篠原章・連載面談記録「痔痔呆談」No.4 フラット化と階層化が同時進行する社会
〜総裁選分析・脱原発異論・ナショナリズム異論etc〜
はじめに
本HPが大学のサーバにアップされていた頃、一部に非常に人気があったのがこの「痔痔呆談」。妖しい正体の外人・鷽蜂白と篠原章との対談だが、テキストとして起こしにくいトピックを取り上げているところがマニアックな関心を呼んだらしい。この度、その「痔痔対談」を7年ぶりに再開することにした。長尺だがぜひご愛読を(過去の対談文についてはいずれアーカイブする予定)。
1.野田佳彦と相田みつを
鷽「久しぶりだね。しばらく会わないうちに酷いことになっててびっくりしたな。大学教授をクビになった上に、起訴までされたんだって?」
篠原「事実関係は正しいけど、大学との約束があって詳しいことはしゃべれないんだ」
鷽「有罪だったそうじゃないの?犯罪者じゃん。カッコいい」
篠原「あんまり追及しないでよ。ついついしゃべりたくなるから」
鷽「去年のことだけど、上海で日本のヤクザと渡り合わなきゃならなくなってね。そのときに相手方の事務所に呼ばれて、待たされているあいだテーブルの上に置いてあった雑誌を読んだら、あんたのことが書いてあって笑えた。女に大学の金を使ったとかなんとか。あっ、想いだした。週刊実話だ。ヤクザとその予備軍しか読まないような雑誌だな、あれは」
篠原「そういうのもあったね。あれはボクも笑った。へぇっ、世の中には取材もせずに成り立つジャーナリズムがあるんだってびっくり仰天」
鷽「あれはジャーナリズムじゃないよ。怪文書、ブラックジャーナリズム。いずれにせよ、あんたの脇が甘いからこんなことになるんだ。前から言ってたでしょ。人を信用するなと。とくに大学人なんて世間知らずで無責任なんだから。ま、日本の私立大学みたいなくだらない職場を辞められたってことはめでたい。お祝いだね。これからは本気でモノを書き、本気で発言していける」
篠原「そうはいっても人生暗いんだから…」
鷽「全然暗くなさそうだね。むしろ前より楽しそう。よかったじゃん」
篠原「よかったじゃんって、無責任だし言い過ぎだよ」
鷽「まぁまぁ、そんなに怒らないで。今日は旧交を温めて、いろんな話をしようと思ってるんだから」
篠原「怒ってなんかいないよ。相変わらず無礼だから安心した(笑)」
鷽「今日は趣向を変えて、ニッポンの次期政権についてまず語ろうか?」
篠原「いちばん不得意な分野だな。関心もない」
鷽「そういう姿勢だと時代の本質を見逃しちゃうぜ。ぼくら外人の目で見るとね、くるくる首相が替わるニッポンって国は、民主主義が意外にもちゃんと機能しているような気がするんだよね」
篠原「確かにそういう面はある。最近は日直のように首相が替わるからな。これもフラット化の一現象か。差異の消滅」
鷽「そうそうフラット化。小泉(純一郎)サン以降、小物政治家が次々に現れて首相になっては消えていく。どの人も能力が高いという感じはしない。政治家としての毛並みの善し悪しはあるけど、ま、フツーの能力の人たちが交替で首相を務めてる」
篠原「カリスマ性のない人が首相を務めてるから、民主主義が機能しているふうに見えるって意味?」
鷽「そういうことだね。野田(佳彦)サンなんか座右の銘が相田みつをってことで評判になるくらいだから、良くも悪くも庶民感覚。スケールの小ささが政治的安心感を与える」
篠原「さすがに相田みつをはぼくの肌には合わないけれど、相田みつをのわかりやすい処世訓のような詩を、一国の宰相が取り上げてるってことは注目に値すると思うよ。そもそも彼は松下政経塾だからね。松下幸之助のことばも多くはシンプルな処世訓だから相通ずるモノがある。孔子や孟子、老子ではなく相田みつをってところが、まさに今の政治を象徴していると思う」
鷽「端から見るとね、野田サンって人はよくやっていると思うんだ。別に応援するつもりはないけどさ。なんたって消費税・社会保障一体改革法案を通したもの」
