CINEMA REVIEW:ベニシアさんの四季の庭

映画『ベニシアさんの四季の庭』を観た。正直にいうと、あまり期待していなかった。ベニシアさんの蘊蓄を聞かされるのは辛いな、と思っていた。ところが予想に反して、蘊蓄らしきものはほとんどなかった。それどころか、とても見応えのある映画だった。

彼女のライフスタイルには共感できる。羨ましくもある。自然に囲まれた古民家で、古道具を慈しみながら、ハーブと花と野菜を育む暮らしができたら、どんなに心安らかになれるだろうか、とも思う。でも、この映画は、ファンタジーのように見える彼女の暮らしが、実は彼女の“一部”に過ぎないことも正しく伝えている。

娘の抱える難病、山岳写真家である夫の浮気と生死を彷徨うような転落事故…。家出娘だったベニシアさんにとって、故国イングランドはとても居心地の悪い場所であるらしいことも示唆されていた。苦しみの種はけっして小さくなく、捨て去らなければならなかった過去も大きい。ベニシアさんにもダークサイドがあったのだ。「なあんだ、ベニシアさんもおんなじじゃないか」という不思議な安堵感。ぼくらと同じ悦びや悲しみを彼女も共有している。そのことがぼくにはとても愛おしく思えた。

古民家で食卓を囲む子供たちや孫の笑顔が素晴らしい。「この笑顔があれば俺も生きていける」という共感は、大原の美しい風景以上に、観る者の心を揺さぶる。ベニシアさんを観て、まさか涙するとは思っていなかった自分に対する驚きも、この映画の個性だ。

ベニシアさんのプロパガンダ映画だと思いこんでいた自分を恥じた。ベニシアさんという、故国に事実上帰る場所をもたない英国貴族出身の一女性の、“歓びも悲しみも幾星霜”というドキュメンタリーであり、またそれは、ぼくたちがありのままの自分と照らし合わせながら追体験できる世界だった。ひとことでいえば優れたドキュメンタリー映画である。

制作プロデューサの鈴木ゆかりさんの狙いは的を射ていたのだろうと思う。監督の菅原和彦さん、撮影監督の髙野稔弘さんの技量にも深く関心した。「ぜひご覧あれ」と、ついつい片棒を担ぎたくなる作品である。

ベニシアさんの四季の庭

ベニシアさんの四季の庭

批評.COM  篠原章
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