イカチレの国・台湾(2)

2月24日(木)いかチレの国・台湾

鼎泰豊(ティンタイフォン)。世界●大レストランのひとつだという。土日しか出されない小龍湯包が名物だそうだが、小龍包、蝦餃子、ちまきなどを朝飯代わりに食した。昼時や夕食時には行列ができるというが、朝10時半なら問題なし。炒飯など飯類は11時からだそうだ。たしかに美味しいが、この程度の美味しさなら香港あたりにいくらでもある。ただ、こういう街の中華屋っぽいところが「世界●大レストラン」に選ばれるということは健全なこと。小龍包170元は安くはないが、やはり台北に来たら一度はよりたい店ということになるだろう。

鼎泰豊を出て近くの東門市場一帯を歩き、さらにホテル近くにもどって三水街市場も歩いた。季節のせいもあるだろうが、那覇・牧志の市場のようなだらっとした感じがあまりない。とはいえ牧志の市場も京都・寺町裏の市場も市川駅南口闇市跡もサムイ島ナトンの市場もバタム島ナゴヤの市場も、みんな東門市場や三水街市場の仲間であることに変わりない。ゲテモノの好きずきは異なるが、アジア人が安心できる空間である。三水街市場の、ビルとビルの隙間を埋めるように店開きしている屋台のたばこ屋にビンロウがあったので、これをくれと財布を出したらただでいいからもってけといわれた。福建語も北京語もダメなので、なぜただでもらえたのかよくわからない。たんに好意というわけではないだろう。試してみると、苦い、まずい、気持ち悪い。歯医者の麻酔のように口の中がしびれる。弱い麻薬のような効果があるのだろう。少し元気になった気もした。

市場周辺の住宅街は那覇やコザのそれとほとんどおなじような印象を与えるところが多い。ブーゲンビリアの花が玄関先に咲き乱れるコンクリートづくりのアパートなんて沖縄とまったくおなじである。沖縄が懐かしい。基隆から船で沖縄に脱出するのもまたいいかもしれない。

夕方、気が遠くなるほどゆったりとしたスピードの通勤電車を利用して基隆まで繰り出す。相変わらずの雨で足下は辛いが、ここの夜市は規模は小さいがなかなかのもの。華西街より数段上である。店の構えは整然としており、清潔で料理の種類も豊富。ぼくらは鍋貼といわれる焼き餃子でまず下ごしらえし、その後、海産物の屋台で鯛や牡蠣などをつまみにビールというコース。街の規模からいって基隆のほうが見通しがつけやすいというせいもあるかもしれないが、なかなか居心地がよさそうな街とみた。

台北は店の数は圧倒的に多いのだが、街の全体構造をつかみにくい。つかみにくいということは不安も大きい。不安の大きさは歩きにくさにも比例する。つかみにくさからいえばバンコクもそうなのだが、B級グルメにとってはバンコクのほうがレベルは高いし、おなじ中国語圏でいえば香港のほうが台北よりレベルは高い。

台北の居心地の悪さは、英語より日本語のほうがよく通ずるという台湾の特殊事情にも関係があるのかもしれない。日本語で「はい、わかりました」といわれても迂闊に信用してはいけない。なにもわかっていない可能性も高いのだ。だが日本語の曖昧な特性からいって、「わかった」といわれてしまえば、そこからさき話を進めにくい。結果として裏切られてしまうこともある。台湾人留学生と何人かつきあって苦労した経験もあるので、日本語でのコミュニケーションは要注意だ。これが英語であれば、双方が母語としない言葉であるがゆえに、最低限の了解をつくっておこうという意志が働く。誤解もあるが、双方がハンディを背負っている言葉のほうが緊張度も高く、英語の特性からいって自分の意志を明確にしやすい。屋台でも日本語が通じてしまうという事態は、かえって異文化理解の妨げになるような気がしてならない。もっとも英語が通じないという点では、日本も台湾には勝るとも劣らない。日本語という「外国語」をしゃべることのできる台湾のほうがマシだともいえそうだ。

深夜、ホテル隣にあるセブンイレブンで学生がビールとおつまみを買ってきた。なかに「いかチレ」という妙なイカを原料とした加工食品があった。要するにサキイカみたいなものなのだが、「いかチレ」の意味がわかならい。袋に印刷されているキャッチもふるっていた。

「西パシフィックオションに育ったいかチレを採用されて作った製品ですから一番上品で新鮮な風味です」

いかチレなんて見たことも聴いたこともないと思ったが、 よくよく考えてみると、これは「いかチレ」ではなく「いか干し」なのだ。「干し」という日本語表記を「チレ」と読み間違えている。しかもその「干されたい か」が西パシフィックオション、たぶん西太平洋を泳ぎ回っていて、これを「採用」して製品化したということになる。この部分は翻訳ソフトみたいな妙な日本 語である。前日、露店で見た「市田柿」の袋にも「干し柿」ではなく「チし柿」とプリントされていた。「いかチレ」も「チし柿」もスキャナーで文字を読みとるときに頻繁に発生しうる笑えるミスだが、「チし柿」のほうはさらに念入りで、会社の所在地として「長野県諏訪市鈴木6段12號」というありそうもない住所が書かれた上、「東菱和農林企業(商)株會社」というわけのわからん企業名が記されている。

いや、参りました。とくに(商)という略号はすごい。日本の(株)とか(有)とか(社)とかいった法人属性の略号を真似したつもりだろうが、惜しい、あと一歩。想像力は高いことは認めるが事実認識がいまひとつだった。ま、日本でも似たような誤表記が多いので、ヒトのことはあまり笑えない。異文化の威をかりて、一儲けしようという貧しい(たくましい?)根性は世界に共通のものなのだということを再確認しつつ大笑いしてしまった。

ときおり屋根を打ちつける強い雨とともに台北の夜は更ける。この町は51%の台湾、39%の中国、10%の日本で出来上がっている。地方へいけば、台湾の比率が上がって、中国や日本の比率が下がるにちがいない。アメリカが混じった沖縄、イギリスが混じった香港のほうがカルチャーとしてはおもしろいが、テレビの音楽番組をつけっぱなしにして、往年のモータウン系バラッドのようにメランコリックな台湾ポップスを聴ききながら浅い眠りにつく頃には、もはやすべてがどうでもよくなっていた。

ikatire

批評.COM  篠原章
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