全基地返還の経済効果はマイナス1000億円! 〜沖縄県試算「9155億」の検証と再計算〜

「全基地撤去は年間9155億円の経済効果」の真偽

以前から気になっていた数字に「9155億5千万円」というのがある。沖縄県議会事務局が2010年8月に公表した「全基地返還がもたらす経済効果」である。米軍基地がすべて返還されたら沖縄には年間9155億5千万円の経済波及効果があるという。ネット上には「嘘っぱちだ!」という書き込みが山ほどある が、正しい根拠で反論したものは見受けられない。面倒臭いので放っておいたが、思うところがあって資料を精査してみた。

結論からいおう。沖縄県議会事務局の試算は大きなミスを犯している。もしこれがミスでないとすれば、真実を隠蔽している。議会事務局の計算手法をそのまま踏襲しながら正しく計算し直すと、もたらされる経済効果は9155億円ではなく、その約半分の4949億円(GDPベースで1899億円)だった。計算手法をより現実的なものに変更してさらに計算し直すと、マイナスの経済効果さえ生まれることがわかった。その額は1000億円にのぼる。沖縄の政界、メディア、識者は好んで「基地がなくなれば9155億円の経済効果」を口にし、「基地反対」の根拠とする。最近では、「琉球民族独立総合研究学会」の松島さんまで、この9155億円を念頭に置きながら「基地撤去は経済成長をもらたす」と語っている。松島さんは経済学者である。こうしたお伽噺が 「真実」であるかのように語られているうちは、基地が減ることはない。

実は県内総生産の増加は「9155億」ではなく「5154億円」だった

問題の試算は、「米軍基地に関する各種経済波及効果」という調査報告書に掲載されている(以下「県議会報告」と略す)。同報告書は、那覇新都心(おもろまち)などで得られたデータをサンプルとして、基地全面返還後の経済波及効果を、産業連関分析を用いてはじきだしている。その予測値は生産誘発額で年9155億5千万円、所得誘発額(雇用者所得誘発額)で年2409億7千7百万円、雇用誘発効果は9万4435人となっている。

生産誘発額の捉え方については巷間に誤解もあるようだ。「生産」という言葉に引っかかって、この数字を県内総生産(県レベルのGDP)に類するものだと考えている人が多い。実は、付加価値を表すGDPとちがって、生産誘発額には中間投入が含まれている。原材料・仕入れなどがダブルカウントされているという意味だ。簡単な例でいえば、パン屋から100円で仕入れたパンを、レストランが200円で売る場合、生産誘発額だと100円+200円の合計300円が計上されるが、GDP方式だと200円の計上となる。実態は200円だから、生産誘発額は100円膨らんだ金額となる。つまり、生産誘発額は水増しされた数値なので、経済の実態を正しく表す数値ではない。やはりGDPベースの数値でなければ正確性は乏しいということになる。

生産誘発額をGDPベースで把握するためには、この中間投入分を差し引かなければならない。一般的には、産業部門ごとに粗付加価値率を使って計算することにより、県内総生産とほぼ対応する数値を得ることができる。県議会報告で用いられている2000年(平成12年)の産業連関表の粗付加価値率(この場合は、部門ごとではなく全部門を統合した率)は56.3%なので、これを元に暫定的に再計算してみると、生産誘発額9155億円はGDP5154億円に相当することがわかる。要するにこのほうが実態により近い。パンの価格をダブルカウントしていないからだ。ところが、県議会報告には「5154億円」という数字は見あたらない。9155億円という数字に注目が集まるような書き方になっている。ただし、同報告には「生産誘発額とGDPは異なる」という立場から、上記で使った粗付加価値率も記載されている。言い訳はしっかり用意されているのだ(もっとも、後で指摘するように、この5154億という数字もホントは正しくない)

怪しい出自〜県庁が引き受けなかった「試算」

9155億円が5154億円になっても、巨額であるという点に変わりはない。この5154億円は一回こっきりの臨時収入などではない。基地がなくなったら毎年継続的に発生するGDPの増分である。この数字を、県議会報告の計算期間最終年度である2007年の県内総生産3兆6千900億円に対比してみると、年14.0%という成長率が得られる。きわめて高い成長率だ。報告書どおりであれば、沖縄経済は年14%の高率で継続的に成長する可能性があるということだが、戦後日本の高度経済成長は、最盛期(1956〜1973年)で年9.1%。14%といえばその1.6倍である。1990年代から驚異的な経済成長を続ける中国の場合でも経済成長率は年10%前後。沖縄は中国の1.4倍の経済成長を継続的に見込めることになる。14%の成長率の継続というのは普通の国ならまず経験したことのない経済成長である。やはり俄に信じがたい数字だ。推計の手法自体に問題はないのだろうか。調べてみたら琉球新報に以下のような記事が出ていた。

