暫定和解案解説ー翁長知事の「敗北」を前提とした大団円が始まった

国が沖縄県を相手取って起こした代執行訴訟で、福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)の示した暫定和解案を安倍首相が受け入れたことについて、沖縄のメディアは「国の手続き上の瑕疵」を追及し、辺野古移設の不当性はますますはっきりしたという論陣を張っています。これまで翁長雄志知事の姿勢を非難し、国による代執行を歓迎していた県民のあいだにもある種の敗北感が漂っているようです。が、結論から先にいえば、今回の和解は「翁長知事の敗北」を前提とした和解です。つまり、知事による辺野古移設黙認はほぼ決定的になったと考えて差し支えないでしょう。和解に伴う法的手続きの分だけ時間はかかりますが、辺野古移設は今後も着実に進められることになります。
以下では、今回の和解案の意義を分析したいと思います。

翁長知事が昨年10月13日に、仲井眞弘多前知事による辺野古埋め立て承認を取り消して以来、国と県との係争が続いてきましたが、今回の暫定和解案は、昨年11月の段階での国の対応を、高裁が「不十分」と判断したことが背景にあります。

国は、昨年11月に、地方自治法第245条の8に基づき、国による代執行を前提とした県に対する「是正指示」を行いました。噛み砕いていえば、「県が埋め立て承認取り消しを撤回しないなら、国が県に代わって撤回することになる。そうならないよう、今のうちに撤回しなさい」というのが245条の8に基づく「是正指示」の意味です。

ところが、同法245条の7には、代執行を前提としない「是正指示」が定められています。245条の8で定められているのは、国による強権発動を県に対して予告する「是正指示」ですが、245条の7は県の自主的是正に期待する「是正指示」です。国は昨年11月の段階で、245条の7ではなく245条の8を適用すると閣議決定し、県に対してより強権的な「是正指示」を通告したのです。なぜ国は245条の7を選ばなかったのでしょうか。

その理由は二つあります。ひとつは、翁長知事の埋め立て承認の取り消しを是正しないという「決意」が固いため、自主的な是正を期待する245条の7に基づく指示には従わないと考え、より強権的な245条の8に基づく是正指示のほうが効果的であると判断したということ、もうひとつは、245条の7に基づく是正指示に不服であれば、県は国地方係争処理委員会への提訴が可能となってしまうということです。245条の8に基づく是正指示であれば、県は不服であっても、規定により同委員会への提訴はできません。いきなり高裁に提訴するほかないのです。ところが、245条の7に基づく是正指示の場合、県は国地方係争処理委員会への提訴が可能であり、それでも決着がつかなければ高裁に訴えることができます。要するに県は二段構えで国と対峙できるのです。国としては245条の8に基づく是正指示であれば、国地方係争処理委員会を経由せず、係争決着に要する時間を節約できることがわかっていたのです。

「ややこしさ回避」のために付け加えると、昨年10月13日の翁長知事による埋め立て承認取り消しを受けて、沖縄防衛局は、一般に「民」が「官」の介入を相手取って争うために設けられた行政不服審査法に依拠しながら(これは異例の対応です)、石井国土交通大臣に審査の請求と効力の停止を求めました。これに対して石井大臣は、「承認取り消し」の暫定的な効力停止を命じ、いったん中断した辺野古移設作業をすぐに再開させました。翁長知事は、これを不服として国地方係争処理委員会に提訴しましたが、同委員会は、行政不服審査法に基づく行政上の行為は同委員会の審査の対象外であるとして門前払いしています。行政不服審査法と地方自治法を法令通りに解釈すれば、この門前払いは正しい対応でした。これに加えて、上述の245条の8に基づく国の是正指示も同委員会の審査の対象外です。つまり、国は、今回の係争が国地方係争処理委員会の審査対象になることにより、余計な時間がかかると予め判断して、一連の行政行為が同委員会の審査対象にならないよう配慮しながら行動してきたことになります。この時点までは、国の判断は念の入ったものだったといえるでしょう。

