「辺野古基金」とは何か?【再掲・6月9日更新】
What is "Henoko Fund" Against an US Marine Base in Okinawa ?
4月9日、普天間基地の辺野古移設に反対する有識者や経済人が、「辺野古基金」の設立を発表した。賛同者から数億円を集め、米政府や米議会へのロビー活動や国内新聞への意見広告掲載などを通じて、辺野古移設反対の世論喚起をすることが目的だとされる。
基金の共同代表は、金秀グループの呉屋守将会長、かりゆしグループの平良朝敬CEO(最高経営責任者)、沖縄ハム総合食品の長浜徳松会長、前嘉手納町長の宮城篤実氏、元外務省主任分析官の佐藤優氏、俳優の故・菅原文太氏の妻・文子氏の6人。マスコミ報道によれば、すでに4600万円もの寄付(→文末に追記あり)が集まっているという。
ある目標を掲げた政治運動が、運動のための資金を集めるために「基金」を創設して運動するというのは、きわめて正常な姿だと思う。公金や労組の資金が横流しされることも少なくなかった沖縄の基地反対運動の、これまでの不明朗な資金的実態を考えれば、前向きに捉えることかもしれない。
「基金にぜひ寄付をしたい」という人も多数出てくると思うが、その前に基金の性格を正しく知っておくことが必要だ。ところが、この基金のホームページは開設されていないから(4月21日現在→文末に追記あり)、メディアから伝えられる情報に頼るしかない。一部メディアや労組、市民運動関連のウェブページなどで振込先は広報されているが、使途については「5月にでも総会を開いて決める」という。つまり、趣意書などの「公式情報」が何も存在しない状態で募金活動はスタートしてしまったということだ。このネット時代に、多額の寄付が予想される基金がどんな実体であるのか知る術もないというのは異例のことだ。となると、「共同代表」の人物像をさぐることによって、この基金の信頼性を判断するほかない。
共同代表の中で、事務局まで引き受けているのが金秀グループの呉屋守将氏である。キャンプ・シュワーブ(辺野古)のゲート前で展開される反対運動への参加を、新入社員の研修プログラムに組み込むほど移設反対に熱心な経営者だ。沖縄に何度か旅した人なら、「金秀」はチェーン・スーパーの名前として記憶されているだろうが、スーパーは金秀グループの事業の一部であり、本体は金秀建設、つまり土木建設業だ。呉屋氏の経営手腕は県内外から高く評価されているが、金秀建設が、基地負担と引き換えに沖縄にもたらされている沖縄振興資金を原資とした土木建設事業や、防衛省予算を原資とする米軍基地や基地周辺の整備費で成長してきた企業であるのは周知のこと。近年では、防衛予算を使って大規模改修された奥武山球場の工事(グループ傘下の金秀鉄工が受注)や沖縄振興資金で建設された伊良部大橋の工事が金秀の実績だ。平成23年度にキャンプ・シュワーブ(辺野古)内の立体駐車場工事を受注しているので(契約額3億7千万)、「辺野古移設反対なのに辺野古移設で潤っている」とネット上で厳しく批判されているが、一般競争入札ベースで見ると、26年度は防衛省関連の工事を請け負っていない(ただし、24年度・25年度は嘉手納基地の工事などで受注実績あり)。金秀は、目下、那覇空港拡張工事(原資は沖縄振興予算)に取りかかっているが、辺野古と同じく珊瑚礁の破砕やジュゴン生息域の破壊という問題点が指摘されている(これについては本サイト別ページ「那覇のジュゴンは死んでもいいのか」を参照)。
平良朝敬氏のかりゆしグループは、かりゆしアーバンリゾートなどを経営するホテル・観光業の大手。平良氏は翁長雄志沖縄県知事の熱心な支援者で知られる。翁長氏と歩調を合わせて「辺野古移設反対」の論陣を張るようになったのは、呉屋氏同様ここ数年の話である。以下は、Web論壇「ポリタス」の沖縄県知事選挙特集(昨年11月)に掲載された平良氏の主張。
沖縄経済界の中で仲井真、翁長、下地の支持が割れるのは、要は利害関係の問題です。基地建設によって潤う人たちがいるわけですね。
しかしながら我々は、新都心や北谷町、それからうるま市、あるいは小禄地区といった返還された跡地を見ていく中で、基地がなくてももう沖縄の経済は潤っていけると肌で感じ始めてきています。こうした非常に大きな変化が出てきたことは、この状況下でなぜ新しい基地をつくらせるのかという疑問にもつながります。
基地がもたらす経済効果でいうと、今は2000億円しかないのです。基地で働いている人たちの給料も、土地代もすべて含めて2000億円です。今観光だけでその2.5倍、4600億円ほどを稼いでいるわけですから、全体の4兆円で見ても現在基地が占める経済効果の割合はわずか5%くらいなんです。逆に言えばそれだけの経済効果しかないものに沖縄の大事な土地がほとんどすべて抑えられているわけですね。