篠原「消費税以外に増税の選択肢がないことは誰もわかっている。でも、誰も汚れ役を引き受けたくない。鳩山(由紀夫)サンしかり、菅(直人)サンしかり。最終的には民主党の非増税方針を転換してまで、あの法案を通したという点は野田サンの生真面目さで評価できるよ。財務省主導だとかなんとか批判されるけど、財務省だろうが何だろうが、冷静に考えれば財源の選択肢は消費税以外にないことはわかってるんだから。選挙対策上は、最初に消費税法案を通した竹下サン以来の厳しい展開になるとは思うよ。自公は国会では野田サンと連携しておきながら、“決められない政治”とかいって掌を返したようなことをいってる。これも選挙対策だろうけど、結果として消費税の責任を野田サンだけにとらせるかたちになってる」
2.総裁選びと非米・親米
鷽「その自民党も混乱している。谷垣(禎一)サンもけっして悪くはなかったのに出馬を取り止めた。朝日の緊急世論調査で自分の支持率がいちばん低かったのが理由かね。石破茂、石原伸晃、安倍晋三、町村信孝、林芳正となんとも乱立気味だったから、混乱を拡大させたくないという思いか」
篠原「谷垣サンには自民党をまとめたいという思いがあるんだろうね。フツーに考えたらいい人だと思うよ。いちばん人気のある石破の後ろ盾は国内よりも国外と考えるべきだね。たんなる軍事オタクという見方もあるけど、アメリカは石破を影に陽に応援するんじゃないかな。石原伸晃には石原慎太郎の影響があるから自主独立の傾向が強い。アメリカは自主独立論を嫌ってきたから、信用はしないだろうな。で、ハト派っぽい印象はあるけど、安倍もアメリカ寄りだからアンパイかな。町村、林はわからないけど、総裁にはなれないでしょう」
鷽「未だに対米関係で政界を観る旧式な見方だけど、それでいいわけ?」
篠原「非米・親米という横軸と分配政策(右派・左派)という縦軸をとった二次元グラフで政策や行動を評価すれば、おのずと浮上する人物が見えてくるというのが、日本の政界じゃないの?少なくとも自民党については、それで事足りると思うよ。民主党はアメリカにとって撹乱要因だから、あまりありがたくない。今ひとつ信頼しきれない。操りにくいと思うよ。野田サンは日本新党から政界に入った人物でしょ。もともと非自民だから正体はつかみにくい。おまけに彼、菅直人と同じくフツーの勤め人だったこともない。民間人だったことはないわけだ。最初から政治家。でも、野田なら操れるかもっていう感触はあるだろうね。赤松広隆はありえない選択。ほぼ完全に親中派だからね。原口一博も非米と見なされているけど、原口は勘がいいから、アメリカの出方を表裏で観察しながら政界を泳ぐだろうね。アメリカの側でも原口についてはいちおう静観。アメリカにとって未知数である維新の会に接近する原口の行動を細かくチェックする必要は感じているでしょ。鹿野道彦はわからない。旧自民色がいちばん濃いから、アメリカは制御できると思ってるかもしれない。」
鷽「なんだか日本の政治はアメリカが決めてるみたいないい方だな」
篠原「いや、未だに肝心なところでは、アメリカの意向を受けた政権が生まれるような影のシステムになっていると思うよ。中国やロシアもその綱引きには参加しているけどアメリカの影響力には及ばないよ。アメリカの力は今も侮れないと観るべきだと思う」
鷽「ホントかねえ。俄に信じがたい。中南米はまさにアメリカのうら庭だけどさ、ここはアジア、しかも強国ニッポンの話なんだぜ?」
篠原「CIAとかNSAとか具体的な名称を挙げて、陰謀とか謀略とかいうとウソっぽく聞こえるけど、構図としてはそういうこと。これまでの経験を総括するとさ、アメリカの国益を優先しない首相は少なくとも長くはつづかない」
鷽「それじゃニッポンには民主主義も何もあったもんじゃない」
