斜陽化する衛星放送を抱える東北新社は接待で何を得たのか

北朝鮮なら銃殺刑?

首相会見の司会を務める山田真貴子内閣広報官が総務審議官を務めていた令和元年11月6日に、東北新社から虎ノ門で接待を受けたときの単価は7万4203円だったと報道されている。

東北新社の社長が同席したからといって、公務員に対して単価7万円の接待とは恐れ入る。もちろん単価2〜6万円でもやり過ぎだが、東北新社も大盤振る舞いというか無神経というか、しょうもねえ会社だと思う。「どこの田舎の会社だよ」いいたくなる。バレたら役人のクビが飛びかねない単価である。接待される側は正確な飲食代など知る由もないが、「ここ高いかな、安いかな」というのはわかる。単価7万円超というのはさすがに想定外だろうが、山田氏にも大きな油断があったといわざるをえない。もし広報官の職を解かれても誰も同情しない。

単価7万円超は異常に高く感ずるが、実際には十分ありうる金額である。国会では「どんな料理を食べれば7万を超えるのか」という驚きの声を発する野党議員もいたが、4〜5万円程度のコースならそんなに珍しくない。高価なワインや日本酒を別注文すれば、税サ込みで軽く7万円を超える。高価なお酒をお土産として「持ち帰り購入」にするという手もある。

主要な官公庁が集まる霞ヶ関に近い虎ノ門にも料亭や高級レストランはある。たとえば「おかもと」はコース4万2千円。どんな日本酒やワインを置いているのか知らないが、この店の格なら1合1万円という日本酒や1本5万円以上のワインも置いているだろう。単価7万円も十分ありうる。そうした「もてなし」が当たり前だと思っていたとするなら、接待する側も接待を受ける側も相当麻痺していたと考えるほかない。

金額はともかく、業者に接待されるのが常態化していたなら役人にとっては命取りだ。これが北朝鮮なら「関係者全員銃殺」であり、旧ソ連でも強制収容所送りは免れない。役人にとって業界・業者との情報交換は必要だが、「直接の利害関係がなければ業者との会食はOK」という安易な風潮が官公庁にあるとすれば、それは糺すほかない。しかも、モリカケや桜を見る会がメディアを騒がせた後の会食も含まれている。東北新社も総務省も、世間を相当に舐めている。くだらなすぎてこのレベルの国会論戦はもう見たくもないというのが本音だが、総務省にも東北新社にも弁解の余地はない。

目的不明の多頻度接待

2月22日の衆院で共産党の高橋千鶴子議員が、「東北新社の接待は財務省(大蔵省)汚職のような大疑獄に発展する」と述べていたが、大蔵省汚職とは例のノーパンしゃぶしゃぶで有名な接待汚職のことを指している。たしかに上級職課長・課長補佐クラスの幹部職員が多数逮捕され、3人の自殺者まで出した一大疑獄だったが、国民の頭のなかに残っているのは「ノーパンしゃぶしゃぶ」だけである。ノーパンしゃぶしゃぶをアレンジした贈賄側の金融機関の名前を憶えている人もほとんどいないだろう。今回の一件もいずれ忘れ去られ、「7万4千円」だけが記憶に刻まれるかもしれない。それよりも何よりも大蔵省汚職のような、はっきりした輪郭が見えてこないところが気になる。

東北新社の総務省接待で不思議なのはまずその回数である。本日総務省によって開示された資料ではなんと38回に上っている(先の山田広報官の接待は除く)。接待は平成28年から始まっているが、本格化したのは令和に入ってからだ。単価は最高4万7千円、最低5400円。平均に意味があるかどうか知らないが、あえて平均を出せば1万2千〜3千円程度だろう。安いとはいえないが、大蔵省接待の舞台となったノーパンしゃぶしゃぶ「楼蘭」は税込19,980円というコース料金が設定されていたそうだから、それよりは安い(笑)

さらに疑問なのは接待の目的である。東北新社はCS・BSの8ブランド計10チャンネルを運営している。スターチャンネル、ザ・シネマ、スーパードラマ、囲碁将棋チャンネルなどだ。契約世帯数は、スターチャンネル非公開、ザ・シネマ531万世帯、スーパードラマ780万世帯、囲碁・将棋チャンネル707万世帯などとなっているが、CATVやひかりTVなどを経由した基本チャンネル・パッケージの契約者が多いので、重複を除くと1000万世帯程度ではないかと思われる。しかも、Netflix、AMAZON Prime、Huluといったインターネット経由のVODが急拡大している現在、契約者数は減少傾向にある。東北新社だけでなく業界自体が先細りを免れない斜陽業界で、事業としての旨味は少ない。4K、8Kなどの投資がかさむことが予想されるから、ただでさえ厳しい経営はさらに圧迫される。吉本興業などの衛星放送への新規参入もあるが、いずれも事業としての将来性は乏しく、「とりあえず衛星放送も押さえておこう」という程度の動機に基づくものだと思える。

