北朝鮮「核実験」で沖縄はどうなるのか?

What Kind of Influence Does The North Korean Nuclear Test Sep.9 2016 Bring to Okinawa ?

9月9日の北朝鮮における核実験で、北朝鮮が「東アジア地域の安定」の鍵を握っていることがますますはっきりしてきました。

建国記念日に行われた北朝鮮の今回の核実験(核弾頭の実験?)は、震源地(実験施設)から数百キロ離れた中国吉林省でも震度1〜2の揺れを感じたほど規模の大きなものであったといわれています。

NHKなど日本のメディアは、一見「過剰」とも思える姿勢で「北朝鮮の脅威が格段に増した」と報じていますが、総じていえば「怒り」や「不安」を強調することで終わっています。が、求められるのは、日本を含む東アジアの安全保障に与える影響を冷静に分析する姿勢です。

以下、韓国へのTHAAD配備、中国の南シナ海への進出(侵略)、東シナ海への問題の波及(沖縄への影響)という3つのポイントから、問題点(影響)を整理してみました。なお、文末にはトランプ政権成立を前提とした影響も付け加えています。

(1)THAAD配備計画への影響

当面、最も大きな影響があると思われるのは、米国による韓国へのTHAAD(サード/終末高高度防衛ミサイル)の配備計画です。THAADは、弾道ミサイルをきわめて高い高度(成層圏より上)で迎撃するミサイルです。自衛隊などが保有するPAC-3(ペイトリオット)は比較的低高度で迎撃するタイプですが、THAADはきわめて高い高度で迎撃しますので、地上への被害も少ないといわれています。THAADは、北朝鮮が核弾頭を装着した弾道ミサイルを発射するケースに備えたミサイルで、なによりも韓国に対する(同時に日本に対する)北朝鮮の「核の脅威」を軽減 する効果があります。

ところが、中国が米国によるTHAADの配備計画に反対しているのです。THAADは北朝鮮向けの迎撃ミサイルですから、本来、中国と韓日米との軍事バランスに直接的な影響を与えるものではありません。では、なぜ中国はTHAAD配備に反対するのでしょう?

一説では、中国の「新朝貢圏」あるいは「新冊封体制」(中国が強い影響力を行使できる周辺諸国)に属するともいわれる韓国に、米国が追加的軍事支援を行うことに対する「不快感」の表明、つまり「THAADは中国の面子を潰す」という認識があるといわれています。「俺たちの門前に近づくな」というわけです。しかしながら、常に実利をとる、リアリスティックな中国政府が体面なんかを気にするわけがありません。

中国がTHAAD配備に反対する背景には、①中国寄りの外交姿勢をとっていた朴政権が、ここにきて急速に米国寄りの外交姿勢に転じたことに警告する、②「北朝鮮の核開発への介入」を中国外交の切り札にするための布石を打つ、といった意味があると思います。要するに、軍事的な観点からのTHAAD配備反対ではなく、外交的に優位に立つためのTHAAD配備反対なのです。

中国側の真意を知ってか知らずか、一部の韓国のメディアは「親米ではなく親中を重視すべき」「THAAD配備は日本の右翼を喜ばせるだけ」といった、まるで中国政府の脅しに屈したかのような論陣を張っています。彼らはついこの前まで「朴政権は米国外交をもっと重視せよ」といっていたのですが、今やすっかり中国の術中にはまっているように見えます。

米国も中国の真意を認識した上で、「北朝鮮が核開発を放棄すればTHAADは配備しない」(国家安全保障担当のローズ大統領副補佐官の9月6日の発言)という姿勢を示しています。今回の核実験を通じた「北の脅威の高まり」が、THAAD配備計画にどのような影響をもたらすのかまだわかりません。中国は「こんなに進化した核兵器を持つ北朝鮮を抑えられるのは我々だけ」と言いだすでしょうが、中国が本当に北朝鮮を抑えられるのかどうかはまったくの未知数です。現に、中国で開催されたG20会議の開催期間中に、北朝鮮はミサイルを発射して、それこそ「中国の面子」を潰してしまいました。米国はTHAAD配備を延期しながら、中国の出方を見守ることになるでしょう。

「韓国民の命を核の脅威から守る」という一般論からいえば、深謀遠慮の中国の姿勢に期待するよりも、目前の「核の脅威」を軽減するTHAAD配備を選ぶほうが得策だと思われますが、今後も中国は、韓国に対して有形無形の圧力を強めてくるでしょう。中米間の駆け引き、韓国の対応が注目されます。