ホテル・観光業という立場から見れば、「基地は不要」という平良氏の主張を全面否定できないが、沖縄経済全体に対する認識という点では不適切だ。年間2500〜4000億円の沖縄振興予算(米軍基地負担の見返り)や年間1500〜2000億の防衛省予算(沖縄に配分されている金額)の沖縄県経済に対する寄与度が無視されているからだ。「沖縄経済界の中で仲井真、翁長、下地の支持が割れるのは、要は利害関係の問題」といいながら、この利権構造を支える基地問題の経済的側面を指摘しないのは、沖縄県の経営者としては単眼的に過ぎる。基地がなくなれば、沖縄は豊かになるというのが虚妄に過ぎないことは、すでに小著『沖縄の不都合な真実』で厳しく指摘しているので、ここでは繰り返さないが、ホテル・観光業が比較的好調だからといって、基地がなくなれば沖縄にはバラ色の経済が実現すると主張するのは、県民をミスリードするだけだ。
前嘉手納町長の宮城篤実氏は、嘉手納基地をめぐる利権調整の中心にいた保守系の政治家である。「沖縄の基地反対運動は、基地が返ってこないことを前提にした反対運動」と篠原に教えてくれた人物でもある(1996年にインタビューしたときの発言)。その宮城氏が、辺野古移設に反対を唱え、基金の代表を務めるというからには、よほどの覚悟があるに違いないと思い、最近の彼の発言を当たってみた。
安倍首相も菅官房長官も沖縄の問題を軽く扱っている。自分たちの思い通りにやって、沖縄の知事をへし曲げてやろうという、権力者の思い上がりがあると思います。しかし、日米安保が大事なら、いずれ必ず政府のほうから沖縄県庁に来ます。翁長知事はそのとき県庁で彼らを迎えればいいんです。
翁長知事は決して政府に頭を下げません。政府は勘違いしていると思います。
私は翁長さんにいいました。あなたは政府に物乞いするわけじゃない、沖縄県民のためにカネをくれという要求をする必要はない。沖縄は日米安全保障条約の大きな役割をこれまで背負ってきたし、政府はこれからも背負わせようとしている。お願いごとがあるのは東京・官邸ではないか。
だから、政府は子供じみたいじめをするのではなくて、沖縄に道理を尽くすのは当然です。
(2015年2月13日付/「連帯・共同21」のHPより宮城篤実:翁長知事は政府に頭を下げません、安倍政権は勘違いするな)-(質問)昨秋の知事選では翁長氏の応援団長役を引き受けた。
10万票差で当選したところで収めておけば良かったが、勝ちに勇んで(年末の衆院選で)自民党候補に刺客を送ってしまった。何もそこまでやる必要はない。
怒りは怒りとして発しないといけないが、(行政が)全て移設問題に結び付いている。このままでは4年間、何もできないで終わる。次の知事選は厳しくなる。偏った行動を取らなければ、国からも信頼が生まれる。
(2015年4月4日付/時事ドットコム)
びっくりするのは、「辺野古移設反対」を一言も口にしていないところである。安倍政権、自民党に配慮しながら「彼らは頭を下げに沖縄に来るべきだ」と言い、「翁長知事は偏った行動をとるべきではない」とまで言い切っている。安倍政権が礼を尽くして頭さえ下げれば、辺野古移設を容認するととられてもやむをえないような発言だ。翁長知事と宮城氏との関係を考えれば、これが知事の本音ではないかと思ってしまう。果たして、宮城氏は本気で「辺野古移設反対」を唱え、辺野古基金の代表を務めているのだろうか。宮城氏が代表を務めている限り、「辺野古基金」が辺野古移設阻止のために使われるのかどうか、賛同者は怪しむべきだろう。
佐藤優氏については、本サイトで何度も取り上げているのでここでは繰り返さないが(たとえば「佐藤優氏の低レベルな篠原批判」)、「沖縄民族の血」を一つの根拠に使いながら「沖縄独立」にも言及するその姿勢は、ふだんの佐藤氏からは考えられないほど民族主義的であり、排他主義的である。母が久米島出身という事実を示しながら自らを「沖縄人」に位置づけ、「沖縄の歴史と沖縄民族の血が、辺野古移設を許さない」とする(東京在住の)佐藤氏の論理は、「佐藤氏の子どもはいったい日本人なのか沖縄人なのか」という一点を考えただけで破綻していることは明らかだ。
さまざまな背景や思惑がある「有識者」が集まってつくった「辺野古基金」だが、辺野古移設に「善意」から反対を唱え。辺野古基金に寄付しようと考えている人は多いだろう。東京新聞は4月21日付で「辺野古基金 傍観者でいていいのか」という社説を掲載して基金に寄り添う姿勢を示しているが、基金の性格も掘り下げずに寄付を奨めるような社説には疑問符が付く。この基金が信頼に足るものであるかどうかは読者の判断に委ねたいが、ぜひこのコラムの情報を参考に結論を出していただきたい。
なお、呉屋氏は、「金秀グループの経常利益の1%を基金に寄付する」と宣言している。平成26年3月期決算の経常利益は180億円(売上げ高900億円超)だが、その1%だとすれば1億8千万円。取引先企業も寄付を「依頼」されているという話だから、企業だけで寄付金は数億円に上るだろう。これだけ潤沢な基金が集まれば、おそらく「有効」な活動ができるはずだが、果たしてどうなるのだろうか。引き続き注目していきたい。