県議会(高嶺善伸議長)は10日、在沖米軍基地がすべて返還された場合の経済波及効果の試算を発表した。全面返還の生産誘発額は年間9155億5千万円。一方で現状の基地が沖縄経済にもたらしている生産誘発額は軍用地料などの基地収入から基地周辺整備費などの国の財政移転、高率補助のかさ上げ分までを含め年間4206億6100万円にとどまる。全面返還されれば経済効果は2.2倍になると試算した。

基地の経済効果について高率補助のかさ上げ分を含んだ試算は初めて。嘉手納以北の基地返還と周辺海域の漁業操業制限を解除した場合の経済波及効果の試算も初。高嶺議長は「他府県からは基地があるため国からの財政移転が相当あると思われているが、実際には基地あるがゆえの逸失利益が相当大きい。国にも振興策の中で検討するよう求める」と述べた。

雇用面も好影響が生まれ、現状の基地関連の2.7倍となる9万4435人の雇用が生まれるとした。

基地がもたらす効果は高率補助のかさ上げ分(2008年度実績)以外は03~07年度の5年の平均値。軍用地料や基地内工事などの直接の投下額は3255億8400万円とした。

全面返還され跡地利用された場合の生産誘発額は総額年間4兆7191億400万円だが、県内の他地域からの需要移転(パイの奪い合い)などの影響を差し引いた割合は総額の19.4%と推計し、全面返還効果を算出した。

(中略)

今後は基地あるがゆえの逸失利益を新たな振興策の議論にどう乗せていくかが焦点だ。ただし同試算は県が条件設定の難しさを理由に難色を示し、議会事務局が代わって算定した。基地が経済発展の阻害要因になっていることを内外に認識させるためにも、県の積極姿勢が望まれる。(島洋子)

『琉球新報』2010年9月11日付

記事は、「かさ上げ分」の盛り込みを強調して、現状の基地からもたらされる経済効果については多めに見積もり、返還後に予想される経済効果については少な めに見積もったと報じている。公平な計算だ、といいたいのだろう。が、これは完全にまちがっている。現状の基地からもたらされる経済効果は、実績を元に数字を調整したものだから現実を表している。かさ上げ分も、結局は「基地負担の代償」なのだから、算入するのが当然だ。これに対して、返還後の経済効果は推計値にすぎない。架空の数字ということだ。条件が変われば、数字は大きく変化する。

が、それよりも注目したいのは、「同試算は県が条件設定の難しさを理由に難色を示し、議会事務局が代わって算定した。基地が経済発展の阻害要因になっていることを内外に認識させるためにも、県の積極姿勢が望まれる」と書かれている点だ。県当局は条件設定の難しさを理由に試算を拒絶している。このような試算があてにならないことを県の当局者は十分承知しているということだ。試算に責任が持てないということだ。県庁が拒絶した試算を議会事務局が代行したことになるが、専門家ではない役人たちが試算した結果がいかにも真実のように一人歩きしていることになる。やはり怪しいではないか。

「修正率19.4%」の検証

この議会報告の元となっているのは野村総合研究所が主体となって作成した「駐留軍用地跡地利用に伴う経済波及効果等検討調査報告書」(平成18年度大規模駐留軍用地跡地等利用推進費・沖縄県知事公室基地対策課委託調査・平成19年3月)である(以下「野村報告」と略す)。野村報告は、那覇新都心地区、小禄・金城地区(那覇市)、北谷・桑江・北前地区(北谷町)の3地域の基地跡地利用について経済効果を分析したものだが、県議会報告は、野村報告の手法とデータを応用して「基地全面返還」がもたらす経済効果を推計している。

県議会報告は、全基地が返還された場合、4兆7191億400万円(年間)の生産誘発額が生まれるとしている。4兆7千億とはすごい数字だが、この金額自体はあくまでも机上の計算結果だから、実際にはそうならないということは県議会報告も承知している。そこで、試算では、理論上の生産誘発額と実際のGDP成長率との乖離を測定し、「修正率」という係数を使って数字を調整している。その結果得られた数値が9550億だ。果たして、この「修正率」は妥当なのだろうか。

