鼎談・いつも心に三合瓶 第1回 「 原発は経済問題だ」鷽蜂百vs篠原章
(1)尖閣から生まれる新たなる沖縄問題
篠原「今日も尖閣問題から始めようよ」
鷽「中国系の俺を怒らせようって算段かな?」
篠原「嘘ばっか。キミは中国系といったって偽中国系じゃない」
鷽「血は流れている!」
篠原「じゃ、尖閣は中国固有の領土って信じてるわけ?」
鷽「いや。それは違うけどね。まともに歴史と向き合えば日本の領土という可能性は強い。最近で見た資料では、北九州市在住の田中邦貴さんのサイトが充実していた▼。サラリーマンってことだが、専門家の解説よりも史料に忠実。おまけにわかりやすい」
篠原「田中さんのサイトはボクも知っている。田中さんは竹島の領有権に関する研究もアップしているけど▼、 あれも秀逸だった。関心のある人にとっては必読資料だね。一般には<尖閣の領有権は明確だが、竹島の領有権については少々曖昧>といわれる。解釈の仕方に よって日韓のどちらに属するかは分かれてくるんだよね。でも、田中さんの見解は、その曖昧さを吹き飛ばしてくれる。何よりオリジナルの資料にあたって、そ の資料の画像ファイルをアップしているところがいい。彼の見解にしたがえば、日本の領有権を否定する材料はないってことになる。在野のこうした熱心な研究 に接すると、ふだんはあまり正確とはいえないインターネット文献にも感謝したい気分になる」
鷽「たしかにネット上にも立派なサイトがある。ただ、日本の主張は、沖縄が日本の一部だという根拠に乗っかっている。そこが気になっている」
篠原「事実関係の解釈と国際法上の規定や判例とは違うから、“100%”を求めることはできない。1879年の琉球処分が日本による沖縄の植民化だという主張が、中国側からあらためて提起される可能性は高いと 思う。沖縄内にもそうした主張がまだ根強いからね。琉球は中国を歴史的に宗主国と仰ぎ、中国に服従してきたという事実が示されても、それに反駁はできると 思うけど。少なくとも薩摩が侵攻した1609年以降は薩摩藩の指示にしたがってきた。植民化をいうなら1609年だけど中国側はそうはいわない。おそらく 幕藩体制は現在の日本政府に直結していない、連続性はないという判断がある。直結しているのは明治政府だということだよ。議論になれば、日本側は清朝時代 のやり取りも出してくるだろう。そのときに中国は体制が違うと主張するだろう。現代中国との連続性はないと。もちろん現在の沖縄の意思も無視できない」
「その意味で、現在の沖縄から発せられる琉球処分批判は中国に有利な状況をつくる可能性はある。ただ、この問題は台湾も絡むからね。中国でも台湾でも、指導者を含めて尖閣は自国領土だと感情的な主張をする人たちばかりだ」
鷽「全部じゃない。ほら、あんたもいっていたカナダ在住の中国青年のニコ動が象徴的だけど、中国人でも冷静に判断している人はいる」
※YouTube投稿:2010年の中国漁船衝突事件の際の17歳中国人の発言「中国人のボクが尖閣について発言する▼」
※MSN産経 報道 2012年8月25日「広東の企業幹部が「尖閣諸島は日本領土」、中国版ツイッターで発 言、人民日報記事など証拠挙げ、賛同広がる▼」
篠原「まあ、そうだけどね。人はナショナリスティックでわかりやすいスローガンに弱い。無人島なのにみんな夢中になっちゃうんだ」
鷽「オリンピックやワールドカップも似たようなもんさ」
篠原「それはちょっと違う。オリンピックはゲームだという自覚が中国にもあるだろうから、略奪にはいたらないよ」
鷽「中国ではデモを政策誘導や外交圧力に利用する構造ができあがっている。今回は自然発生的かもしれないけど、事前にデモの事実を掌握していながら、指導部は黙認した。そういう意味でやはり政略的なんだ」
篠原「日米関係への圧力もあるんじゃないかな。中国は指導部も交替するし」
鷽「でも、ホワイトハウスは冷淡だ。尖閣問題には関わらないっていうスタンスだ」
