムハンマド皇太子(32)が権力基盤を強化するため、国内の実力者を封じ込める狙いがあると分析されている。ムハンマド皇太子はわずか3年ほど前まではサウジ国内でほとんど無名の存在だったが、短期間で権力の座に駆け上がった。サルマン国王は今年6月、王位継承順位1位だった当時の皇太子を解任し、ムハンマド氏を皇太子に昇格させた。以上の情報はロイターによる。

 

以上の情報を勘案すると、核開発に訴えてまで国力を高めたいサウジアラビアの動向に反発して、イランがイエメンのフーシ派やISを支援するかたちで、サウジとその同盟者に対して攻撃を仕掛けたことはほぼ間違いないでしょう。サウジ側は、こうした情勢下で、ムハンマド皇太子による「独裁体制」を確固たるものにしようと内政的な締めつけ、競争者の排除に踏み切ったものと思われます。武器あるいは富としての原油の価値が相対的に低下しているこの時期だからこそ、こうした争いが起きている可能性もあります。

私たちにとっていちばん気になるのは、イランと半ば同盟関係にある北朝鮮の今後の動向です。「イラン=ロシア=北朝鮮」コネクションと「サウジ=米国=イスラエル」コネクションとの争闘が、今後どのように推移するかという意識を持ちながら、事態を分析する必要があるかもしれません。トランプ大統領の「エネルギー商売」「武器商売」との絡みも含め、より幅広い視点を求められることになります。

批評.COM  篠原章
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