(2)南シナ海問題に対する影響

南シナ海における中国の強引な権益の拡張については、中国の主張の正当性を否定した国際司法裁判所の裁定が下されているにもかかわらず、中国がこれを認める気配はまったくありません。東アジアサミットでも、「無関係の2ヵ国(日米)のみが中国を非難した」という姿勢を示しています。

中国は、今後「経済協力」を掲げ、自らの譲歩を最小限に留めながら各国の譲歩を引き出すでしょう。中国の経済協力なくして経済が成り立たないと判断する当事国の一部は、南シナ海問題を棚上げするか、中国の主張に同調することになります。最も激しく中国と対立するフィリピンも、大統領が代わった今となっては「対立から妥協へ」の道を歩み始める可能性も否定できません。米比防衛協定に基づき、米軍はパラワン島などへの展開を予定していますが、オバマ大統領を罵る大統領を頂くフィリピンが、どこまで中国と渡り合う覚悟があるのか、関係国は注目しています。違法操業の中国漁船を厳しく取り締まり、中立から中国との対決に転じたといわれるインドネシアも、、この問題でASEANにおける影響力をどこまで行使つもりなのか、まだわかりません。

中国は、今後「北朝鮮の核の脅威の抑制」を外交上のカードに使いながら、南シナ海問題への米国や日本の介入を牽制してきます。つまり、中国はこのカードをちらつかせながら、韓国に対しては親中政策への回帰を求める一方、日米に対しては南シナ海問題からの「退場」を求めてくる可能性があるということです。米国としては、当事国や日豪と連携しながら「航行の自由作戦」を継続し、中国の南シナ海への進出を食いとめようとするでしょうが、当事国の足元がぐらつくようだと、南シナ海での中国の覇権を許してしまいます。南シナ海での中国の行動を黙認するようなことになれば、次は尖閣、沖縄を含む東シナ海でも同様なことが起こる可能性が高くなります。日米は「北朝鮮の核の脅威の抑制」と「中国の南シナ海への進出」は別問題だとの姿勢で臨むほかないでしょう。

(3)尖閣、沖縄を含む東シナ海への問題の波及

南シナ海で起こっていることは、東シナ海にも波及する可能性があります。すでに中国公船に守られた多数の漁船が尖閣周辺海域に出現していますが、1992年に米軍がフィリピンから撤退した直後の95年に、フィリピン領だった南沙諸島ミスチーフ環礁に中国は建造物を造って同環礁を実効支配しました。以後の経緯は周知の通りです。

在沖縄米軍あるいは海兵隊の「抑止力」がしばしば問題にされますが、中国が東シナ海に対して南シナ海ほど強引に進出(侵略)してこない理由のひとつが、在沖縄米軍のプレゼンスにあることは明白です。今後、海兵隊は再編され、さらなる整理が求められることになると思いますが、「米軍の沖縄からの撤退」という選択肢は今のところありません。在沖縄米軍の機能を自衛隊が代替することも不可能ではありませんが、多くの時間と経費を要します。また、そのためには憲法改正だけでなく、おそらく自衛隊法、周辺事態法などといった安全保障法制の見直しも必要となります。

前項にも書いたように、日米は「北朝鮮の核の脅威の抑制」と「中国の南シナ海への進出」は別問題だとの姿勢で中国に対処する一方、海上保安庁、自衛隊、米軍による連携を強めながら、沖縄における国境防衛体制を改善することになるでしょう。また、普天間基地移設やヘリパッド建設をめぐる問題の解決が、国境防衛体制の足腰を弱めないよう配慮する必要があります。

※ただし、トランプ政権が誕生すれば中国の攻勢はより強まります。「トランプ大統領」が公約通りの安全保障戦略を実行する場合、南シナ海はおろか東シナ海でも中国の覇権を許すことになりかねません。朝鮮半島から米軍が撤退すれば、ベトナムと同じことが起こる可能性もあります。在沖縄米軍が撤退すれば、尖閣や沖縄はきわめて不安定な状態に置かれるでしょう。また、トランプ氏の公約にあるように米国がTPPへの不参加を決めた場合、アジア太平洋地域における経済面での中国の存在感はより大きくなります。結果的に「トランプ大統領」の登場は、日本の孤立化を招く可能性があります。孤立を避けるためには、米国のみならず、東アジア諸国、東南アジア諸国、インドなどと交渉し、安保上・経済上の関係を深めていく必要があります。米日関係が冷めたものになれば、「自衛隊の増強」がこれまでになく強く求められるでしょう。

批評.COM  篠原章
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