麻生発言「ナチに学べ」から学ぶべきこと

前回、山本太郎の当選批判はピントがずれていると書いたら、いろいろな立場の方からご意見をいただいた。ぼくは単純な保守派でも革新派でもないので、どちらにも勝手に噛みついている。そういう態度をとり続けると、保守派の方々からも革新派の方々からも「自分の陣営ではない」と烙印を押されてしまう。それはそれで寂しいのだが、言いたいことを言える立場を失うほうがより寂しいので、今回も問題になっている「麻生発言」を取り上げて、言いたいことを言おうと思う。

今回、麻生さんさんがいいたかったことのひとつは 「改憲論議について海外からの干渉を呼びこむようなマスコミ報道は不適切だ」ということだ。要はジャーナリズム批判である。だが、言葉足らずで誤認の多い麻生発言は、結果的に海外からの批判を呼びこんでしまった。これはまさに麻生さんの不徳であり、失態である。なんとも皮肉だなあ。

だが、ぼくたちが「麻生発言」から受け取るべき教訓は、民主主義そのものの脆さである。麻生さんがその発言で触れたワイマール共和政は、民主主義に疲れた国民がナチスを「民主的に」選ぶことによっていとも簡単に崩壊してしまった。ぼくは、麻生さんが親ナチか否かという点にのみ焦点を合わせて批判を繰り返すのは不毛だと思っている。それよりも、民主主義の脆さをどうやって乗り越えるのかを考えるほうが大切である。その意味で、麻生発言はぼくにとって重要な問題提起になった。

麻生発言については、まだ新聞のリンクが残っているので(2015年4月現在リンク切れ)、コピペするのは憚られるのだが、いずれリンクも切れるだろうから、思い切って全文を掲載しておく。

麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細

僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。

そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって、私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けていますが、その上で、どう運営していくかは、かかって皆さん方が投票する議員の行動であったり、その人たちがもっている見識であったり、矜持(きょうじ)であったり、そうしたものが最終的に決めていく。

私どもは、周りに置かれている状況は、極めて厳しい状況になっていると認識していますから、それなりに予算で対応しておりますし、事実、若い人の意識は、今回の世論調査でも、20代、30代の方が、極めて前向き。一番足りないのは50代、60代。ここに一番多いけど。ここが一番問題なんです。私らから言ったら。なんとなくいい思いをした世代。バブルの時代でいい思いをした世代が、ところが、今の20代、30代は、バブルでいい思いなんて一つもしていないですから。記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況ですよ。

この人たちの方が、よほどしゃべっていて現実的。50代、60代、一番頼りないと思う。しゃべっていて。おれたちの世代になると、戦前、戦後の不況を知っているから、結構しゃべる。しかし、そうじゃない。

しつこく言いますけど、そういった意味で、憲法改正は静かに、みんなでもう一度考えてください。どこが問題なのか。きちっと、書いて、おれたちは(自民党憲法改正草案を)作ったよ。べちゃべちゃ、べちゃべちゃ、いろんな意見を何十時間もかけて、作り上げた。そういった思いが、我々にある。

そのときに喧々諤々(けんけんがくがく)、やりあった。30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党の部会で怒鳴りあいもなく。『ちょっと待ってください、違うんじゃないですか』と言うと、『そうか』と。偉い人が『ちょっと待て』と。『しかし、君ね』と、偉かったというべきか、元大臣が、30代の若い当選2回ぐらいの若い国会議員に、『そうか、そういう考え方もあるんだな』ということを聞けるところが、自民党のすごいところだなと。何回か参加してそう思いました。

ぜひ、そういう中で作られた。ぜひ、今回の憲法の話も、私どもは狂騒の中、わーっとなったときの中でやってほしくない。

靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。騒ぎにするのがおかしいんだって。静かに、お国のために命を投げ出してくれた人に対して、敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。静かに、きちっとお参りすればいい。

何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。いろんな日がある。大祭の日だってある。8月15日だけに限っていくから、また話が込み入る。日露戦争に勝った日でも行けって。といったおかげで、えらい物議をかもしたこともありますが。

僕は4月28日、昭和27年、その日から、今日は日本が独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。

昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。

わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。
(朝日新聞デジタル2013年8月1日付)

櫻井よしこさん肝いりのシンポジウムでの発言だということだが、「話し言葉」を「書き言葉」に変えている上、いろいろな話が混在しているから、とても読みにくいし、真意を汲みとりにくいことも確かである。新聞などのジャーナリズムは、「ナチス(憲法)を礼賛した」というふうに報じている。与党内からも反発が出ている。