篠原「ニッポンの民主主義はアメリカがつくったんだからね。その支配力は低下しているとは思うけど、影響力はまだ大きいとぼくは思っている。ニッポンの民主主義をアメリカがある程度コントロールしているといっても言い過ぎじゃないと思う。これからわれわれが自分たち自身の議会制民主主義を育てなければいけないんだよ。板垣退助の心境(笑)、アメリカの影響力を脱しながら自分たちの民主主義をこれから創造しなければいけないってことだと思う。だから脱原発の一部の人が言っているような直接民主制なんてバカみたいな話。段取りからいって憲法改正が必要な改革は無理」
鷽「政治に関心はないとかいいながら、けっこうしゃべるな」
篠原「いやいや、沖縄の問題を通していろいろはっきりしてきたんだね。こうした構図が。 アメリカとか地政学とか、以前は自分に関係ないと思ってたことは事実。今は、善し悪しの判断は別にして、目の前に立ちはだかる“アメリカ”をきちんと整序・超克しないと、前には進まないという認識なんだよね。正直いって苦手な領域だけど、ぼくたちはこれからもっと関わらざるをえないと思う」
3.社会のフラット化と階層化の同時進行
鷽「政治に対するそうした評価と、社会経済のフラット化とは関係があるのかな」
篠原「さっきからいってるフラット化っていうのは、トーマス・フリードマン『フラット化する世界』(日本経済新聞社・2008年)のことを念頭に置いていいのかな?ボーダーレス化の進展を社会経済のフラット化にリンクさせているという意味ではもちろん正しい世界認識なんだけど、別に新しいものじゃない。70年代〜80年代前半の差異化の議論のなかで出尽くしたモノをフリードマンはジャーナリスティックに整理し、データをつけて本にしたんだよ。問題は、フリードマン自身が結論部分で言及している階層化の問題。フラット化と階層化を組み合わせてもっと議論を深めていかないと、本質は見えてこないと思う。つまりフラット化と階層化の同時進行こそが世界における最大の課題なんだよ。実際、一定の知的レベル・経済的レベルに達している層に属する人たち以外、フラット化は直接の関係性を持たないんだ。むしろ階層化や相対的貧困こそが深刻になっている。ただ、このフラット化を象徴する政権が、日本では民主党野田政権だというふうには感じている。現場感覚と現実感覚はあるんだけど、けっこうフィクショナルなんだな。リアリティが乏しい。野田サンなんか自分は大衆の一員と考えているんだけど、大衆の現実は彼の想像力を超えたところにある。石原慎太郎や橋下徹のほうが大衆の現実に対する想像力ははるかに強い。野田サンの世界では大衆はみんな“いい人”なんだよ。これに対して石原や橋下の世界では、大衆はみんな“悪い人”なんだ。悪い人を相手にする政治だから、それなりの覚悟もあれば駆け引きもある。野田サンはその点を覚悟しきれない気がする。頑張ってはいるけどね」
鷽「その話、非米・親米とどういう関係があるのかわからんな」
篠原「非米・親米という話を絡めると難しくなっちゃうけど、戦後日本の政治は基本的に対米関係が基礎にあるんだとぼくは考えてるわけ。天皇陛下万歳が民主主義に大転換したところから、日本の政治の新しいエポックは始まってる。鳩山一郎の“友愛”はその大転換の一側面だと思う。天皇を国体と考える生き方に代わるものとして友愛を持ち出してきた。もともとはクーデンホフ・カレルギーに遡るドイツ・オーストリア流の考え方だよね。しかも、友愛という精神はフリーメイスンにも繋がっている。EUの理念的バックグラウンドでもある。鳩山にとって、“友愛”とはアメリカ型民主主義を牽制する精神だったんじゃないかという気がする。その友愛精神をある程度継承したのが、現在の民主党ってことになるけど、ま、それほど色濃く残っているわけじゃない。でも、“友愛”という考え方、広くいえば“人類皆兄弟”だけどさ、その考え方をとれば、アメリカは唯一の選択肢じゃなくなるから、アメリカにとってはちょっと厄介な精神になりかねない。現実に鳩山一郎はソ連寄りと見なされたからね。野田サンにみられるようなちょっと安っぽいヒューマニズムも、ぼくは“友愛”につながっているような気がするんだけど、それは必ずしも鳩山一郎の影響じゃなくて、フラット化する社会の落とし子として野田政権が生まれたと考えればわかりやすい」
