「無責任な沖縄」を象徴する浦添市長選

浦添市長選と那覇軍港移設・再開発問題

沖縄県浦添市の市長選が告示され、2月7日に投票が行われる。現職の松本哲治市長(無所属)と伊礼悠記前(共産党)市会議員員(無所属)の闘いである。松本氏を支援するのは自民・公明の国政与党会派、共産党市議だった伊礼氏を支援するのは、共産に加えて立憲民主、社民、沖縄社会大衆党のオール沖縄勢力・国政野党会派だ。

浦添市の場合、多額の国費が投入される米軍那覇軍港移設計画とそれに伴う再開発計画が最大の懸案事項になっている。2010年に策定された現行計画によれば、辺野古を上回る187ヘクタールが埋め立てられる予定だ。うち現在56ヘクタールを占める那覇軍港に対してあらたに割り当てられる敷地面積は49ヘクタールである。

この埋め立てによって浦添市の市域面積は約9%増える。同市内には、すでに返還が決まっているキャンプキンザー(海兵隊・牧港補給地 274ヘクタール)という米軍基地もある。これは市域面積の14・5%に相当する。那覇軍港の移設とキャンプキンザーの返還を合わせると、浦添市は461ヘクタールに及ぶ広大な土地の再開発に着手することになる。これは普天間基地の現有面積480ヘクタールに等しく、皇居4つ分に相当する。埋め立てによって浦添市の総面積は1909ヘクタールから2096ヘクタールに増えるが、その総面積の22%に相当する区域が再開発の対象だ。近年では(おそらく21世紀に入ってから)、これだけの規模の再開発を行った同規模の自治体はない。滅多にない大型プロジェクトである。

率直に言えば「初めに埋め立てありき」で進められてきた那覇軍港の浦添移設にともなう再開発(埋め立て)計画には問題が多い。浦添西海岸は沖縄に残る数少ない干潟である。あらたに設けられる軍港の規模は49ヘクタールと想定されているが、埋め立て総面積は187ヘクタールにのぼる(2010年に策定された現行計画)。当然のことながら干潟の一部は消滅する。軍港部分49ヘクタールだけで済むならそれに越したことはないが、港湾施設や人工海浜などの整備が物流政策上あるいは都市計画上必要だとの前提で140ヘクタール近く上乗せされている。

県や那覇港管理組合が中心となって策定したこの再開発プラン(現行計画・北側移設案)に対して、松本現市長は「物流よりも人流」を掲げて現行計画よりも30ヘクタール近く小さな南側移設案(埋め立て面積160ヘクタール)を提案した(2015年)。物流主体の現行計画では不十分で、自然環境、観光、市民生活などにより密着した計画が望ましいとの姿勢だった。

翁長前知事の「意地悪」とその結末

その結果、計画案の調整が必要となり、松本市長は翁長雄志前知事に繰り返し協議を申しこんだ。ところが、翁長知事は松本市長からの要請を受けつけなかった。詳細は省くが、翁長氏と松本氏は長く対立関係にあった。松本氏が8年前に市長選挙に立候補した時から、翁長氏は松本氏に対して、繰り返し政治的圧力をかけ窮地に追いこんできた。悪くいえば「意地悪」を仕掛けてきたのである。翁長氏の協議拒否は、その「意地悪」の延長線上にあった。

2年ほど膠着状態が続いたのち、2017年に翁長知事の態度はようやく軟化し始めたが、その後知事の体調が悪化し、結果的に知事との突っこんだ協議は行われないままに終わった。

港湾の運営や機能の変更については、一部事務組合(都道府県・市町村から独立した地方自治体)である管理組合が一義的に権限を持つ。浦添の港湾部分は広義の那覇港に含まれている。したがって、浦添の港湾を管理するのは那覇港管理組合で、その管理者は沖縄県知事と定められている。自治体議会にあたる組合議会が協議機関だが、市長は組合議会の議員ではない。議会は、県会議員、副市長、市会議員から構成され、現在の議長は自民県議の島尻忠明氏である。実務は各自治体から派遣された職員が担う。