篠原「以前からそうだけどね。右派っぽいいい方をすれ ば、領土問題こそ国際紛争の出発点なんだから、こういうときに日米同盟の存在意義を示してくれなければ、米軍が日本に駐留する意味がないってことになる。 だから本来なら、日本政府も尖閣は警察権の管轄とかなんとかいってる場合じゃない、と。ボクは今回の対応はそんなに弱腰だとは思わないけど、アメリカに日 本を守ってもらうと決めてるんだから、彼らにもっと積極的に出て来てほしいと思っている人は多いはずだよ」
鷽「俺は弱腰だと思うよ。韓国並みに強硬に出なければダメだと。自衛隊でも何でも派遣して港湾施設をつくる」
篠原「石原慎太郎みたいだね。中国人のくせに右翼だな(笑)」
鷽「防衛とか安全保障ってのは力の均衡によってバランスするんだよ」
篠原「ボクはもっと無責任なので…。今回は自分が尖閣 の地主だったらってつくづく思ったよ。カジノ建てて、ニッポン人だろうが中国人だろうが来る者は拒まず。島の防衛は年に一回入札して、入札額が安い国の軍 隊に頼む。ある年は人民解放軍、ある年は自衛隊、ある年はグルカ兵…ってな具合に」
鷽「そんないい加減なことばっかりいってるからあんたはダメなんだよ。万一、そんなことができたとしても人民解放軍とか北朝鮮軍はあんたの尖閣をウムをいわさず占領しちゃうぜ」
篠原「問題はそこ。ボクには国家主権ってものに想像力 が及ばないという欠点がある。で、国家主権について考えるんじゃなく、逆に国家主権が不在の土地ってモノがあったっていいじゃないかって考えちゃうんだ よ。昔の香港に近いイメージ。ちょっとした無法地帯、無政府状態ってことだけどね」
鷽「香港はね、少ないながらも英国軍がいて、女王陛下の総督がいるから成り立っていた無法地帯だよ。英国の主権ってモノは意識されてた」
篠原「その香港方式を、軍隊や国家元首なくしてどうやって実現するかがボクの永遠の課題なんだ」
鷽「脳天気な話だねえ。時間の無駄だから次に進もう」
(2)ナショナリズムとアメリカ幻想
篠原「ちょっと待った。もう少し話したい。まじめにやるからさ」
鷽「いいたいことがまだあるわけ?」
篠原「ナショナリズムの問題につなげたいんだ。中国の 反日デモ参加者のほとんどは、尖閣領有権の正確な歴史について十分に知らない。歴史を知るチャンスがあったとしても、<日本側の主張はでっち上げだ>と決 めつけて読みもしないだろう。韓国だって似たような事情だよ。実のところ、ニッポン人だってそれほど正確に知っているわけではないんだけどね。メディアの 解説には客観性はある。少なくとも感情にまかせるような報道はない」
鷽「たしかに大半の中国人・台湾人は正確な情報を得てない。いや、手に入れようともしない。主観・先入観を元にした行動を正当化して、心の中にあるナショナリズムにすっかり火をつけちゃってる。簡単に消すことはできないな」
篠原「一方の当事国・ニッポンについていうとさ、ほと んどのニッポン人は羊みたいなもんだよ。文句はあっても静かに堪え忍んでいる。あるいは無関心。たまに牧羊犬のように張り切る人たちがいて、中国大使館や 韓国大使館に抗議行動を起こすけど、反中・反韓デモは、脱原発やオスプレイ配備反対のデモとは比べものにならないほど小さな動きだよ。デモに行かないフ ツーの人たちも、居酒屋でこのトピックを取り上げるけど、翌日になれば自分が話したことさえ忘れている。中国や韓国のように、内なるナショナリズムにはな かなか火がつかない」
鷽「でも、ナショナリズムの嵐はある日突然襲ってくる。このまま中韓の反日デモがさらに暴徒化して在留邦人や観光客がケガをするような事態にでもなれば、ニッポンのナショナリズムも間違いなく盛り上がる」
篠原「ボクはそういう事態を怖れているわけ。過激で排他的なナショナリズムは、国際関係だけでなく国内問題も混沌とさせるからね。見えなくなるものが一気に増える」
鷽「でも、そういうナショナリズムが世界中で日常的に噴出している。“ナショナリズム反対”と叫んでも何の解決にもならない」
