政府は慰安婦「河野談話」を撤回したのか?—杉田水脈代議士の3月28日の質疑をめぐって
2018年3月28日の衆院外務委員会において、杉田水脈代議士が外務省の鯰(なまず)博行アジア大洋州局参事官に、慰安婦問題に対する外務省の対応を糺しました(動画参照)。
杉田代議士は、2016年2月16日にジュネーブで行われた「女子差別撤廃条約第7回及び第8回政府報告審査」における外務省・杉山外務審議官(当時。その後外務次官を経て現在駐米大使)の発言を引き合いに出して、「慰安婦の強制連行はなかった」というのが外務省の公式見解なら、しっかりと広報すべきであり、「河野談話」(1993年)がもたらした誤解を払拭すべきという議論を展開しました。
同代議士の議論は、慰安婦問題に対する政府の対応が不十分だとの認識に基づき、外務省(政府)が姿勢を正して広報することを求めたものですが、ネット上では「杉田議員の質疑で政府は河野談話を撤回した」との誤報に近い情報が出回っています。
杉田議員は河野談話の撤回を求めたわけでなく、河野談話が一人歩きして「慰安婦は強制連行された」という不確かな「事実」があたかも真実のように語られる現状をしっかりとした広報活動によって正すよう求めたのであり、外務省はこれに対して「しっかりした広報に尽力する」と応えたに留まっています。「河野談話撤回」という話はどこにも出てきません。
周知のように、河野談話自体には「強制連行」という文言はありません。談話を発表した会見の席で、記者から「軍による強制連行を認めるのか」と問われ、河野官房長官はこれを認めるような受け答えをしてしまったのです。これが発端となり「日本政府は強制連行を認めた」という話に発展してしまったのですが、会見での記者との個別のやり取りは政府の公式見解ではありませんので、この点には十分留意する必要があります。河野氏の発言に慰安婦問題を紛糾させた責任の一端があることは事実ですが、外務省の公式見解は、当時から一貫して「慰安婦募集にあたって軍が直接関与し強制連行したという史料は見あたらない」というもので、河野談話もその公式見解の範囲を逸脱するものではありません。つまり、外務省にとって、河野談話は撤回の対象とはなり得ないのです。
河野談話では、慰安婦募集に当たって「官憲」(警察官・地方官吏など)が関与した可能性が示唆されていますので、この部分を撤回するという議論は可能ですが、これまでに出てきた史料にあたるかぎり、官憲関与の事例は一部では確認できます。現段階で軍や政府の「組織的関与」を証拠立てるものはありませんが、権力の末端にあった個別の警察官や地方官吏が、民間の慰安婦募集業者に請われて同行した可能性は否定できないのです。したがって、外務省が「官憲関与はなかった」といった立場から河野談話を撤回すれば、問題はより紛糾してしまうでしょう。
いずれにせよ、杉田議員と外務省との質疑によって、あらたな「見解」が明らかになったわけではありません。杉山審議官の発言は、朝日新聞や吉田清治に触れるなどかなり踏みこんだものであったことは確かですが、「軍・政府の関与」についてはあくまでも「政府の公式見解の範囲内」と解釈できます。
杉田代議士の指摘するように、外務省が広報に際して消極的な姿勢であることは事実だと思いますが、日韓合意の「不可逆的に解決」という精神に則れば、ここで問題を蒸し返すような広報には慎重にならざるをえないという立場なのでしょう。相手国が平然と合意を反故にして問題を蒸し返している以上、「日本は合意をしっかり守っている」という姿勢をより明確に打ちだしたいのかもしれません。
※写真はhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm32958166より切り出し。
批評.COM 篠原章