しかしながら、多見谷裁判長は、国によるこうした時間節約の行為を「拙速」と判断し、暫定和解案を作成しました。245条の7を飛ばして245条の8を適用することは違法ではありませんが、2000年に施行された改正地方自治法には、「国と地方の関係は上下の関係ではなく対等である」という精神がこめられています。自治体の自主的是正に期待した245条の7を適用しないまま代執行の手続きに移ることは、法の趣旨を軽視することにつながります。その点を多見谷裁判長は問題視したのでしょう。

だからといって、多見谷裁判長が、翁長知事の承認取り消しの適法性を認めたわけではありません。今回の裁判は、仲井眞知事の埋め立て承認に瑕疵があったという沖縄県の主張の正当性を争うものですが、多見谷裁判長は訴訟の過程で、環境問題の専門家など沖縄県側の証人申請を却下しています。これは、裁判長が「瑕疵」の中身まで積極的に踏みこむつもりはないと判断したことを意味します。言い換えれば、多見谷裁判長は、翁長知事の行為は、公有水面埋立法上の埋め立て承認に関わる要件からして、違法性が強いと見ているということです。

和解がない場合、多見谷裁判長は「国の法律上の手続きには問題があるが、翁長知事の承認取り消しは違法」という、すっきりしない判決を下すことになったでしょうが、時計の針を戻して(つまり、両者に仕切り直させて)、国には245条の7に基づく是正指示を行わせ、県には国地方係争処理委員会に提訴させた上で、あらためて裁判に持ち込むことになれば手続き的な問題は解消され、「翁長知事の承認取り消しは違法」というより明快な判決を下せることになります。前例のほとんどない裁判ですので、判決が判例として長く参照されることを想定しながら、多見谷裁判長は暫定和解案を示し、問題の輪郭をはっきりさせようとしたのでしょう。

この「仕切り直し」には別の効果もあります。工事の中断は和解条項の一つとなっていますが、翁長知事は工事中断により「辺野古反対の実績づくり」ができる上、結論も先送りできます。そもそも知事は何らかの勝利への展望を持って、この事態に臨んできたわけではありません。翁長知事の姿勢は、良くいえば、闘いながら国の失点や政治環境の変化をひたすら待っていただけ、悪く言えば、ろくに何も考えずに政治力学の海を漂っていただけでした。敗訴が濃厚な段階に入っていましたから、ある種の「救済措置」であるこの機会を翁長知事が逃すはずがありません。行き詰まった知事に裁判所と安倍政権が手を差し伸べたかたちです。知事がこのまま敗訴したとしても「工事中断」という実績は評価されます。少なくとも保守層の支持者から「翁長さん、よくやった!」という声がかかるようにするためには、最善の選択だったのではないでしょうか。

代執行訴訟で翁長知事を叩き潰すつもりだった安倍政権にとっては、ちょっとした番狂わせとなりましたが、翁長知事をこのまま厳しく追い詰めるよりも、手を差し伸べて誘導するほうが得策と考えたことは間違いないでしょう。知事の影響力は低下しているとはいえ、依然として県民のあいだには根強い支持があります。知事に暴れ馬のような政治行動に訴えられると、5月のサミット、7月の参院選に影響が出ます。そうした事態を回避するために、この和解案を利用しようとしたことは明白です。また、多見谷裁判長が指摘したように、一連の裁判に今回国が勝訴しても、辺野古移設の設計に変更が生じた場合、再び知事の承認が必要となります。現状のままでは、設計変更に対して翁長知事の承認を得られない可能性がある以上、辺野古移設作業は大幅に遅延してしまいます。場合によっては断念する事態も想定されます。「普天間基地の危険性除去」を一貫して訴えてきた政府にとって、移設断念はもちろんのこと、大幅遅延も回避する必要があります。以上を勘案して、安倍首相と菅官房長官は、暫定和解案を受け入れる判断に至ったのだと思います。