篠原「排他的なナショナリズムに対して排他的なナショ ナリズムで対抗すれば、戦争にいたらざるをえなくなる。あくまでも冷静に自己主張しながら、相手国だけでなく、国際社会に訴えていくほか手はないんだろう ね。そのプロセスでさまざまな選択の問題に直面して失うものも出てくるだろうけど、尖閣や竹島を領土として重要だと位置づけるなら、失うものに目をつぶら なければならない局面だってでてくる」
鷽「国際社会なんて信じてるの?」
篠原「国際社会も不確かなものかもしれないけど、ナショナリズムに対抗する一定の力はある」
鷽「あんたのいっている国際社会ってアメリカやその同盟国のことなんだな」
篠原「EUやアジア諸国も含まれるし、国際機関も無意 味ではないよ。ただ、力のバランスでいえばアメリカが前面に出てくるのは自然だよね。全方位外交といったって国によって温度差は出てくるものだし。いきな りロシアやインドと同盟するというのも現実的ではない。けれども、当のアメリカが冷淡なわけだ。議会の一部には日本を応援する声もあるけれど、ホワイトハ ウスは冷たいよ。民主党はアメリカが大好きなのに信頼されていない。非米の小沢一郎がいなくなったんだから、もっと協力的であってもいいはずなのに」
「アメリカ側の非協力的な態度は、ニッポンの脱原発の 方針に関係あるんじゃないか、と穿った見方もしたくなるな。アメリカは脱原発を快く思っていないからね。かといって、“じゃあ俺たちは独自の道を行く、自 主独立だ、非武装中立だ”と主張すれば孤立することになる。自主独立も非武装中立もまだまだ理念上の未来図だし、日米同盟を解消するにしても時間はかか る」
鷽「日米同盟基軸での安全保障体制を強化することが尖閣問題の解決に繋がるっていうことがいいたいの?」
篠原「日米関係を中心にあらゆる選択肢を活用するということだよ。“日本独自”とか“二国間関係の改善”といった選択肢はさすがに危険だけどね」
鷽「あんたはアメリカの指導層を信頼しているわけだ」
篠原「信頼してないよ。ただ、ボクらはアメリカを全否定できる立場じゃないってことだよ。中国の現状よりはマシってこと。相対的なものだよ」
鷽「日本がいちばんマシってことになるぞ」
篠原「そうはいっていない。立場ってものは相対的なも のだってこと。領土問題だって、ニッポン人は最低限の正確な知識は持っている。だからといって“俺たちは反日デモをしてジャスコで略奪を働くような愚かな 外国人とは違うんだぜ”と胸を張れるかというと、残念ながらそんなことはない。ボクたちは、不正確な情報、主観的な情報、つまり“事実はこうあってほし い”という主観にもとづいて歪められた情報にいくらでも左右される。立場が変われば、捏造された情報だって発信する。悲しいかな、人は大人になりきれな い。
「幸か不幸か今のニッポンは政治的アパシーとか政治不 信が日常化していて、大事件が起こらないかぎりナショナリスティックな運動は盛り上がらない。それはそれでいいんじゃないか。でも、世の中には多数派を形 成するために巧みなプロパガンダを発する運動家がいるから、常時警戒する必要はある。冷静で客観的な姿勢を持続するのはけっこうな難行だ。なにより冷静さ や客観性の土台はつねに経済にあるという認識が大切だ。経済が安定するかぎりは、社会秩序も安定する。その安定が何によってもたらされているかは十分知る 必要はあるけどね」
鷽「たしかに中国100箇所以上で反日デモが行われているけれど、上海ではあまり酷いことは起こっていないな。中国の経済成長を象徴する都市だからね。成長の果実を享受しているかぎりは安定を指向するということかな」
篠原「ボクは経済の安定とか成長とかは“過信”してい いんじゃないかと思っている。今回の反日デモも中国経済の減速に部分的に関係あるんじゃないか。まだ、はっきりわからないけどね。中国の場合の世論形成が いかなるプロセスを経て行われるかよく知らないけれど、流れとしてみれば、中国経済の先行きに対する懸念と大規模な反日運動の発生とは無関係ではないと思 う」