衛星放送は利権にあらず

「許認可権を持つ総務省に取り入ることで許認可を容易にするための接待(利権獲得接待)」だと勘違いしている報道ばかり目に付くが、現在「電波利権」といえるものは地上波一般放送と通信事業者の認可やその利用料をめぐるものが主体で、衛星放送は利権とはとてもいえないのが現状である。業界規模は3700億円で、放送業界全体(約4兆円)の10%にも満たない。また、今後その規模が膨らむ可能性もわずかだ。「ネットとの直結」によって衛星放送を復活させようという試みもあるが、コンテンツをますます充実させつつあるネット配信事業者の優位は揺らがない。VOD化を進めようにも「著作権」という厚い壁が立ちはだかっている(その点に着目すると接待すべきは文科省である)。何よりも独自のコンテンツが薄すぎる。東北新社の場合は、しっかりしたコンテンツのあるのは囲碁・将棋チャンネル(日本棋院、日本将棋連盟と共同で運営)ぐらいで、他のチャンネルにはろくなコンテンツがなく、その先行きは暗い。総務省をいくら懐柔したとしても何らかの利得を得られるような環境にはない。

したがって、東北新社傘下のこうしたチャンネルを維持する、あるいはさらに増やすために38回の接待が必須だったのかと考えると釈然としない。衛星放送他社が同様の接待をやっていたという情報はない。むろん他社の接待も皆無ではないだろうが、東北新社の接待回数は突出しているように見える。東北新社は、衛星放送会社の集まりである「日本衛星放送協会」のリーダーのような立場にあるので、リーダーとして「業異界全体の利権」を確保・強化する使命を負っていたと考えられなくもないが、先に触れたように利権いえるようなものがほとんど存在しない斜陽業界で、これまで電波料の実質無料などの施策によって政府の保護を受けてきたが、補助金などこれ以上の政府の保護策はまったく望めない。したがって、衛星放送業界は、もはや政府がテコ入れするような余地もなく、接待自体にほとんど意味はないと見てよいだろう。

東北新社は総務省飲み喰いの財布?

してみると東北新社の狙いは他にあったのではないか。つまり従来の事業を維持することに目的はなく、放送事業から他の業態(たとえばデータ通信事業)への転換を容易にするための接待だったと考えるほかないが、それだけの新規事業を立ち上げる企業力・企画力が東北新社あるいはこの業界にあるのだろうか。実際、データ通信やネット配信といった方向に東北新社のベクトルは向かっておらず、今のところそれほどチャレンジャブルな要素は見えてこない。独自の衛星でも打ち上げるというのなら別だが、そんな気配もない。ぼくの知るかぎり、東北新社の運営するチャンネルは、既存のアーカイブの使い回しで、クソみたいなものが多く、「未来」を感じさせるものなど皆無だ。

だとすると東北新社の接待は、直接の利権が絡むものではなく総務省とのパイプを維持するための「(不定期だが)定例の飲み会」にすぎないのではないか。「疑獄」というには少々お粗末な「接待の常態化」だということだ。総務省の当事者の国会答弁も、「俺の何が悪いんだ」という気持ちが見え隠れしていた。彼らはおそらく東北新社に対して利権配分も優遇も何もしていない。誘われたから飲み喰いに同席しただけ、という意識だろう。もちろんそれとても公務員倫理の欠如は甚だしく、関係者は厳しく罰せられて当然だが、野党の追及にもまだ新味や意欲が感じられないところをみると、利権絡みというよりいろいろな店を東北新社のカネで総務省のお役人が食べ飲み歩くための「飲み会癒着」のレベルで終わってしまうような気がしてならない。ノーパンしゃぶしゃぶ汚職と比べるのは、大蔵省(財務省)に対しても失礼なレベルの癒着・汚職である。あえて名付ければ「総務省幹部+首相長男+東北新社の飲み喰い疑獄」だが、果たしてそれ以上に疑惑は広がるのだろうか。

批評.COM  篠原章
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