須田桃子『捏造の科学者』と安田浩一「ルポ 外国人『隷属』労働者」
Review : Oya Soichi Non-Fiction Prize 2015
今年の大宅壮一ノンフィクション賞・書籍部門を受賞した毎日新聞記者・須田桃子さんの『捏造の科学者 STAP細胞事件』(文藝春秋)は、なかなか読み応えのある本で、科学者個人の資質や責任に加えて、理研や大学といった研究機関の無責任なシステムを告発する優れたノンフィクションだったと思う。スタップ細胞をめぐる問題については、毎日新聞と日経新聞の取材記事がとくに秀逸だったが、毎日取材陣の花形だった須田さんらしい著作に仕上がっている。
にもかかわらず、理研などは相変わらず「ほおかむり」の姿勢を貫き、政府も事実上それを黙認するという状態が続いている。理研や大学、文科省など、一度解体して出直した方が良いのではないかとも思うが、最先端科学の領域で起こった事件だけに、政治的な圧力をかけること自体が、「科学に対する政治の介入」という批判を浴びかねないから、なかなか前に進めない。手垢の付いた言葉だが、徹底的な「仕分け」あるいは会計監査で対応するほかないと思う。こういう時こそ、会計検査院の出番だが、果たしてどうなるか。
大宅壮一ノンフィクション賞・雑誌部門を受賞したのは、講談社『G2』で連載された安田浩一さんの「ルポ 外国人『隷属』労働者」。WEB版『G2』しか読んでいないし、もちろんまだこれは書籍化されていないので、部分的な判断しか出来ないが、周到な取材に基づいた優れたルポルタージュという印象。著者は、千葉動労(中核派系)に近い思想的傾向を持つと言われることもあるようだが、彼の弱者に対する視線と制度の理不尽に対する批判のほとんどは的確だ。安田さんの『在特会をテーマとした『ネットと愛国 〜在特会の「闇」を追いかけて』(講談社・2012年)も、ヘイトスピーチに対するヘイトスピーチに終わらない、バランスのとれたルポルタージュで感心した記憶がある。今回も、「外国人研修生」を不当に安い労働力として活用する地方の中小企業の実態や「協同組合」という名の利権団体の存在が巧みに描かれている。個々の企業や団体の責任も追及されているが、奴隷的な労働を生みださざるを得ない日中の経済的・社会的構造にある程度踏みこんでいるところに注目したい。秀逸なのは、この研修制度を「日中合作の奴隷労働」と結論づけているところだ。
ただ、この問題の根っ子は、労働市場に対する公的な介入が市場を大きく歪ませてしまっていること、日中両政府が国際的な労働移動に対する的確な現状認識を放棄していることなどにあると思う。たとえば、ユニクロなどに見られる労働や労働者に対するグローバルな姿勢が産業界全体に広がることが、政府の介入や政府の現状認識を改めさせる力になるのではないか。ブラック企業と名指されることも多いユニクロだが、柳井正社長の労働観はもっと評価されて良い。安田さんも柳井路線を評価しているという話だが、やはり民の力でしか、官や公は変わらないのである。