だが、那覇港管理組合議会は形式的な存在である。実権は沖縄県が握っている。最高責任者は知事だから、那覇軍港の浦添移設に伴う再開発プランについては、知事と市長が協議することが必須だが、翁長氏の後を引き継いだ玉城デニー知事も松本市長と十分な協議はせず、実質的な前進はなかった。

結局、松本氏は2020年、南側案を取り下げ、那覇港管理組合がつくった現行案(北側案)に合意することになった。北側案は、沖縄県、那覇市、管理組合が賛成し、途中まで南側案に好意的だった国まで北側案に同意してしまったからだ。国の側には、これ以上基地問題で沖縄県との亀裂を深めたくないという思惑があったされる。松本市長は、今度は国に梯子を外された恰好となった。梯子を外された松本氏は、南側に拘り続けると、早ければ2025年に実現するキャンプキンザーの返還に間に合わないという判断もあり、南側案を取り下げる決意を固めたという。キャンプキンザーの跡地利用と浦添移設に伴う再開発の一体化が必要だから、いつまでも対立していられない。

県も国も浦添市民を代表する松本氏の意向を適切に配慮しないまま北側案を押しつけたことになる。松本氏にそれを突破する力がなかったと批判するのは簡単だが、県と国が同一案でまとまっている上、制度的には那覇港管理組合(県)の意向が第一義的に尊重される。少なくとも浦添移設問題について、松本氏は一度も主導権を握れず、国と県に翻弄され続けたまま3期目を賭けた選挙を迎えることになった。

「移設容認」vs「移設反対」

松本氏にとって今回の選挙戦はコロナ禍での闘いとなった。今回の相手候補は、看護士で浦添市議だった共産党の伊礼悠記氏である。オール沖縄からの全面的支援を受けて選挙に臨んでいる。

伊礼氏は、浦添市の共産党市議のなかでは突出した能力を備えている。よく整理された頭脳を持ち、ソフトな雰囲気を漂わせながらも、共産党の主張からけっしてぶれない姿勢を保ちつづけている。沖縄の女性政治家のなかでも将来をとくに嘱望されている人材のひとりだ。松本氏にとっては手強い敵といえる。しかも、今回は共産党という看板を降ろして、他党が支援しやすい「無所属」で闘っている。

伊礼氏は、米軍施設反対と自然保護の立場から「浦添移設反対」の立場を明確にしている。沖縄のメディアは松本氏の「容認」に対して、伊礼氏の「反対」がどこまで有権者の間に浸透するかが焦点であると報じている。

先に見た再開発面積の規模、埋め立ての規模からいって、市民や県民が議論するのであれば移設ではなく、埋め立てあるいは再開発そのものの正当性や合理性を議論すべきだ。はっきりいって沖縄は日本で最も埋め立てフレンドリーな地域であり、基地移設は、そうした埋め立てフレンドリーな地域特性を覆い隠すエクスキューズにすぎない。基地移設によって埋め立てられる面積は埋め立て全体の4分の1にすぎないのだ。「移設の是非が問題」という方向に誘導するメディアの姿勢は本質的ではない。メディアがこうした姿勢を続けるかぎり、埋め立て大国・沖縄もこのまま継続し、最大の財産である美しい海・美しい浜は壊され続けるだろう。

無責任な知事の対応

他方、政治的にいえば、いちばんの問題は玉城知事が伊礼氏を支援しているところだ。玉城知事は浦添移設を推進する立場にある。容認どころではない。知事が責任者を務める那覇港管理組合こそ、49ヘクタールの軍港のための埋め立てを含む計187ヘクタールに及ぶ浦添西海岸の埋め立てプランを明示した「主犯」だ。おまけに知事の数少ない「盟友」である城間幹子那覇市長も移設推進派だが、反対派の伊礼氏を支援している。自分たちが首長を務める行政の既定路線に反する行動に訴えているのだ。移設推進派の知事と那覇市長が、移設容認派の松本氏ではなく、反対派の伊礼氏を応援しているという、呆れるほど捻れた構図となっている。