鷽「経済は重要だけど、尖閣はね、われわれの想像を超 えた展開になってくる可能性は強い。次期主席・江沢民派の習近平副主席には健康問題もあるといわれるが、彼が就任すると事態はまた動く。石原慎太郎が提案 したように、ニッポンが尖閣に避難港なんかを作り始める決定をしたら、習近平は人民解放軍を派遣して一気に尖閣を乗っ取る可能性は強いと思う。胡錦涛と 違って反日姿勢は強いからね。習近平指導部の下では、尖閣だけじゃなく、沖縄の帰属問題も浮上してくるかもしれないね。その点はあんたも指摘するとおり だ。それにしても、あんたは非米かと思っていたよ」
篠原「アメリカ幻想は今もニッポンの足枷でもあり、土 台でもあるんだよ。そりゃあ非米中立が実現できればそれに越したことはない。ただ、今のところそれは子どもの議論でしょ。日本の場合は、あらゆる安全保障 体制がアメリカに直結してる。防衛システムだけじゃなくて、原発もTPPも。原発でアメリカから離れ、TPPには参加せず、米軍基地を撤去してもらえば すっかり自主独立だけど、それに代わる体制が準備されていない。非米中立で行くのはもっと先の話だよ。中途半端にアメリカ以外の国と仲良くしたって安定は 得られない。原発から離れるだけで、アメリカとの関係に亀裂が入るし、国内的にも大きなトラブルに見舞われる」
「原発問題の核心部分にはね、経済問題、エネルギー問題、環境問題と並んで安全保障や対米関係の問題がある。もちろんその背後には何らかの経済的な権益も絡んでいる。そういうことも覚悟して非米を選ぶならそれでいいけど、誰にも覚悟はできていないでしょ」
鷽「原発容認派と同じ理屈じゃないの?」
(3)原発は資本主義に反する
篠原「ボクだって脱原発依存だよ。ただ、原発問題につ いては、ココロの問題だ、主義主張の問題だ、ライフスタイルの問題だという人たちと歩調を合わせたくないだけ。基本的に原発問題はまずコストで評価すべき だと思う。大事故を想定した損害や補償も想定してコスト計算すれば、市場経済で活動する通常の企業ならビジネスとして原発を選ばない。万一の場合のリスク が高すぎるからね。
「じゃあ、これまでなぜそれが成り立ってきたかという と、リスクを政府が引き受けてきたから。つまり、税が投入されるビジネスだったから。逆にいえば政府がリスクを引き受けなければ成り立たないビジネスだっ た。保険はあったけれど、それは政府が設けた原発保険。東電への保険金支払額は1200億円だけだった。事故によって発生した賠償の大半は政府が支払うわ けでしょ。すでに政府の東電支援額は7月の段階で1兆1000億円超。支援はこれからも増えつづけるわけだよね。避難している人たちの移転費用はまだ入っ ていない。これも5兆円から10兆円はかかるんじゃないか。除染費用なんて計算不能。400兆なんて試算もあった。東電への直接的な支援以外に政府や自治 体は復興経費も負担している。復興経費は福島だけで10兆円といわれているけど、健康被害に対する保障問題もでてくるでしょう」
「こうしてみると、原発は明らかに市場経済という枠の 外に置かれた事業なんだよね。一般的な市場経済の下では成り立たない事業。これからも未来永劫にわたって政府がリスクをとります、というなら成り立つけ ど、だからといって市場経済に収まらない事業であるという性格に変わりはない」
「60年代〜70年代の公害問題は、発生する社会的費 用(被害保障・公害防止のための経費など)を内部化することで決着に向かっていった。基本的に社会的費用は企業の負担となるというルールができた。もちろ んそのせいでつぶれた企業もあるけどね。ところが、今回はこのルールは適用できない。被害額の規模がまるで違うということもあるけれど、もともと国策とし て原発を推進してきたわけだから、私企業レベルでの内部化の問題じゃない。電力会社は私企業だけど、原発は公共財なんだ」
鷽「要するに原発は潜在的な国民負担になるから、脱原発しようという発想でしょ。でも、それはね、事故発生を前提としたリスク計算だから、厳密性を欠く話だね。事故は必ず起こるわけじゃない」
