「禁断」のテーマに挑んだNHKドラマ『アイドル誕生』
NHK制作のドラマ『アイドル誕生ー輝け昭和歌謡』を観た。昨年12月1日の初回放送は見逃し、1月2日の再放送を見る予定だったが、能登半島での地震に加えてJAL機・海保機の衝突事故が起こったことで、そちらに気を取られ、途中から見る不始末。NHKオンデマンドで最初から見直した。
※ただし、NHKplusやNHKオンデマンドでは、著作権の関係から放映できない映像がある。
脚本は『洞窟おじさん』の児島秀樹、演出は『鎌倉殿の十三人』の吉田照幸。出演は宇野祥平(阿久悠)、宮沢氷魚 (都倉俊一)、三浦誠己(酒井政利)といった布陣。
映像は総じて暗い。ときとして粗っぽくさえ見える。これは意図的なものだと思う。1970年代という時代の雰囲気を忠実に描きたかったのだろう。それはコンビニ登場以前の世界である。70年代末まで暗かった真夜中の日本の街路・路地を明るく照らしだした「コンビニ」の照明に端を発すると思われる、明るく鮮明な画像にすっかり慣れた世代は、「映像が暗い」というだけで見る気を失うだろうが、阿久悠、都倉俊一、酒井政利などが築いた歌謡曲の黄金時代を知る者のなかには、あの画面の暗さに自分の過去を重ねて共感した人もいるはずだ。
※24時間営業のコンビニが登場したのは1975年。それもセブンイレブン郡山虎丸店。東京など大都市のコンビニが最初の24時間営業ではなかったことに驚くが、当時のセブンイレブンは100店舗(全国)未満。1000店舗を超えたのは1980年である。
※阿久悠は2007年没、酒井は2021年没。都倉は現文化庁長官である。
中学時代からロックに入れこみ、森昌子、山口百恵、桜田淳子という花の中3トリオを生んだNTV『スター誕生』にはほとんど関心がなかったぼくにとって、歌謡曲は「手強い敵」でしかなかった。「花の中3トリオ」に先立つ新三人娘(浅田美代子、麻丘めぐみ、南沙織)のなかでは、相対的に南沙織が好きだったが、ひねくれロック少年だった当時のぼくはなぜか小林麻美が気に入り、アルバムも買ってサインも手に入れた。「小林麻美ファン」という事実がロック仲間に知られたらヤバイと思って隠していたが、武部聡志と一緒にやっていたブルース・バリエーションという名の高校生バンドのドラマー・仲光邦昭(後に数学者)も小林麻美ファンだと知ってホッとした記憶がある。もっとも、新三人娘の時代は、酒井政利が考案したという「アイドル」という和製英語もまだ知られていなかったが。
※「新三人娘」に対して「元祖三人娘」と呼ばれたのは美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三人である。
物語は、阿久悠が企画監修したNTVのオーディション番組『スター誕生』を巡って進められる。なかでも強い焦点が当てられたのは山口百恵である。ソニーレコードのプロデューサーだった酒井政利が扱った初期の大スターだ。「アイドル」という言葉は酒井が百恵のために生みだした造語(和製英語)である(とされる)。
その酒井をライバル視していた阿久悠が、百恵に切られた都倉俊一と一緒に育てたアイドルがピンク・レディだった、という筋立てである。資料を読みこみ、事実に沿って入念に設定された筋立てだから、この筋書きにはほぼ間違いはないだろう。
ただ、阿久、酒井を除き大半の関係者は存命中。その点を考慮して書かれた脚本だから、どうにも輪郭がぼやける部分が出てくる。その「ぼやけ」を割り引いたら、NHKにしては(?)上出来の「歌謡史ドラマ」だった。いや、民放ならできっこないか。
それだけヤバい問題提起(テーマ)が含まれたドラマだと思う。「問題提起」とは、「百恵が『あなたにいちばん大切なものをあげるわ』と歌ったのは作り手(レコード会社など)のセクハラだったのではないか?」(「ハラスメント」という言葉がアメリカのメディアで頻繁に登場したのも70年代末〜80年代初頭にかけてのこと)「アイドルはたんなる操り人形だったのか?」「アイドルと『押し』はどう違うのか」「当時、ジャニー喜多川はいったい何をしていたのか?」云々といったソレである。
ドラマを観て、高校卒業後の1978年頃、武部聡志(当時音大生)が「いまいちばんロックしているのはピンク・レディだよね」と興奮しながら話していたのを急に思い出した。
そうなのだ。あの頃、ロックはジャズとクロスオーバーしながら「ロック魂」を失いつつあった(というふうに見えた)。ロック魂の核心は時代の革新(駄洒落じゃないよ)にあると思うが、敵だったはずの阿久・都倉が革新を企画・演出し、ピンク・レディがそれを体現する革新者となった。阿久は、山口百恵ではできなかった革新をピンク・レディに委ねたのである。
※ロックのポップ化に対抗して登場したパンク・ムーブメントも革新の動きである。
ドラマを観た後、ぼくには取り組むべき課題がたくさん残されていることに気づいた。餅なんか食いながらテレビを観てFacebookなんぞに書きこんでいる場合ではない!
もっとも、それもテレビで放映されたドラマに触発されての「気づき」(嫌いな言葉だ)ではあるけれど(笑)