鷽「よけいわからなくなったけど、あんたは人類皆兄弟がフラット化と重なる思想だといっているわけ?」
篠原「簡単にいえばそうなるかな。野田サンって、共生とか共有とか好きそうじゃない、でも、それは一定の階層内とか属性の近似した人びとのあいだでの共生や共有にすぎない。いい人同士の共生・共有。要するに、共生・共有の範囲を国民全体と勘違いしてるんじゃないか。そういう勘違いは別に異常なことじゃないから責められないけどね。鳩山家的おぼっちゃま精神が、野田サンのレベルまで降りてきたという意味で、友愛とフラット化はつながるんだと考えたわけだよ」
鷽「そうだとしてさ、フラット化の何が問題なのかな?」
篠原「国境を仕切る壁がフラット化すること自体は、善悪を超えた自然の流れだと思うけど、階層の壁ってのは実は取り払われたんじゃなくて素材が変わっただけのことなんじゃないか。つまり、あたらなる階層化が始まっているって意味。こうした階層化自体も自然の流れだって考えることもできるけど、やはり社会全体としてのダイナミズムを損なう怖れがある以上、階層化を固定化しない、流動化する仕組みが必要。でも、そんな仕組みはなかなか簡単には作れないんだよね。次善の策として、階級闘争みたいなモノの継続が必要になる。まるでトロツキーみたいだけど、一種の永続革命論。国家という権力機構、あるいは暴力装置の“主”を固定化しないという思想の体系化はやはり必要なんじゃないか、という気がしてならないわけ」
鷽「つまり、フラット化と階層化は同時進行しているけれど、フラット化というのはどちらかといえば善だと。ただ、フラット化の範囲が限定されていることは同時にあらたなる階層化も生みだすから、フラット化を社会全体に広げるために、政治と社会のメカニズムをつねに革新していく必要性があるってことなの?なんかやたらと左翼じゃん。しかも青臭い。相田みつを好きの野田と変わらん気がするがなあ」
4.現代思潮のアウトラインと世界経済(70年代〜現在)
篠原「う〜ん、そこまで言い切られると自分でも引いちゃうけど、一応、ここまでの思潮的なアウトラインを説明しておきたい。70年安保の頃から80年代まで、いわゆるネオアカが出てくる時代までは、それなりに実りある議論があったと思う。相対化とか新中間階層だとかね。構造主義まで含めてもいい。ま、ポストコロニアリズムを入れるのは躊躇するけど。やがて、資本主義は、マイナーチェンジしつつ半ば恒久的に経済の基本的土台であるという事実を前提に置きながら、所得再分配や資源配分をどの範囲まで許容し、どの程度実現していくのかを考えることを重視しようという議論に収斂していった。そこでも厳しい思想的な対立はあったし、金融それ自体が経済だと考える潮流も生まれたけどね」
鷽「資本主義を前提にする見方自体は正しいと思うよ」
篠原「ただ、資本を前提に置く限り、“成長”は不可欠の要素になってしまう。それは投機とかマネーゲームとかとは別レベルの、きわめて実物的な話だったけどね。成長を欠いては成り立たない世界。これに対して旧来の左翼の一部が合流したエコロジストが成長概念は放棄しろといいはじめた。そんなことを認めたら、世界経済は停滞してしまう。つまり、経済的に遅れた国の立場は半ば固定化されかねない。で、エコロジストの主張はあまり広汎には受け容れられなかったんだ」
鷽「その後、ソ連・東欧・中国やアジアの経済成長が始まるわけだ」
