史実を歪め、沖縄県民を愚弄するNHKスペシャルへの失望

『沖縄 空白の1年 ~“基地の島”はこうして生まれた~』評

2016年8月20日放映のNHKスペシャル『沖縄 空白の1年 ~“基地の島”はこうして生まれた~』を観ましたが、大いに失望しました。

予告には、「1946年6月から1946年にかけての映像や、米軍の機密資料、未公開の沖縄の指導者たちの日記等を入手した。資料を詳細にみていくと、この時期、アメリカの占領政策は揺れており、まさに沖縄が〈これからどうなるか〉が決められていく期間でもあったことが分かってきた」とあったので、「新しい発見」を期待しましたが、未知の事実はほぼなかったといっていいと思います。

それどころか、この分野におけるもっともすぐれた業績といえるロバート・エルドリッヂ博士の『沖縄問題の起源』などを参照した形跡がなく、新崎盛暉教授などが従来から展開する主張に見合った米軍・米国務省関係の資料を「発掘」したにすぎない、実に陳腐な内容に終わっていました。

放映された米軍撮影のカラーフィルムの中には、今回初めて公開されたものも含まれていましたが、国務省と軍部(マッカーサー)のあいだの対立が米国の沖縄政策に影響を与え、最終的に軍部主導の沖縄統治が実現した点を今になって「新発見」のごとく強調する姿勢などは、ジャーナリスティックというよりポリティカルです。そんなことはまともな研究者ならとっくにわかっていることです。

沖縄県民を収容所に収容しているあいだに、普天間飛行場など多数の飛行場を米軍が造営したことも周知の事実で、今さら強調するまでもありませんが、その中には日本陸軍がすでに飛行場として使用していたもの、造りかけたもの、戦前に用地買収が進んでいたものもあり、また8月15日の日本の敗戦とともに米軍による造営が中止されたものが含まれることも伝えないと、公平性を欠いてしまいます。

基地の労働需要を充足するために、まるで「囲い込み運動」のごとく県民から農地を奪ったように説明する行や、やはり基地内労働需要を充足するために、マッカーサーの命令で本土から県民を強制的に引き揚げさせたかのように説明する行は、驚くほど一面的で、事実と異なる部分が含まれていることにも注意しなければなりません。前者には、きわめて生産力の低かった沖縄の農業に転換を迫る、産業政策・雇用政策としての側面があり、後者の背景には、1945年12月に東京で結成された「沖縄人連盟」(初代会長は伊波普猷)による「要求」があったことにも配慮すべきです。

伊波普猷、大濱新泉、松本三益、徳田球一などが政治的立場を超えて結成した沖縄人連盟は、政府やGHQに対して、内地に疎開して半ば難民化していた沖縄県民の生活援護、沖縄県への救援物資送付を求めたほか、帰郷を希望する沖縄県人の援護も主張していたのです(ちなみに、沖縄人連盟はやがて日本共産党に取り込まれてしまいます)。内地在住県民の沖縄への帰還が強制的に行われたかのような説明は明らかにミスリーディングで、「希望者」のみを帰還させたというのが事実です。そもそも当時の内地在住県出身者なら誰しも、戦争で荒廃した郷里を心配して帰還する意思を持っていたのですから、沖縄県民帰還計画が、マッカーサーと日本政府が共謀して沖縄県民を陥れたものであるかのように報道する番組の姿勢こそ、沖縄県出身者、沖縄県民を愚弄するものだといえるでしょう。

先行する学術的業績を顧みず、史実を十分に掘り下げることもないまま、「米軍と日本政府による沖縄差別の姿勢」が問題の根源であるかのように説明するこの番組の姿勢は、やはり問われてしかるべきでしょう。こうした姿勢こそ、沖縄の基地問題を混迷させていることにいい加減気づくべきです。

批評.COM  篠原章
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