名護市長選告示:「争点は辺野古移設の是非」で本当にいいのか?

堅実な現職vs期待の新人の戦い

 
名護市長選挙が告示された。告示前日の15日(土)には名護JC(青年会議所)が公開討論会を開催し、YouTubeにその様子をアップしている。
 
 
候補者はオール沖縄が支援する岸本洋平氏(前市議・49歳)と、自公が支援する現職の渡具知武豊氏(60歳)。各種事前調査をみると、昨年秋の段階では知名度に優る渡具知が優勢、年末から年初にかけて若さが売り物の岸本が完全に追いつき、現状では「ほぼ互角」とされている。選挙期間のこの1週間で情勢がどう変化するかが注目されている。

「争点は辺野古」の虚実

メディア各社は争点はまたもや「辺野古」だという。それはいったい本当か?

いつも疑問に思うことだが、キャンプシュワーブ(辺野古の埋め立て現場)が所在する名護市東海岸(旧久辺三区)の住民のことを日常的に気に掛けている名護市西海岸の住民は何人いるだろうか? 名護市の行政、観光、漁業、商業の中心は西海岸である。基地への依存が主体の東海岸の住民の大多数は、経済的にジリ貧だからこそ、「辺野古移設」を受け入れるしかないと考えている。

 
その一方、ここ数年で(以前は存在しなかった)コンビニが2軒できただけで辺野古周辺の生活環境は大きく変わった。これまで辺野古になかった情報と商品が届けられるようになったからである。したがって、名護市が本気で東海岸の振興を考えれば、過疎地・東海岸にも活路は見いだせる。そうした過疎対策に注目しないまま「辺野古反対」だけを唱えても、東海岸の住民が納得することはない。この状態で辺野古移設の賛否が争点になるとはとても思えない。争点はまず過疎対策であり、「格差」のある東西二つの海岸を持つ名護市が生き残るためには何が必要かをしっかり考えることだ。このような視点を欠いて、「辺野古が争点」と言い切れるメディアの姿勢には、いつものことながら呆れるほかない。
 

絶大な人気を誇った元市長の子息・岸本氏の政策

岸本洋平氏は、稲嶺惠一県政下で辺野古受け入れを決めた時の名護市長・建男氏の子息である。建男氏は保革両陣営から人気の高い市長だったが、残念ながら市長2期目の任期を終えた直後に逝去している(2006年3月)。子息の洋平氏も政治を目指して政界に身を投じ、市議4期目の昨年、「本当は移設を受け入れたくなかった父の遺志を継ぎ、辺野古移設を断固阻止する」として立候補を決めたという。対する渡具知氏も元市議(5回連続当選)だが、現実路線だ。「辺野古移設の動向を見守る」としながら「名護市の問題は辺野古だけではない」と経済振興や福祉政策の充実を訴えて2018年に市長に当選したという経緯もある。
 
岸本氏は今年50歳を迎える復帰っ子(本土復帰の1972年生まれ)なので、より新しい感覚で沖縄の将来を展望している政治家ではないかと期待したいところだが、この討論会や新聞報道などを見るかぎり、残念な点を指摘せざるを得ない。「辺野古移設反対」の立場は理解するとしても、その論旨に新鮮味はなく、「名護市の将来にとって新基地は不要」といいながら、市の将来像と基地との関係は不明確だ。「辺野古反対」はたんなるお題目にしか聞こえなくなってくる。反対のための反対では未来は描けない。
 
せめて「基地など要らない、ヤンバルクイナを取りもどす!」「ありのままの自然を保全することこそ名護市の生き残る道」くらい主張したらどうかと思う。父・建男氏が推進し、全国から注目された「逆格差論」(相対的に貧しい地域だからこそ心豊かに生きられるという考え方)による地域づくりの新バージョンを掲げてもいい。「地域の発展にとって基地は不要」というなら、それを裏づける構想やデータを示して、有権者を納得させるような姿勢があってほしい。復帰っ子なら「反対」の熱量を上回るような熱量で「新しい名護市像」をぶち上げるべきだ。今のままでは、オール沖縄の凡庸な一候補に過ぎない。そんなことなら候補者は岸本氏でなくともよかったはずだ。
 
ついでにいうと、具体的な市の福祉財源に言及することの多い渡具知氏に対して、岸本氏は具体策を示し得ないまま福祉の充実を訴えていたが、選挙直前になって広大な市有地を利用すれば財源問題は解決すると主張し始めた。だが、市有地の利用には開発経費がかかるだけでなく、環境問題が発生する。岸本氏にはこうした点についての目配りは感じられない。太陽光発電の活用も主張するが、電力需給とそれに付帯する諸問題に対する認識も浅い。若さと意欲は買いたいところだが、これといった芯のようなものが感じられず、練り上げられた公約も多くない。そこがいちばん残念なところだ。

渡具知現市長の堅実な市政

今年61歳になる渡具知氏は、政策面での4年間の実績を強調する。福祉政策には進展があった。財源に配慮しながらきっちりやっているという印象はある。討論会での発言も、「夢想」や「精神論」とはほど遠く、行政マンとして着実に前に進めるという自信のようなものが垣間見える。前回市長選の時より大きく成長したと感じる市民も多いという。けっしておもしろい市長とはいえないが、堅実な市長という評価は生まれることだろう。ただし、国政に関わる辺野古に手足を縛られるような行政にはしたくないという思いは感じられる。
 

少しだけ岸本氏の肩を持つとすれば、渡具知氏といえども、基地問題にはいずれさわらざるをえない。名護市の都市計画や将来構想を進めるに当たって、基地のある東海岸をどう生き残らせるかという問題は素通りできない。率直に言えば、現状ではキャンプシュワーブや辺野古移設が、東海岸の生命線のようになっている。これは紛れもない事実だ。ただ、この状態を永遠に続けられるわけではないから、地域としての東海岸が展望を持てるようなプランは必ず必要になる。自治と安保とのバランスをどうとるのかについても考えざるをえないだろう。これらは渡具知氏の課題として残り続ける。

接戦だというが、フタを開けてみなければわからないのが選挙である。市民はどちらの候補を選択するのだろうか。どちらの候補が勝っても、なんらかの火種は残されるだろうが、同じような失敗(市民にとってもっとも重要な政策の誤認)を繰り返すことだけは避けてもらいたいところだ。
批評.COM  篠原章
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