【5月28日追記/6月9日追記】
(1)5月13日(推定)に辺野古基金の公式ホームページが開設された。趣意書、共同代表名(5月8日前後に追加された映画監督の宮崎駿氏、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏、写真家の石川文洋氏の氏名も含む)、振込口座のみの情報をアップしたシンプルなWebである。SEO対策がなされていないせいか、なぜか検索には引っかかりにくい。募金現在額は表示されているが、その使途についてのページはない。使途については、新聞報道で断片的に知られるに過ぎず、また支出金額(支援額)は公表しない方針だという。以下「沖縄タイムス」の記事(2015年5月21日付け)。
【辺野古基金2億5355万円 2団体に支援金決定】(見出し)
名護市辺野古の新基地建設に反対する「辺野古基金」の運営委員会(新里米吉委員長)は21日、20日時点での寄付額が1万8791件、2億5355万2928円になったと発表した。また、辺野古反対運動に取り組む「ヘリ基地反対協議会」、「沖縄建白書を実現し未来を拓ひらく島ぐるみ会議」2団体に支援金を送ることを決定した。
辺野古基金が4月9日に設立発表されてから、使途を決めたのは初めて。
ヘリ基地反対協は2004年から現地辺野古で座り込みを継続し、現在もキャンプ・シュワブゲート前での反対行動の中心となっている。
島ぐるみ会議は昨年発足し、今年1月から毎日那覇から辺野古へのバスを運行するほか、全国や国外に辺野古反対の声を発信している。
新里氏は「ほかの団体への支援も考えているため、2団体への支援額の公表は控えたい」と述べ、各市町村で立ち上がっている新基地反対の組織も支援する考えを示した。
6月8日のNHKのニュースおよび琉球新報の記事によれば、基金の金額は約3億2千万に達し、支援団体は2団体から9団体に増えているという。今回は団体への支援金額も明らかにされている。それによれば、既報のヘリ基地反対協、島ぐるみ会議には各1000万円、新たに追加された他の7団体には各30万円が支給される。翁長訪米に伴い、基金を使ってワシントンなどで広報活動・ロビー活動を展開したと思いきや、今回の発表では、広報活動・ロビー活動こ要する経費にはまったく触れられていない。当初の趣旨は未だ実現されず、ということか。以下、6月8日付琉球新報。
【辺野古基金、市町村組織への支援を決定 合計9団体に】(見出し)
米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設阻止を目的とした「辺野古基金」の基金運営委員会は8日午後、那覇市内で会議を開き、新基地建設阻止の活動に取り組む市町村単位の組織6団体と平和市民連絡会の計7団体への支援を新たに決定した。市町村組織は辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前へのバスを週1回以上運行している読谷村とうるま市、沖縄市、宜野湾市、北谷町、名護市の組織を支援する。辺野古基金の支援団体は合計で9団体になった。
これまで非公表としていた支援金の額についても発表し、すでに支援を決定している「ヘリ基地反対協議会」と「沖縄建白書を実現し未来を拓(ひら)く島ぐるみ会議」に1千万円ずつ、新たに支援を決定した7団体には30万円ずつを支援すると決めた。
基金運営委員会委員長の新里米吉県議は「市町村組織への支援については、自ら資金を集めながら広範に活動している団体について実績を判断して支援を決定した。(支援額を公表することについては)いずれ決算で明らかにする必要があるため、前もって明確にしようということになった」と述べた。
(2)翁長知事発令の人事により、辺野古基金共同代表・平良朝敬氏(かりゆしグループ)が、観光事業の元締め・沖縄コンベンションビューロー会長に、同じく共同代表・呉屋守将氏が率いる金秀グループの美里義雅氏(金秀バイオ副会長)が沖縄都市モノレール社長に就任することが決まった。地方政治にありがちな「仲良し人事」だが、もちろんあからさまな利権配分と見ることも可能だ。
(3)基金に集まった「志」は5月27日現在で約2億5千万。新聞報道などによればその7割が本土からの寄付という。「本土の沖縄への共感が高まっている」という評価が一般的だが、「反対運動も本土依存」という構図があらためて明らかになったともいえる。「沖縄の自己決定」「沖縄の自律性」「ウチナーンチュとしてのアイデンティティ」といった標識を掲げて、辺野古移設に反対する人たちも多いが、基金の7割が本土から寄付されている現状を前にすると、これらの言葉が宙に浮いてしまうではないか。