もし伊礼氏が当選したら、玉城知事はどう対応するのか。「浦添移設反対」に傾くのだろうか。知事が「県民一丸となって浦添移設に反対する」といいだしたら那覇軍港の返還は中止される。「それでいい」との判断が玉城知事にあるのだろうか。那覇軍港はそのまま那覇に居座り続けることになる。過去の経緯をすべてひっくり返すような決断だが、浦添市民はこうした決断を認めるのだろうか。

地元紙は、「基地のたらい回しが諸悪の根源」という。だが、日米同盟が継続する限り、基地機能の移転や改変は起こりうる。地元負担が過重ならその負担を明確にし、まずは負担の軽減を訴える必要があるが、これまで那覇軍港とキャンプキンザーについて「過重な負担だ」という声は聞いたことがない。地元紙は米軍がいること自体が負担だ、という一般論に寄りかかっているが、軍事技術的な側面も含めて「日米同盟の望ましいあり方」を追求することこそ、さらなる負担の軽減に繋がることは明らかだ。普天間移設については、曲がりなりにもそうした視点も含めた議論が行われきたが、那覇軍港についてはそうした視点をほとんど欠いたまま事態は前に進み、これまで基地反対派も事実上黙認を決めこんできた。「辺野古移設反対」が当面の課題だったからだ。辺野古では国による埋め立て作業が続き、「辺野古移設反対」の姿勢を取る翁長前知事、その後継者である玉城現知事を頂く沖縄県は国を相手取って埋め立てを止めさせる訴訟を起こしてきたが、これまでのところ、司法判断も県に対してきわめて不利な情勢だ。

辺野古の敵を浦添で?

こうした情勢を受けて、玉城知事の支持母体であるオール沖縄は「辺野古の敵を浦添で」とばかり、今回の市長選挙が近づくにつれ「浦添移設・西海岸埋め立て反対」を大きな声で唱え始めた。

周到なのは、翁長知事時代だったらけっして選ばれなかっただろう共産党員の伊礼候補をぶつけてきたところである。立憲民主党の前身政党はむしろ浦添移設容認派だった。社会民主党や沖縄社会大衆党もこの問題には積極的に取り組んでこなかった。共産党だけが一貫して「反対」を唱えてきたから、容認派の松本氏にぶつける「玉」として最適だった。はっきりいえば伊礼氏は「卓袱台返しができる」候補として選ばれたのである。しかも、市民への「給付金」というご馳走まで用意して選挙に臨んでいる。

こうしたオール沖縄の方針に乗っかって、移設推進の立場にあるはずの玉城知事が反対派の候補を支援している。知事のこうした対応はきわめて無責任だ。沖縄では保革を問わずこうした無責任な政治や行政が平然と進められているが、県政トップにいる知事の無責任なのだから、浦添市民・沖縄県民はもっと怒ったほうがいい。少なくともメディアはこの無責任さをしっかり追及すべきだが、その気配もない。逆に、某紙など、伊礼氏を当選させたいがために埋め立て区域に含まれない浦添市の名所・カーミージーまで埋め立てられる、という虚報まで流している。総じて無責任なのだ。

筋を通せるのは誰か

残念ながら、こうした「無責任」が相変わらず通用するのが沖縄政治の現状である。政治家は責任を持って筋を通すのが基本だ。筋を通せなかったら筋を通せなかった理由をしっかり説明し、有権者に納得してもらう必要がある。松本市長は市長なりに筋を通し、その結果つねに貧乏くじを引かされてきた。筋を曲げざるを得ないよう追いこまれてきたのである。ただ、筋を曲げた件については、政治家としての説明責任を果たしてきたと思う。一方の伊礼氏は共産党という立場で筋を通すだろうが、それは間違いなく「卓袱台返し」となる。主義主張に対しては誠実といえるが、「過去の経緯と現実」は裏切る行為となる。国防問題と環境問題をつねにひと塊にして議論するような沖縄の「衆愚の民主主義」も出口を見つけられないだろう。

どちらが勝っても市民の選択の結果だが、市民の現状と過去の経緯に対して責任を取りうる立場にある候補者がどちらであるかは明らかだ。浦添市民には、「責任ある政治とは何か」をぜひ熟考の上、投票に臨んでもらいたい。

以上

批評.COM  篠原章
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