報告書の説明では、修正率は「県内他地域からの需要移転など」を視野に入れたものとされている。三地域での生産誘発額の増加が他地域の需要を奪い取っている可能性を考慮するものだ。たとえば那覇新都心部の販売額の増加は、国際通りなど那覇旧都心部や西原町、浦添市、豊見城市などといった隣接する自治体の商業販売額の減少によって達成される可能性が強いということになる。おもろまちなどが発展しても、他の商業地区がその影響ですたれるのだから、その分を考慮しなければいけない、ということだ。この試算を批判する人たちは、「一方が栄え、他方が廃れるのだから、試算はまちがっている」というが、実はその批判は当たらない。試算はそのあたりをちゃんと考慮している。問題は修正率の算出方法だ。

県議会報告が修正率を算出するために用いたのは、新都心など三地域の実際の生産誘発額をGDPと対照する方法だ。まず、三地域の開発は、年率3.3%のGDPの増加をもたらしている、という推計から出発している(1998〜2007年の平均)。金額でいえば毎年1290億円である。ところがこの期間の那覇と北谷を合わせたGDP成長率は年0.6%(約250億円)の増加だった。つまり「3.3−0.6」の2.7%の成長分(約1000億円)がどこかに消えてしまったことになる。議会報告はこの2.7%、約1000億 円が他地域との競合などによるマイナスの経済効果だというが、この理屈が成立するためには、「年0.6%のGDPの成長は、もっぱら新都心、小禄、北谷の三地域の需要増によってもたらされる」という仮定が必要である。つまり、上記三地域の需要増以外に、那覇と北谷のGDPが成長する要因はいっさい存在しないという仮定を置いているわけだ。現実的ではない。

たとえば、那覇市の場合、新都心地区や小禄地区には大規模な商業施設は立地しているが、銀行や企業は那覇旧都心部に集中している。ホテルなど宿泊施設も新都心部ではなく旧都心部に多い。こうした企業やホテルの経済活動は無視できない大きさで、那覇市のGDPの成長に確実に寄与している。新都心と小禄地区だけがGDPの成長に寄与しているわけではない。したがって0.6%という実際の成長率の中には、新都心地区・小禄地区・北谷地区以外の企業活動が含まれている、と考えるべきだ。その部分を差し引かないと三地区の成長率とGDPの成長率の関係は計れない。

より現実的な修正率の適用

もっと決定的なことは、三地区の需要増である1290億円が、那覇市と北谷町だけではなく、沖縄本島全体のGDPに浸透したと考えていないことである。那覇市と北谷町の手元には250億円程度しか残っていない。つまり、その差額の1000億円はどこかに消えてしまったわけだが、那覇市と北谷町という狭い範囲で消えたのではなく、本島内のあちこちに染みこんでいったと考えたほうが現実的である。新都心や北谷で働く人たちの一部は周辺市町村から通勤しているし、出入りする業者も広範囲にわたっている、と考えればわかりやすい。

であるとすれば、同期間中の沖縄本島全市町村のGDP成長率を用いて計算するほうが実態に近くなる。ただし、この場合でも「沖縄県全体のGDPの成長は、もっぱら新都心、小禄、北谷の三地域の需要増によってもたらされる」という仮定を置くことになるが、計測の範囲を那覇市と北谷町に限定するほうが弊害は大きい。

県議会報告では0.6を3.3で除して17.4%という修正係数をはじきだしている。この17.4%に基地の全面返還で利用可能となる県土面積の増加率1.1を乗じて19.4%を最終的な修正係数とし、これを4兆7191億400万円に掛けた結果得られた生産誘発額が9155億5千万円ということになっている。簡単にいえば、全基地が返還されれば、那覇・北谷の成長率と同じ効果が、全県的に現れるという前提での計算になっているわけだ。その考え方も現実的ではないが、他に計算方法がないということだ。経済効果の測定はやっぱり架空の計算にすぎない。

そうした基本的な問題はこの際棚上げするとして、上記の数値のうち、0.6(那覇市と北谷町の平均成長率)を沖縄本島市町村純生産総額の平均成長率(1998〜2007年)である0.2に置き換えてみたらどうか、というのがぼくの提案である。つまり、那覇新都心など三地区の「成長」は、沖縄本島全体に栄養を与え、最終的に沖縄本島に対して年率0.2%の成長をもたらしてきた、と考えるわけだ。その0.2%をもとに計算すると6%という数値が得られる(0.2÷3.3=0.6)。これに基地の全面返還で利用可能となる県土面積の増加率1.1を掛ければ修正係数が出てくる。1.1を掛ける意味はよくわからないが、県議会事務局は、沖縄県経済は過年度より高い水準の成長を達成する見込みがあるので1.1を掛けたと説明している。とりあえず県議会事務局の言い分を受けいれて1.1を掛けると、最終的な修正係数は6.7%になる。これを4兆7191億400万円に乗ずると、出てくる数字が新たな生産誘発額であり、金額は3161億8千万円となる。当初示された9155億円の約三分の一だ。GDPに直すためにこれに粗付加価値率56.3%を乗ずると1780億1千万円となる。成長率でいえば、これは年率4.8%に相当する(2007年比)。この推計結果のほうが妥当な水準に思える。ただし、この数値も後述の最終的な計算によって否定されることになる。