篠原「その通り。ベルリンの壁崩壊という歴史的事件があり、中国の台頭があった。そのおかげでアメリカ経済、EU経済、日本経済の相対的なポジションは年々低下することになる。つまりフラット化だね。でも、このフラット化は、今まで食うや食わずだった人たちが家電製品を揃え、携帯や車を持つようになっていった過程でもある。ベストの選択肢じゃないかもしれないが、強制的に“ストップ”をかけるような過程でもない。現代社会では、欲望の体系に肯定的であるほかない。“モノへの執着をやめ、農耕社会に回帰せよ”とかありえない。農業が環境親和的だと思う人たちがどうかしている。歴史的に農業が自然破壊的だったことは実証されている。工業よりスピードは緩慢だったけどね。やっぱりどう考えても、モノへの欲望の体系を禁忌とするのは先進国・先進地域の傲慢さだよ」
鷽「うむ。議論が拡張されるままに任せていいのか疑問だけど、とりあえず話は聞いてあげるよ。ま、大学低学年の授業みたいだけどね」
篠原「たしかに出来の悪い教科書のような話かもしれないが、そのうち着地するから、とりあえず黙ってて」
鷽「だから、大人しくしてるじゃないか」
篠原「70年代末には“成長か環境か”みたいな議論も出てくる。地球環境問題はやはり重要だという認識だね。そこで日本でいえば室田武さんなどから、エネルギー収支といった考え方が提唱されて(『エネルギーとエントロピーの経済学 石油文明からの飛躍』東洋経済新報社・1979年)、広義のコスト計算が環境問題の深刻化を緩和するというふうに一般化された。これはこれで問題はある。室田さんは、廃熱エネルギー(エントロピー)を考えたら、原発ではエネルギー収支は成り立たない、という主張だったけど、誰かがいいとこ取りしたんだよ。つまり、エネルギー収支という考え方も恣意的に解釈できるってことさ。で、原発は低コストという評価が広まるわけ。室田さんの考え方とは無関係にね。結果的に室田さんのエントロピー部分は無視されたってことだ。室田さんには化石文明からの脱却という主張もあったんだけど、こちらのほうはいわゆる省エネ技術が急速に発展するなかで、あまり顧みられなくなった。もっとも、化石文明から脱却するための武器のひとつが原発になったというのは間違いない。室田さんはその後かなり精力的なエコロジストに転身していったけど、現在の脱原発運動の理論的土台を提供した人であることはまちがいない。全共闘や市民運動家の人たち、つまり70年代に新左翼・べ平連と呼ばれた人たちの多くが、ベルリンの壁の崩壊で行き場を失い、起業家になったり、農業家になったり、環境運動に転じたりして、多くはエコロジストになっていく。それをマルクスもろくに読まないマルクス学派の学者たちが支えるわけだけど、室田さんのように理系出身の近経学者の功績は、彼らによって盗み取られていく。その結果、今や室田さんを評価する人は少ないけどね。室田さんは左右両派から手柄を奪われたんだよ。先人の業績をリスペクトしない運動家・思想家なんて、ぼくは信じないね」
鷽「そんなに室田って人に肩入れしなくともいいじゃん。そもそも室田さんの再評価は関係ないんじゃないの?それに室田さんとあんたは原発に対する考え方も違うでしょ。無理して褒めるこたあないよ」
篠原「無理しているわけじゃなくてね。自戒を込めていっているわけ。日本の経済学の世界で、室田さんは左右両派から事実上無視されてきたということがいいたいんだよ。室田さんの主張をそっくりそのまま受け容れる必要はないけれど、エントロピーとかエネルギー収支とかいう考え方を前向きに捉えて継承する必要はあった。でも、ほとんどの人はそれをやらなかった。“公害”で先駆的な業績を挙げた宮本憲一さんには配慮したけれどね。脱原発をいうなら、室田さんあたりの議論からきちんと検証をやり直さなければならない。一気に短絡して、安直な計算をして結論を出すような話じゃないんだ。親原発か脱原発かは簡単に決められない。脱原発をいうなら、産業構造全体やフラット化の流れも見極めた上で、長期の方針を立てるべきだね。数十年計画だよ。明日にでも原発を止めるべきだという話にはならない。地道な積み重ねが必要なんだ。室田さん自身は、そんな必要はないというかもしれないけれど、未検証の部分は実はたくさんあると思う」