もちろん、知事の不承認に対して、国が訴訟を起こすことも可能ですが、その場合は攻守が逆転するかもしれません。多見谷裁判長は、仲井眞前知事の承認をおそらく適法と判断します。選挙で示された民意によってその地位に就いた仲井眞知事が下した判断には、民意に基づく正当性があると考えるからです。「辺野古埋め立てが公有水面埋立法の要件に合致している」という仲井眞氏の判断は知事という職の裁量権の範囲内にありますが、その裁量権は選挙による民意によって保障されているのです。翁長知事が「辺野古埋め立ての設計変更は、公有水面埋立法の要件には合致していない」という判断を下す場合も、その裁量権は選挙による民意によって保障されたもので、その限りでは正当性があります。改正地方自治法も「国と地方は対等」という理念に貫かれていますから、国の方針をいたずらに優先することはできません。したがって、国が訴訟を起こしたとしても敗訴する可能性が生まれてきます。最終的には米国との同盟関係を重視した「統治行為論」に基づき、最高裁が半ば超法規的な判断を下す可能性(国が勝訴する可能性)がありますが、できればそのような高度に政治的な判断には巻き込まれたくないと裁判所も考えているはずです。

ただ、いくら民意に支えられた翁長知事であっても、仲井眞知事の下した「埋め立て承認」という判断を覆すことはできません。なぜなら、仲井眞知事の判断も民意に支えられているからです。つまり、前知事の下した判断に対して、現知事が遡及的に介入することはできないというロジックが成り立つことになります。もっとも、前知事の下した判断に、誰が見ても明らかな違法行為や手続き上の瑕疵があれば、遡及的に介入できるかもしれませんが、前知事の判断に「誰が見ても明らかな違法行為」を見いだすことはきわめて困難でしょう。もし、前知事の下した判断を現知事が覆す権限を持つことになれば、それこそ行政の継続性は保障されず、その都度その都度の民意も無視され続けることになりかねません。

知事の地位の法的正当性は選挙を通じた「民意」が保障するものです。この民意こそ司法上の「民意」であり、辺野古のゲート前で陣取る人たちの行動は司法上の民意ではありません。翁長知事がその権限によって示す意思決定は、選挙という場で表現された県民の民意に基づいているのです。したがって、国の設計変更を知事が不承認とする根拠は、県民の民意にあるのです。同じように、選挙で選ばれた仲井眞前知事の意思決定も民意の表れですから、後になってそれを取り消すことは、民主主義のあり方を否定することになりかねません。篠原は法律の専門家ではありませんから、これ以上詳しくは触れませんが、多見谷裁判長のお考えは、概ね以上のようなものだと推定できます。

国が譲歩したとも見える今回の和解案受け入れですが、今もって国は翁長知事が違法行為をしていると判断しています。しかし、その判断に固執することで、「普天間基地の危険性除去」という当初の目的の達成が再び大幅に遅延することになりますから、ここではまず和解案を受け入れ、今後、一見迂回的に見える地方自治法第245条の7に基づく違法確認訴訟の場で闘う選択をしたほうが、「普天間基地の危険性除去」という目的達成のための近道であると考えたのです。

一連の和解条項のうち、もっとも重要かつ決定的なのは第9条項です。

「原告及び利害関係人と被告は、是正の指示の取消訴訟判決確定後は、直ちに、同判決に従い、同主文及びそれを導く理由の趣旨に沿った手続を実施するとともに、その後も同趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する」

この条項は、国と沖縄県とが争う裁判を、地方自治法第245条の7に基づく違法確認訴訟のみに一本化し、その判決に国も県も従うと誓わせるものです。翁長知事は「あらゆる手段を用いて辺野古移設を阻止する」という決意を述べてきましたが、これ以上の知事の抵抗は、この条項によって制約されました。無論、判決はまだ下されていませんが、これまでの推移を見るかぎり、翁長知事は敗北を認めたも同然の状態です。翁長知事が3月9日の県議会で「設計変更の場合は承認しない」と発言したと報道されていますが、和解条項には「同判決に従い、同主文及びそれを導く理由の趣旨に沿った手続を実施するとともに、その後も同趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する」と書かれています。翁長知事が議会でどのように発言しようが、判決に「設計変更の場合も承認する」という趣旨が反映されれば、そちらのほうを優先せざるをえません。