が、そもそも麻生さんのいうような「ナチス憲法」なるものは存在しない。にもかかわらず、麻生さんの事実誤認についてジャーナリズムはきちんと指摘しない。ナチスが政権をとったのは民主的なワイマール憲法の下である。その後、ナチスが自らの憲法を人知れず定めたような発言内容になっているが、ナチスがやったのは憲法改正ではない。憲法を否定し、ナチスに権力が集中するよう定めた授権法(または全権委任法)を成立させたのである。この法律の制定によって、ドイツの民主主義はナチス政権を超憲法的な存在と認めてしまったのだ。

麻生さんがいう「誰も気づかないで変わった(授権法が成立した)」というのも事実誤認である。独裁体制を目指していたナチスは、国会議事堂放火事件を利用し、それを共産党の謀略だと宣伝した。これによって、共産党の議員・活動家・シンパを逮捕または予防拘禁されることになり、政治に対する共産党の影響力は一掃された。この時点でナチスはすでにある種の私兵組織にまで成長しており、反対派を暴力で脅すなどの行為が常套化していた。以後、暴力を怖れた反対勢力は沈黙を決めこむようになる。国民がこのような状態に反発を感じていたかといえば、そうではない。国民は政争に飽き飽きしていたから、ナチス独裁を支持する人びとが実は多数派だった。民主主義に疲れていたのである。

こうした経緯を見ると、麻生さんの「誰も気づかないで」というのは事実誤認であることは明らかで、喧噪と暴力のなかでナチスに熱狂する人びとと沈黙する人びとが混在していたというのが当時のドイツの状況だった。ドイツはもともと集権国家ではなく、領邦(多数の小王国)が群雄割拠する領邦国家で、集権国家として成立したのは1871年のこと。王政が否定されワイマール憲法下で民主国家となったのは第一次大戦敗戦後の1919年。そこから15年も経たないうちに、国民は民主主義に懐疑的な姿勢になり、それを正面から否定するナチスに期待を寄せたということになる。

ここまでの段階で、麻生発言の明白な過ちは以下の2点にある。

  1. 存在しない「ナチス憲法」を例示したこと。
  2. 「ナチス憲法」が「授権法」を指すとしても、「誰も気づかないうちに授権法が制定された」という事実はないこと。

 

朝日新聞デジタル2013年8月1日付

朝日新聞デジタル2013年8月1日付

発言が問題になってから発表された釈明コメントも掲げておく。

7月29日の国家基本問題研究所月例研究会における私のナチス政権に関する発言が、私の真意と異なり誤解を招いたことは遺憾である。

私は、憲法改正については、落ち着いて議論することが極めて重要であると考えている。この点を強調する趣旨で、同研究会においては、喧騒(けんそう)にまぎれて十分な国民的理解及び議論のないまま進んでしまった悪(あ)しき例として、ナチス政権下のワイマール憲法に係る経緯をあげたところである。私がナチス 及びワイマール憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは、私の発言全体から明らかである。ただし、この例示が、誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい。
(朝日新聞デジタル2013年8月1日付)

ここでも麻生さんは事実誤認については訂正していない。訂正はしていないが、「ナチス礼賛ではない」と主張し、ナチス政権を例示として挙げたことは不適切であるとしてその部分の発言は撤回している。

ジャーナリズムや麻生発言を厳しく批判する人たちは、「手口に学べ」という言葉に大きく着目している。彼らは「自民党はナチスに倣って密かに改憲してしまえ」という麻生さんの本音が出たという。だが、発言の前段を読むと、その主張はどうもしっくりこないのだ。

「ワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進 んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって、私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けていますが、その上で、どう運営していくかは、かかって皆さん方が投票する議員の行動であったり、その人たちがもっている見識であったり、矜持(きょうじ)であったり、そうしたものが最終的に決めていく」

つまり、「憲法の善し悪しと政治の善し悪しは一体ではない」ということが強調されているのである。ワイマール憲法のような善き憲法の下でもヒトラーは登場している、というのがここでの本旨である。その後、 授権法と思しき「ナチス憲法」なるものが登場し、「誰も気づかぬままナチス憲法〈=授権法〉を制定して、ナチス独裁を可能にした」という話の展開になっている。その間、しきりに「憲法について騒いで決めてほしくない」ということも強調している。この流れを一貫した論旨で繋げるのはとても難しい。麻生さんの事実誤認がまともな理解を妨げている部分もあるが、ぼくはこれらの発言を、麻生さんの頭の混乱がもたらした不用意な発言であるとみている。