5.脱原発異論とナショナリズム異論
鷽「回りくどい学者の議論だなあ。要するにフラット化という現象も原発に絡めて考えながら、脱原発なら脱原発を合理的に主張すべきだということなんでしょ?」
篠原「そう。そこがポイント。気持ちはわかるけど、今日明日に原発を廃炉にするとかそういう話じゃない。実際、日本の原発が止まっても、世界の原発は動いているし、あらたに日本から原発プラントを買う国だってある。そういう現状をどう理解するのか。まさに世界認識の問題じゃないか。表面的な部分にのみ着目して、二者択一で結論を急ぐのが適切かどうか、ちょっと考えればわかると思うけど、いわゆる知的に洗練された“市民”が、自作のプラカードをもって20万人集まったからといって、彼らが世界を適切に認識しているわけじゃない」
鷽「ぼくは外人だし、日本の市民運動はビジネスや経済に対するセンスが欠落していて、まったくバカみたいな存在だと思ってるから、あんたのいうことはよくわかるけど、フツーのニッポン人にはほとんど理解されないんじゃないの?」
篠原「そうかな。福島の原発はGE製だし、米軍や自衛隊基地の航空機もGEが保守している。それだけなら話は簡単だよね。アメリカ出ていけ、普天間基地はいらない、ヤンキーゴーホーム!日本は脱原発の独自路線でいく、ってことで話は済む。そこに尖閣や竹島の話が出て来たら、“尖閣や竹島はいりません、中国さん、韓国さんどうぞ島をお持ち帰りください”で済むのかっていうとそうはならない。ぼくはナショナリズムが大嫌いだけど、脱原発運動と同じように反中国・反韓国というナショナリズム運動だって侮れない。橋下サンの役所や公務員の改革をぼくは支持しているけど、ナショナリズムという文脈でいえば彼ら維新の会のもたらすリスクは異常に高い。あらたな防衛論議も出てくるだろう。石破サンあたりも要注意。ナショナリズムを煽って、脱原発の流れをいい加減にやり過ごす動きだって出てくるだろう。ナショナリズムの煽り方だって2種類ある。“だからいったじゃないの、米軍基地は重要だって”という主張がひとつ。もうひとつは“日本独自の軍備増強を。米軍基地を自衛隊基地で肩代わりせよ”っていう主張。二つの主張のあいだで揺れ動くニッポンという状況だって出てくる。そうなればアメリカは間違いなく介入してくるよ。安全保障政策もきちんと議論しないと、脱原発派と同じような心情的な議論に流されて、着地点を見いだせないまま、感情と謀略による破壊行為に終わるかもしれない。日本経済は中国経済や韓国経済と無関係なのかといえば、そうじゃないってことも重要だよ。お互いに雁字搦めなんだから、これもまた安全保障の議論にきちんとリンクさせて考えないといけない。中国・韓国が転ければこっちも転けるんだから。アメリカが転けてももちろん転けるけどね。こうした絡み合う世界の政治的経済的情勢にフラット化や階層化という契機も結びつけながら、脱原発も考えなければならないんだから、ことはまったく単純じゃないんだよ。佐藤優のような人が頭脳を駆使すれば、世論だっていいようにコントロールされ、自由の選択範囲も狭まるんだから、そうならないようにしっかり準備しておく必要があるんだよ。佐藤優なんか虎視眈々と機会を狙っているんだから。彼が狙っているのは、政治エリートとその取り巻きの公務員による社会経済の支配。ファシズムへの道に通じてる」
鷽「理屈の多い小林ヨシノリだな(笑)。そこまで話を広げると、大ボラ吹きだといわれちまうぜ」
篠原「いや、ぼくは誰も煽ってるつもりはない。クールに対処しなければ足を掬われるといっているだけだよ。ぼくは政治学者でもないし、政治評論家でもない。正統的な経済学者でもないし、エネルギー学者でもない。もちろん市民運動家とはほど遠い立場だよ。その程度の人間であるぼくが気づいているんだから、ぼくよりはるかに頭のいい人たちが、情に流されたような非合理的な議論や運動に関わるのは、ちょっと信じられないんだ。だからこそ、警告しているわけだけどね。フラット化でいちばん怖いのはね、偏った情報や判断に基づいて、人びとがいっせいに同じ方向に動く可能性が高いってことなんだ」
