消費税減税・廃止は国民に幸せをもたらすのか

経済学の研究者としては、「真打ち」とはいえても「名人」という自覚はなかったが、望ましい税体系のあり方を研究して経済学博士号を取得した。だから税や財政の理屈については、人よりいくらか詳しいつもりでいるが、「現役の専門家」と思われたくないので、所得税・消費税をめぐる論争には積極的にかかわらないようにしている。だが、最近の減税論が気になってしょうがない。そこでちょっとだけ取り上げることにする。
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「消費税をなくせば、国民の暮らしはもっと楽になる。代わりに、企業の内部留保や富裕層の資産から取ればいい」

こうした主張を掲げる政党が複数ある。たしかに、物価が上がり、生活が厳しくなる中で、この訴えは多くの人々の心に響く。「金持ちが得をして庶民が苦しんでいる」という実感があるからだ。だが、感情として理解できても、経済の仕組みとしてはもう少し慎重な議論が必要だ。

まず、消費税は年間およそ20数兆円の税収をもたらし、その多くが年金、医療、介護などの社会保障に使われている。もしこれを廃止するなら、同規模の財源が必要になる。参政党、共産党、れいわ新選組は「法人税と所得税を上げればまかなえる」と主張するが、現実にはそう簡単ではない。法人税を5%上げても税収はせいぜい2〜3兆円程度にしかならず、所得税の最高税率を引き上げても数兆円にとどまる。

企業の「内部留保」は500兆円を超えるといわれるが、それは現金の山ではなく、設備投資や将来の支払いに備えた資産の合計だ。すぐ取り崩せる現金はその一部にすぎない。ここを強引に課税すれば、企業の投資意欲を冷やし、雇用や賃金にも跳ね返る。「取ればいい」という発想は、「金の卵」をつぶすことになりかねず、最終的には自分たちの首を絞めることになる。

また、富裕層への増税も限界がある。資産を海外に移す動きが起これば、税収は期待通りには増えない。日本はすでにOECD諸国の中でも法人税率が高い方であり、ここからの大幅増税は「稼ぐ場所」を海外に移す誘因を強める。結局、残るのは国内の中堅企業や雇用者で、“金持ちから取る税”が“働く人から取る税”にすり替わる危険がある。

こうした現実を踏まえると、消費税を単純に下げたり廃止したりするよりも、「逆進性」──低所得層に重くのしかかる構造──をどう緩和するかが本筋だ。たとえば欧米では「給付付き税額控除」という仕組みが広く導入されている。低所得の人には税金を取る代わりに、所得に応じて現金を給付する制度である。税率をいじらずに、実質的に消費税負担を軽減できる。この制度は有力な選択肢だが、制度化されるまでに時間を要する上、即効性があるとは言えないだろう。

さらに、社会保険料を軽くしたり、子育て世帯への直接支援を強化したりする方法もある。税を下げるより、税の「還し方」を賢く設計するほうが、暮らしの安心を支える。

衆院会派・有志の会の吉良州司議員は、「金利を引き上げて円高を誘導すれば、輸入物価は下がり、生活者優先の政治が実現できる」と主張している。円安と円高については、金利だけが決定要因ではないので、金利引き下げが円高をもたらすとは断言できないにしても一つの選択肢となる。ただ、それだけで国民の幸福がもたらされるとは限らず、日銀の金利操作や財務省の舵取りもかなりの困難を伴う。吉良議員の提案に対して政府が及び腰になるのも、やむをえないだろう。

 
MMT(現代貨幣理論)を根拠に「国はいくらでもお金を作れる」と言う人もいる。しかし、それが成り立つのは、生産力に余裕があり、通貨の信頼性が揺らがない場合に限られる。いまの日本は、少子高齢化と人手不足で供給能力が限界に近い。お金を増やしても物が増えなければ、ただの値上がりを招く。インフレが起これば、消費税廃止の効果はすぐに打ち消されてしまう。

政治とは、痛みをなくすことではなく、痛みを制御することだ。痛みがあるからこそ社会は成り立つが、それが耐えがたいほどに偏ると不満が爆発する。だからこそ、「誰から、どれだけ取るか」だけでなく、「どう返すか」までを設計するのが、現代の財政の仕事である。

消費税は、その中で最も安定した税収を生み、世代を超えた社会保障を支える柱だ。これを壊してしまえば、目先は楽になっても、将来の安心が失われる。

「企業や金持ちに重く課税すれば庶民はもっと幸せになれる」と信じたくなる気持ちはわかる。だが、幸せは奪うことではなく、分かち合うことで育つ。税をなくす勇気より、税を正しく使う知恵を持つこと。それが、これからの日本に必要な“財政の成熟”ではないか。

批評.COM  篠原章
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