篠原「たしかに厳密にリスク計算をするのは難しいけ ど、だからといって事故の際に発生する莫大なコストから逃れられるわけじゃない。事故の確率をもとに被害額を計算して、それを内部化する方法もあるけど、 想定する事故は、津波や地震だけじゃない。テロとかミサイルの標的になる可能性もあれば、単純な作業上のミスや機器の不調が大事故に繋がる可能性もゼロ じゃない。つまり“確率”を使ってのコスト計算もきわめて複雑になる。原発の立地や型によっても事故の確率も影響の範囲も異なるしね。だからといって、事 故を想定しない経営判断が許されるわけじゃないでしょ。ひとたび事故が起これば被害額は甚大。けれどもリスク計算が困難」
「確実なのは、もはや計算可能なビジネスじゃないってこと。原発は資本主義向きじゃない。 これを分類上、道路整備と同じと見るか、軍隊と同じと見るかは、意見が分かれるところだけど、原発は完全に財政支出依存型の公企業ビジネスなんだね。法的 には最終的な賠償責任を国が負うという原子力損害賠償法やその延長としての原子力損害賠償機構法によって保証された官製ビジネスなんだ」
鷽「原発をオペレーションするコストや事故処理コストだけじゃなくて、使用済み核燃料の廃棄プロセスで発生するコストも入れるってことだね?」
篠原「室田武さんの“エントロピー経済学”じゃないけ ど、再利用とか最終処理まで考えれば原発は莫大なコストをもたらすことは明らか。かといって、技術進歩の存在も考慮しないと適切な議論とはいえない。一方 で、事故処理や補償のための経費を含めたリスクも考慮しないと不適切だと思う。震災前から火力や水力を上回るコスト構造だったという試算は、大島堅一さん によって示されている(大島堅一『原発のコスト―エネルギー転換への視点』岩波新書・2011年)。
「大島さんの計算は原発に対する財政支出を過大視する嫌いはあるけれど、コスト計算の手法としては正しい。これまでコストに含まれていなかったものも全部をひっくるめて電力に関わる国民の負担を計算することがまず出発点」
「この場合、企業体としての東電自身が抱えるモラルハ ザードも考えないといけない。電力会社は、政府保証・国民負担を前提に原発ビジネスをやっているわけだから、私企業としての自覚に欠ける。あれだけの危険 物を取り扱うのに、電力会社側には最後は政府が責任を取ってくれるだろうという甘えだって生まれる。政府さえ怒らせなければ事業は存続できるという甘えも 生まれる。一方で、政府や政府から委嘱された有識者も、実践的な知識や技術の面では東電や協力企業の技術者や研究者には確実に劣るわけだから、事実上原発 の管理監督ができていない。お互いに甘えが生まれて、もたれあいの構造が日常化する。そのことは震災後の政府・東電のやり取りではっきりしたでしょう」
「そうしたモラルハザードもまたコストだという認識もないとね。図らずも今回の事故では、公企業ビジネスのもつ致命的な欠点がことごとく暴露されてしまったわけだ」
鷽「あんたのいっているコスト構造が正しいとしても、日本にある54基の原発を廃炉にすることが、日本にとって最善の道とはかぎらない」
篠原「ポイントは、電力会社が電力を製造するためのコ ストの話だけでは廃炉のための合理的な根拠として十分じゃないということ。やはり、巨額の財政支出や莫大な再処理コストと廃棄物の最終処分を含めたコスト の計算は必要だ。これらは料金として徴収するにせよ税として徴税するにせよ、国民の負担となる。それに加えて原発関連の復興経費や賠償も国民の負担になる わけだから、中長期的には全原発を廃炉にするほうが経済的合理性は高くなる可能性が高い。
「将来のリスクを除いた現段階での負担と将来確実に発 生する負担を合計するだけで、いかに原発が“資本主義的”でないかは歴然としてくる。脱原発運動が、“市民・市民意識”のレベルに留まっていて、企業側の 支持を得られないのは、この点を繰り返し強調しないからだよ。ココロとかキズナとかで脱原発を目指しても説得力に乏しい」