鷽「そんな革命みたいなことは、ニッポンでは絶対に起こらないよ」
篠原「ぼくもそうはならないと思うけど、70年安保闘争で得た唯一の教訓がまったく生かされないことに憤りを感じているんだよ。あとのきぼくらは、ベトナムと日本からアメリカ軍を追い出せば皆が幸せになれると信じたけれど、それは間違いだった。ことはもっと複雑に絡み合っていたんだ。にもかかわらず、運動としては相当盛り上がったよね。ぼくなんか全共闘運動は勝利すると信じていたもの。終わってみれば、流行りのスポーツみたいなモノだった。そのために多くの人たちの人生が変わったけどね。そういう事態だけは避けたいと思っている。ツイッターやフェイスブックはたしかに便利だけど、そのリスクを高めている。ちょっと前に、この夏の関電の電力事情が発表されたでしょ。予想より消費電力が少なかったという報告だった。で、メディアは大飯原発再稼働の必要はなかったじゃないかと一斉に政府と関電を叩いたよね。政府も関電も、一昨年のような最悪の電力事情を前提に再稼働の必要性を判断したと反論したけど、メディアは耳を貸さなかった。でも、政府や関電の担当者が、最悪の電力事情を想定して計画を立てるのはあたりまえのこと。最悪の事態を想定しなかったから、福島はあんなことになったんでね。電力事情の想定を事後的に攻撃の的にするのはどうかと思うよ。大飯原発の安全評価が十分じゃないという問題とはまったく別レベルだからね。電力会社はウソつきだという印象が広まっているから、そういう疑念が噴出するのも無理ない話だとは思うけど、メディアはもっと冷静に対応すべきじゃないか。これはけっこうやばい話だと思う。もう一ついいたいのは“脱原発運動の象徴”みたいな扱いをされてる大江健三郎サンのこと。ぼくは彼のマニアックな大ファンだったけれど、かつて彼が書いた『沖縄ノート』(1970年・岩波新書)や『ヒロシマ・ノート』(1966年・岩波新書)が未だに反基地運動や反核・反原発運動のテキストだという現実はやはり疑うべきだと思う。あの2冊の本は、今読むとまったくダメな本なんだ。文学者だからいい加減な本を書いて許されるというモノではないよ。なんと単眼的で扇情的な視点なのか。そんなものが、未だに信仰されているとはまったく畏るべきことだよ。佐藤優だって大江の沖縄論をバックグラウンドにして持論を構成している。大江サンのことは正面から批判しておかないと、のちのち禍根を残すと思う」
鷽「それにしてもよくしゃべるな。以前より饒舌だ。心配して損したな」
篠原「そんなことはない。もっと心配してよ。饒舌は不安の裏返しなんだから」
鷽「とてもそうは思えないね」
以上、2012年9月10日 キャピトル東急ホテル ラウンジORIGAMIにて収録。
【鷽蜂白プロフィール】 1961年台湾(台南)生まれ。父は台湾系米国人、母は祖先が喜界島に連なる日系ペルー人という家庭環境に育つ。名古屋の某高校・東京の某大学を経て米国ペンシルバニア大学大学院修了(Ph.D)。専攻は社会学。詳しい正体は不明だが、コスタリカを拠点としながら主として南米スペイン語圏のマスメディアに寄稿しているといわれる。福建語(台湾語)、北京語、広東語、日本語、スペイン語、英語が堪能らしい。長く台南近郊で海老の養殖場を経営していたが、7年前に海老ビジネスからITビジネスに転身。台北、上海、ニューヨーク、パリなどでIT関係の事業を手がける。日本にも複数の会社や営業所をもつという。篠原とは1997年にインドネシアのバタム島で知り合い、痔の話題で意気投合、以後、つかず離れずのつきあいが続いている。しつこい疣痔が悩みの種。