モーリシャスの座礁事故はその後どうなったのか?

NHK BS1 スペシャル「モーリシャス 汚れた海 失われた楽園の長き闘い」というドキュメンタリー(3月7日放映)を見た。

この貨物船事故について無知だったことを教えられた。座礁してただちに燃料油が漏れだしたのだと思いこんでいたが、漏れだしたのは10日後のこと。モーリシャス政府の座礁に対する対応は座礁後すぐ始まっていたが、燃料油漏れを防ぐには至らなかったようだ。そのせいもあって、モーリシャスでは政府の責任を追及する大規模デモも行われている。

座礁した「わかしお」の船主は岡山県の長鋪汽船(ながしききせん 江戸時代に創業)、チャーターしたのは商船三井、船籍はパナマ、船長はインド人、乗組員の大半はフィリピン人、日本人乗組員はなし、荷主は中国企業。ブラジルで鉄鉱石を載せ、中国まで運搬する予定だったが、ブラジルに向かう途中、空荷の状態で座礁してしまった。国際海洋法では、事故の補償責任を負うのは長鋪汽船となる。

船長はモーリシャス当局に逮捕されているが、モーリシャス沖22海里(約40キロメートル)を航行する計画だったのに、携帯電話の電波を拾いたいがために沿岸部に接近して航行し、陸からわずか1・6キロのポイントで珊瑚礁(リーフ)に乗り上げたようだ。座礁時、船長以下乗組員は船内で誕生パーティを開催していたという証言もある。

船内に残された油および流出した油の回収作業は昨年中に終わり、現在は、現地住民のボランティアなどを担い手として、沿岸部や河口部分(登録自然遺産であるマングローブ)に堆積・付着している油の回収を手作業で進めている状態だが、調査のためモーリシャスに出張中のJICA職員によれば、原状回復には数十年かかるという。

コロナに対するモーリシャス政府の対応は首尾よく行われたようだが、主要産業である観光業は大打撃を受けた。これに燃料漏れによる海洋油濁が追い討ちをかけ、同国経済は大きく凹んでいるのが実状のようだ。2020年のGDPは対前年比17%減と推定されている。

油濁被害がもっとも深刻なのはモーリシャスの古都・マエブール(人口約1万6千人)。同地在住の漁民は政府による出漁禁止措置によって大きな経済的被害を受けており、事故当日以来無収入に落ちこんでいる。番組では「日本からの支援に期待している」という漁民の言葉が紹介されていた。

これに対して日本政府は6億円の無償資金援助と300億円を上限とする円借款を組んでモーリシャスを支援し、商船三井と長鋪汽船は原状回復のために6億円の基金を設置したという。円借款のような有償援助は、しばしば「紐付き」と非難されるが、現地政府や自治体などによる自発的な計画に対して出資されるプログラムだから、無償援助のような癒着や恣意性、責任の所在の不明確な資金利用計画を排除しやすい。番組によれば、今回の事故で被害を被った人びとに対する補償原資として使われるという。商船三井の基金は、当面、コロナなどの打撃を受けて閉園した保育園の再興に利用されるらしい。

フランスとイギリスの植民地支配を受けた後、1968年に独立したモーリシャスの人口は126万人で、1人当たりGDPは約1万ドル。これに対する300億円を超える支援はけっして小さくないが、自然環境の回復には引き続き支援が必要だろう。現地にはJICAの職員がたびたび入って調査と支援を進めているほか、商船三井も日本人社員を派遣して現地法人を設立するなど、積極的に支援する態勢を整えつつある。

今回の事故とは直接関係のないモーリシャスの現地映像も興味を引いた。珊瑚礁があるせいで「沖縄みたいだ」と思う場面も多々あった。海を最大の資源とし、観光業に依存するなど沖縄とモーリシャスとの共通点は多い。沖縄県の人口は約146万人、1人当たり県民所得は約2万ドルだが、購買力平価(PPP/生活水準の実態を考慮した為替レート)にもとづくモーリシャスのGDPは2万3千ドル。番組で紹介された漁民の漁船は沖縄のサバニに劣るレベルだったが、彼らの住宅は思ったよりはるかにレベルが高く、フランスやイタリアの漁民の住宅のレベルに近いものだった。

いずれにせよ、コロナ禍の現地取材番組としてはなかなかよくできていた。引き続き積極的な関心を持って今回の事故の処理を観察したいと思う。

なお、座礁後、「わかしお」の船体はブリッジ部分と積載部分の二つに割れ、積載部分は南アの海難事故処理業者(中国系企業)によって沖合15キロまで運ばれ、海底に沈められた。ブリッジ部分は今も座礁地点に残されており、処分・解体する方法はないという。

モーリシャス沿岸で座礁した貨物船(NHKの番組頁より)

批評.COM  篠原章
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