だが、このように再計算すると、「おまえは基地を擁護するのか」という批判に晒されるだろう。「沖縄の潜在的な成長力をなめるな!」とも怒られるだろう。しかし、「年率14%の高成長の継続」という計算のほうがおかしいにきまっている。4.8%だとしても十分に高い成長率である。そもそも経済波及効果には消費者と販売者の顔しか見えない。試算では、沖縄じゅうの基地の跡地に巨大なショッピングモールとリゾートホテルが建設されることになるが、いったい誰が利用するのだろうか。現に野村報告は、基地返還による土地の供給過剰を懸念して慎重な開発を提言し、議会報告は県内の消費需要は飽和状態にあることも指摘している。常識的に考えれば、そんなことは誰にでもわかることだ。

きわめて重大なミス〜「試算」は計算方法を間違えていた!

県議会報告では、基地の現状を前提に「基地があるがゆえの経済波及効果」も試算している。2003年から2007年までの基地関連投下額(基地関連収入+補助金など)を平均した3255億8400万円を元に生産誘発額を4206億6100万円と推計し、この金額と基地撤去後に発生するとされる9155億5千万円を比較して、「基地がないほうが沖縄経済は成長する」と主張する。GDPベースでの比較をする際には、9155億5千万円に粗付加価値率56.3%を掛けて得られた5154億円と基地関連投下額3255億8400万円を比較すればよい。3255億8400万円は実績額なので、係数を掛けて補正する必要はない。

だが、よくよく見てみると、一連の試算にはもっとも重要な計算過程がまるまる抜け落ちている。返還後の経済効果から基地の現状を前提とした経済効果を差し引かなければ実質的な効果は出てこないが、その計算が報告には存在しないのである。びっくり仰天である。博覧会などのイベントなどのもたらす経済効果であれば、そのような控除は必要ない。一過性のものである上、何かを代替して得られる効果ではないからだ。だが、すでに一定の経済効果をもたらしている基地が返還されるという前提で経済効果を測定している以上、基地が現にもたらしている経済効果を返還後の経済効 果から差し引くことは不可欠の作業だ。

計算からこの抜け落ちた部分を試算に含めて、基地のもたらす経済効果と返還後の経済効果をケースごとに推計し直すと以下の通りとなる(ページトップの表も同一)。

基地返還後の経済効果 沖縄県資料の再計算(篠原試算)

基地返還後の経済効果 沖縄県資料の再計算(篠原試算)

結果的に、経済波及効果、GDP純増分とも大幅に下落している。だが、県議会報告の計算方法をそのまま踏襲しても、推計結果は適正に修正される。生産誘発額約5000億円、GDP純増分約1900億円(2007年のGDP比+5.1%)となって、十分受けいれられる範囲に収まる。これによって「9155億円」が「嘘」であることははっきりした。もちろん14%などという空想的な経済成長も否定される。

他方、修正率19.4%をより現実的な数値6.7%に変更した場合、生産誘発効果、GDP純増分ともマイナスになる。篠原試算では、その数値は生産誘発額ベースでマイナス1000億円。GDPベースでマイナス600億円弱となる。これは沖縄経済の現在の体質・構造を放置したまま基地の全面返還が行われると、経済はかえって縮小する可能性を示唆している。

これほど決定的な欠落に、県議会、沖縄県、マスメディア、識者がそろいもそろって気づかないというのはちょっと信じられないことだ。本気で基地の問題を考えているのか疑いたくなる。いずれにせよ、とんでもなく重大なミスであり、もしミスでないとすればきわめて悪質な情報操作、真実の隠蔽である。なお、GDPの絡む計算では、「間接税−補助金」などについては詳細データがないため、金額をそのまま加減しているが、それらは金額的に大きな数字ではないので、全体の結果に影響を及ぼすことはないと考えている。

批評.COM  篠原章
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