細部のスケジュールはともかく、首相官邸サイドと翁長知事サイドは、「知事の敗北」を前提に善後策の協議を開始するはずです。和解案に定められた協議は、事実上、知事が矛を収めるプロセス、敗北後の知事の処遇、保守派間の亀裂の修復などに重点を置いたものとなるでしょうが、多少の紆余曲折はあると思います。いずれにせよ、共産党・社民党系と翁長系保守派の亀裂、つまりオール沖縄の亀裂はやがて決定的となるでしょう。7月の参院選でオール沖縄の候補として内定していた伊波洋一氏を翁長派が引きずり下ろそうとしたことも報道されています。

しかしながら、こうしたシナリオ、いや「茶番劇」が滞りなく実現したとしても、沖縄の政治経済の状況は、ほとんど改善されないと見てよいでしょう。普天間基地の危険性除去を目指して、長く停滞していた辺野古移設問題が動きだしたことは歓迎しますが、本質的な解決にはまだ至っていません。基地と振興策のリンクを認め、沖縄の経済構造に抜本的なメスを入れない限り、今回と同じような事態が繰り返し現出することは必定です。私たちは、これ以上の税の無駄遣いが行われないよう、「本土と沖縄の共犯関係」の象徴である振興策批判を継続しなければなりません。辺野古移設問題は、沖縄の抱える問題の一つにすぎません。

【国と県の両者が受け入れた暫定和解案】(2016年3月4日)

1 当庁平成27年(行ケ)第3号事件原告(以下「原告」という。)は同事件を、同平成28年(行ケ)第1号事件原告(以下「被告」という。)は同事件をそれぞれ取り下げ、各事件の被告は同取下げに同意する。
2 利害関係人沖縄防衛局長(以下「利害関係人」という。)は、被告に対する行政不服審査法に基づく審査請求(平成27年10月13日付け沖防第4514号)及び執行停止申立て(同第4515号)を取り下げる。利害関係人は、埋立工事を直ちに中止する。
3 原告は被告に対し、本件の埋立承認取消に対する地方自治法245条の7所定の是正の指示をし、被告は、これに不服があれば指示があった日から1週間以内に同法250条の13第1項所定の国地方係争処理委員会への審査申出を行う。
4 原告と被告は、同委員会に対し、迅速な審理判断がされるよう上申するとともに、両者は、同委員会が迅速な審理判断を行えるよう全面的に協力する。
5 同委員会が是正の指示を違法でないと判断した場合に、被告に不服があれば、被告は、審査結果の通知があった日から1週間以内に同法251条の5第1項1号所定の是正の指示の取消訴訟を提起する。
6 同委員会が是正の指示が違法であると判断した場合に、その勧告に定められた期間内に原告が勧告に応じた措置を取らないときは、被告は、その期間が経過した日から1週間以内に同法251条の5第1項4号所定の是正の指示の取消訴訟を提起する。
7 原告と被告は、是正の指示の取消訴訟の受訴裁判所が迅速な審理判断を行えるよう全面的に協力する。
8 原告及び利害関係人と被告は、是正の指示の取消訴訟判決確定まで普天間飛行場の返還及び本件埋立事業に関する円満解決に向けた協議を行う。
9 原告及び利害関係人と被告は、是正の指示の取消訴訟判決確定後は、直ちに、同判決に従い、同主文及びそれを導く理由の趣旨に沿った手続を実施するとともに、その後も同趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する。
10 訴訟費用及び和解費用は各自の負担とする。

批評.COM  篠原章
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