荒木町のラーメン屋の大将と領土問題を考えた
四谷・荒木町はラーメン激戦区だ。
有名店がひしめくなかで、いかにも「無名です」といった佇まいの地味な店がある。狭いカウンターに用意された椅子は7つか8つ。調理場や内装はもちろん看板まで以前のオーナーが使っていた物を再利用して営業している。鶏ガラと豚骨をあわせたサッパリ系の出汁で細麺。昔ながらのラーメン文様の、小さめサイズの丼に、薄く四角く刻んだチャーシュー5枚、大きめのノリ、メンマが載っかり、長ネギの刻みは多めだ。
横浜系や二郎系と違って、コッテリとはほど遠い味だが、飲んだ後などとくに満足感が大きい。頼みもしないのに小椀のライスもついてくる。卓上には無料の生卵。よかったら卵かけご飯を召し上がれ、ということらしい。これで550円。CPは高い。メニューは「中華そば、味噌中華そば、ぶっかけそば、肉そば」の4種が基本形。オプションも少ない。そもそもホントの店名がわからない。
40代半ばの店主の顔立ちや店の佇まいから、食べ歩きが高じて開店した脱サラ組、腕に自信はあるが資金力は不足。ちょっと控えめな性格も手伝って派手な営業は避けているのかな、と勝手に想像していた。
客もいなかったので、今日、思い切って話しかけてみた。以下、その会話。
営業時間は何時から何時までですか?
「11時から深夜2時までです」
その間、大将がひとりで切り盛りしているんですか?
「切り盛り?なにそれ?」
なんだか言葉が怪しいぞ。
ひとりで店を回しているのか、ってこと。
「あ〜。わかりました。そういう意味ね。昼のあいだは女の子が手伝ってくれてますよ。だからぼくも昼休みがとれます」
中国からいらした方?
「そうです」
中国の方のラーメン屋さんだとは思わなかった。内外装は地味だし、味もさっぱりして和風で美味しいし
「ボクね、中国では変わり者と思われてたんですよ。実際変わり者だけど(笑)。北京生まれだけど、なんでも“おれがおれが”って言い張って、“自分さえよければ後は知らんよ”っていう北京が大嫌い。日本のほうが体質に合ってる」
へぇ〜。そういう人は珍しいんじゃないかな
「だからボク変わり者(笑)」
でも、あんまり控えめでも商売上はまずいんじゃないの。中国の人の店ってみんな赤や黄色の派手な電飾看板出してるじゃない。あそこまでやる必要ないけど、ライスがつくんならガラス戸に“ライスをサービスします”って貼っておけば、若い人が押し寄せますよ
「そういうのはダメダメ。このあたりはラーメン屋さんがたくさんあるから、後輩のボクは遠慮しながらやらないと。それにボクのプライドもあるよ。味には自信があるけど、お客さんに喜んでもらいたいからサービスしてるだけ」
え〜っ。日本人より日本人的!それにしても中華屋さんじゃなくてラーメン屋さんでしょ。北京でも日本のラーメンは人気があるのかな?
「日本のラーメンのほうがずっと洗練されてる。ラーメンのほうが料理として上。中国の麺類も美味しいのは沢山あるけど、日本人の研究熱心の成果が日本のラーメン。中国の麺類とはレベルが違う食べ物」
そうなんですか?
「そうですよ。で、お客さん、勘違いしていると思うけど、このお店はラーメン屋じゃないんですよ」
???
「そば屋なんです」
そばって、まさか日本そばのそば?
「そう。日本そばでつくったぶっかけそばと肉そばがメインの店なんです。ラーメンと味噌ラーメンはおまけみたいなメニュー」
えええええ!ラーメン屋じゃないの?
「そば屋ですよ。だって、メニューにもラーメンじゃなくて中華そばって書いてあるでしょ」
確かに…。じゃあそばも自分で打ってるわけ?
「そうしたいんだけど、さすがに店が狭いから打てない。でも、製麺屋さんに細かく指定してつくってる。そばの出汁も毎日研究して、気温や天気や曜日にあわせて細かく調整している」
びっくりでございますよ。びっくり。ラーメン屋だと思って入ったらラーメン屋じゃなくて日本そば屋だった。おまけに中国出身の大将がオーナーだと。
その後、客が来ないこともあって、世間話に興じた。「中国でも東北地方など地方の人たちは人間がいいけど、北京や上海はダメ。いい加減で無責任な連中が多すぎる」とか「上海の女性はカネのことしか考えないから近づかないほうがいい」とか。しまいには尖閣問題に話は及び、「中国人の“おれがおれが”主義が領土問題にまで広がった。ああいうのはマズイ。自分のことしか考えない、自分以外は正しくないという中国人の風潮はまちがっている。国際社会で通用しない」とマスターは断言。
ラーメン屋に入ったら中国人経営のそば屋だった。そば屋談義で、尖閣問題を解決する糸口まで見つかった(笑)。
「荒木町の日中友好が日中新時代を切り拓く」
来週は、肉そばを食べるぞ。