「全原発を早急に廃炉すべきだという、脱原発派の一部 が主張するプランも納得できないけれどね。たとえコストは高くても、最大限の安全確保を条件に一部の原発の稼働を継続せざるをえない。エネルギー供給の一 選択肢として、当分のあいだ原発には頼ることになる。この考え方をエネルギー安全保障とかなんとかいうらしいけど、エネルギー安全保障には否応なしに対米 関係も含まれてくる」
「原発問題の本質は経済問題で あり、経済を土台とした対米関係の問題。脱原発派の人たちのなかには反米・非米が多いのは知っているけどね。急速な脱原発は日米関係を壊すことになる。そ のマイナスは想像以上に大きいと思う。ボクだって非米的な立場だけどね。自然エネルギー、再生可能エネルギー、効率の高い蓄電方法なんかの研究開発が進ん で、エネルギー価格が相対的に低い水準で安定すれば、その段階で原発は不要になる。対米関係も睨みながら、最終的に原発をゼロにすればいい。“原発ゼロ方 針”が一人歩きしているけど、政府が立てるべき計画にはリアリティと将来への展望がなければただのプロパガンダ、権謀術策にすぎなくなる」
鷽「アメリカ政府による“原発ゼロ政策批判”と同じじゃないか」
篠原「そうでもないよ。アメリカにかぎらず誰でも思い つくことだと思う。対米関係にも原発ビジネスにも闇の部分があって、ときには自分もその闇に操られているような気分になるけど、少子化・高齢化・人口減少 が深刻になりつつある日本では、もう大きな経済成長は見込めないことは確実。エネルギー価格も素材価格も中長期的には確実に上昇するし、高齢社会・日本の 社会経済システムを維持するためには、所得形成力の落ち込みを極力補うことが求められると思う」
「政府による“2030年を見据えたエネルギー政策” の議論のなかで、三つのシナリオが提示されたけれど、その選択の際にいずれのシナリオでも“経済成長”が前提。2010年代1.1%、2020年代 0.8%が所与だった。もちろんゼロシナリオがいちばんGDPの押し下げ効果は大きいわけだけど、所与の成長率が高めだから、経済はわずかながら成長する 計算なんだよね。こんな楽観的な成長シナリオを提示して政府は平気なんだとびっくりした。消費税・社会保障一体改革だって最終的な制度化を見ていないなか で、成長シナリオが先行している。これはどうひいき目に考えても国民を欺くものだよ。親原発派と脱原発派の双方を欺いているってことになる」
「少し複雑になるけど経済成長についても三つぐらいの 選択肢を用意しなければまったく適切とはいえない。政府は原発ゼロ世論を誘導しておきながら、財界団体やアメリカにも文句いわれて、もうフラフラしてい る。お笑いぐさだ。高齢化と人口減少が確実に進んでいく以上、所得形成力を落とさないために必要なことはわかっているはずなのに。あれは完全に選挙対策で しょう。でも裏目に出る可能性のほうが強いね」
鷽「じゃあ、あんたは原発比率はどの程度がいいと思ってるんだい?」
篠原「イメージとしては10%〜15%。それでも経済 成長は0±0.5ぐらいじゃないかな。ボクは経済成長を総計で見ていくのは誤りだと思う。1人当たりのGDPの成長率のほうが重要。人口減少社会なんだか ら。1人当たりGDPが少しでも増えればこの国の経済もなんとかなると思う」
2012年9月20日 小笠原別邸にて(東京・河田町)
【鷽蜂白 プロフィール】 1961年台湾(台南)生まれ。父は台湾系米国人、母は祖先が喜界島に連なる日系ペルー人という家庭環境に育つ。名古屋の某高校・東京の 某大学を経て米国ペンシルバニア大学大学院修了(Ph.D)。専攻は社会学。詳しい正体は不明だが、コスタリカを拠点としながら主として南米スペイン語圏 のマスメディアに寄稿しているといわれる。福建語(台湾語)、北京語、広東語、日本語、スペイン語、英語が堪能らしい。長く台南近郊で海老の養殖場を経営 していたが、7年前に海老ビジネスからITビジネスに転身。台北、上海、ニューヨーク、パリなどでIT関係の事業を手がける。日本にも複数の会社や営業所 をもつという。篠原とは1997年にインドネシアのバタム島で知り合い、痔の話題で意気投合、以後、つかず離れずのつきあいが続いている。しつこい疣痔が 悩みの種。