麻生さんはなによりも改憲に対するメディアの姿勢にいらいらしている。「自民党がこんなに苦労して改憲案をつくりあげたのに、頭ごなしに否定されている」という苛立ちがある。必ずしもメディアは頭ごなしに 否定しているわけではないと思うが、少なくとも麻生さんはそう思っている。改憲はもちろん、改憲に関わる議論も自民党にとって不利な状況に置かれたままだ、という思いがある。次に、「自民党の方針に沿って改憲したって日本が軍国主義やファシズムにいきなり変質するわけじゃない。問題は憲法あるいは民主主義の運用だ。改憲で日本が悪くなるという認識はまちがっている。改憲に対するアレルギーが強すぎるよ」という思いもある。ふたつの思いが混在したまま。麻生さんは櫻井さんのシンポジウムで「思いの丈」をぶちまけた、というところだろう。これらの「思いの丈」を整理すると、麻生さんの心の内は以下の2点に整理される。

  1. メディアが護憲重視という立場から自民党案を激しく批判するから、国民が正常な判断ができない。こうしたメディアの論調に煽られて改憲論議を非難する国もある。
  2. たとえ憲法がどんなに素晴らしいモノであっても、 運用でいくらでも抜け道をさがせる。だから、憲法だけが民主主義じゃない。(ワイマール憲法に手をつけず、憲法と別に授権法という法律を制定して)人知れず独裁政権を確立したナチスがいい例である。つまり、民主主義は、憲法に関わりなく最悪の判断もできるし最良の判断もできる。
    ※()内は篠原の補足

もちろん、この解釈でも問題は残る。「手口」という言葉がやはり最後まで引っかかってしまうのだ。

「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかねわーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない」

前段の「だれも気づかないで変わった」を「喧噪もなく変わった」というふうに読めば、「密かに憲法を変えたナチスの手口に倣え」と読める。だが、そうであれば、後段との結びつきがわからなくなる。後段の「いい憲法」や「あの憲法」がワイマール憲法だとすると、「ジャーナリズムや周辺国の一部は改憲反対と騒いでいるけど、善き憲法とされたワイマール憲法だってナチス独裁を許したんだから、そういうことも考えながら冷静に議論しましょう」という論旨に読める。そうだとすれば、「密かに憲法を変えたナチスの手口に倣え」という言葉が宙に浮いてしまう。他方、前段の「あの手口」を、麻生さんの釈明を参考に「ワイマール憲法下の民主主義がナチスの台頭を許したプ ロセスを教訓とせよ」と読むとすれば、後段との結びつきは生まれてくる。

いずれにせよ、「ナチス」「手口」という表現を使ったことが麻生さんの失態で、不適切のそしりは免れないが、発言全体のトーンから判断すれば、麻生さんが「密かに憲法を変えたナチスの手口に倣え」と考えていると断言することは難しいと思う。

ただ、ぼくは麻生発言を擁護するためにぼくはこのコラムを書いているのではない。麻生発言からぼくたちが学ぶべきことは、「麻生さんがナチスに肯定的なのか否定的なのか」ということではなく、図らずも麻生さんが触れたワイマール共和政が、ドイツ統一後に英仏から移入された民主主義に飽き飽きした国民によって否定され、ナチスやヒトラーの台頭を許したという歴史的事実ではないだろうか。当時のドイツ国民は民主主義に疲れていた。民主主義に疲れ、「ヒトラー」というカリスマ・英雄に身を任せたのである。ワイマール共和政という「民主主義」は憲法もへったくれもない社会を易々と受けいれてしまったのだ。

民主主義に疲れているのはぼくだけではないだろう。 多くの人たちが民主主義に疲れている。すぐにカリスマが現れて「民主主義という重荷をとってあげるよ」と誘惑してくるような状況にはまだない。だが、民主主義は憲法論議だけではすまない。考えること、反省すべきことは山ほどある。とても「疲れた」なんて弱音を吐ける状況にはないのだが、救世主が現れて「救済しますよ」といわれれば、ぼくだって抵抗できないかもしれない。だから、疲れない民主主義がほしい。疲れない民主主義を考えるために、再びない知恵を絞らなければならないということになるが、それも民主主義の代価なのだと諦めるほかないのか。

知恵と勇気がほしい今日この頃である。

批評.COM  篠原章
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