東京地検特捜部「暴走」説の検証(3)IR汚職は三文役者の猿芝居?
贈収賄なのか詐欺なのか
東京地検特捜部(以下「特捜」)の取り扱う事件としては「IR汚職」が最新である(2020年1月13日現在)。この事件は「贈収賄事件」とされるが、基本的な構図は、日本のIR事業への参入を目指していた中国企業500ドットコムが、同社顧問に迎えた会社役員・紺野昌彦と前浦添市会議員・仲里勝憲に詐取された事件と見るのが適切ではないかと考えている。
紺野と仲里は、「政治家に現金を渡せば市場に参入できる」と500ドットコムに持ちかけて多額の現金を用意させた上、日本に不法に持ち込み、一部は政治家に賄賂としてばらまいたが、その残余については紺野と仲里のが着服している可能性が高い、ということだ。
これまで公表されている情報を総合すると、紺野、仲里が絡むこの贈収賄事件については以下のように整理される。
2017年9月28日 香港→関空(深夜便を利用?)
500ドットコム社の香港の口座から引き出した2250万円を紺野らが関西空港から日本に持ち込んだ。
2017年9月28日 関空→議員会館
紺野は大阪から東京に移動して仲里らとともに議員会館を訪れ、IR担当内閣府副大臣・秋元司衆院議員(東京15区)に300万円、元政策秘書に50万円を渡した。
2017年9月28日 議員会館→札幌
同日中に札幌まで行き、中村裕之衆院議員(北海道4区)に200万円、船橋利実前衆院議員(比例北海道/当時は落選中)に100万円を渡した。中村議員はうち100万円を岩屋毅衆院議員(大分3区)に渡した。
ただし、秋元議員は受領を否定している。また、中村議員によれば、この200万円は紺野ではなく、北海道の留寿都でIR事業を進める札幌の加森観光社長からの個人献金であり、岩屋議員は、中村議員から受け取った100万円は「講演謝金」だったと説明している。船橋議員は、100万円の受領は認めたが、中村と同じく加森観光社長からの個人献金だったと主張する。
2017年10月?日 沖縄
第48回衆院議員選挙期間中(10月10日公示22日投票)、紺野らは下地幹郎衆院議員(比例九州・沖縄)と宮崎政久衆院議員(比例九州・沖縄)に100万円ずつ渡した。下地議員は100万円を選挙期間中に紺野から「陣中見舞い」として事務所職員が受領したことを認めた、宮崎議員は自身も秘書も紺野らからの寄付を一切受領していないと強調している。
秋元議員による収賄額
報道によれば、秋元議員はこの他、2017年12月、500ドットコムが用意したプライベートジェットで中国深センにある同社本社やマカオのカジノ施設などを訪問したが、この際の旅費(百数十万円)を同社が負担していた疑いを持たれている。あわせて同年8月4日に同社が那覇市で主催したシンポジウムで、講演料として200万円を受け取っているとされる。さらに2018年2月に家族旅行で留寿都を訪問しているが、その際の旅費も御500ドットコムが負担したという話もある。これらの情報が正しいとすると、秋元議員は500ドットコムから700〜800万円相当の金品を受け取っていたことになる。
持ち込まれた2250万円の行方
紺野が香港から持ち込んだ現金2250万円のうち、使途が明らかされつつあるのは、秋元300万円、元秋元政策秘書50万円、他の国会議員にばらまいたとされる500万円だが、その合計は850万円にすぎない。残りの1400万円の使途は依然不明である。しかも、中村、船橋両議員の受け取ったとされる計300万円は500ドットコムの資金ではない可能性もあり、宮崎議員は受領自体を強く否定している。
議員諸氏の主張が正しいとするなら、下地議員の受け取った100万円を除く400万円が宙に浮いてしまう。この場合、1800万円が使途不明ということになる。秋元議員は「300万円なんてはした金はもらっていない」と繰り返しているというから(もっと多額のカネはもらっているという意味にも聞こえるが)、これが事実だとすれば、最大で2200万円が行方不明になってしまう(秋元議員が受けた旅行接待の代金や沖縄での講演料は時系列からいって別資金である)。
いずれにせよ、ばらまいたカネよりも残されたカネの方が多いことになり、ばらまかれなかったカネは紺野ないし仲里が着服した可能性が高くなる。残余は「経費」だという説明も可能だが、香港ー関空間、関空ー羽田ー札幌間の旅費や飲食代を経費と認めたとしても、その総額はせいぜい100万円〜150万円だろう。「他の大物政治家」が受け取った可能性もなしとはしないが、今のところその気配はない。
詐欺行為の片棒を担がされた秋元議員
賄賂を受け取ったとされるIR議連に参加する国会議員のうち、IR担当副大臣の職にあって職務権限の比較的明確な秋元司議員を除き、他の議員が500ドットコッムに便宜を図ったことを立証するのはきわめて困難だ。秋元は500ドットコムのために、国内のIR施設数を「3箇所」以上に増やすよう働きかけたといわれているが、2018年3月に成立したいわゆる「カジノ法」(特定複合観光施設区域整備法)が成立するプロセスで、原案の「3箇所」が増える可能性はほとんどなかった。IRやカジノを所管する国土交通省の大臣であった石井啓一議員は公明党所属だが、公明党はカジノ法案にきわめて消極的で、副大臣が介入できる余地は事実上なかったといっていい。
秋元議員がこうした経緯を承知の上で、カジノの施設上限を「3」から増やすよう働きかけたかもしれないが、「ダメとわかっていて働きかけた」にすぎないと推測される。もちろん、秋元議員のこうした行動が贈収賄の要件を満たす可能性はあるので「無実」とはいえないが、秋元議員が積極的に動いたとは考えにくい。本人の自覚はともかく、秋元議員はむしろ紺野・仲里の詐欺への協力者・共犯者という位置づけになる。
沖縄がダメなら北海道があるさ
紺野、仲里に至っては「積極的な詐欺行為」を働いたと見なされても致し方ない。2017年8月に沖縄で500ドットコム主宰のシンポジウムを催行した段階で、沖縄はカジノ誘致レースからすでに脱落していた。2010年当選の仲井眞弘多知事はカジノに積極的だったが、2014年当選の翁長雄志知事は、支持基盤である共産党、社民党が「カジノ反対」であることは承知しており、当選後仲井眞知事のカジノ推進の方針を撤回してカジノ反対を主張している。ちなみに、2018年に当選した玉城デニー知事の出身母体である自由党は、もともとカジノ推進の政策を掲げていたが、2017年頃には「野党共闘」の立場から「カジノ反対」に転じている。
2018年の沖縄県知事選で仮に保守系知事が誕生していたとしても、翁長知事時代にいったん撤退したカジノ誘致レースに再参入できる可能性はなかった。大阪、横浜、北海道、和歌山、長崎などの候補地がしのぎを削るなかで、ギャンブル依存症対策などを含めた具体的で詳細なプランを練り、関係者や議会を説得して誘致に漕ぎ着けるには圧倒的に時間が不足していたからである。紺野と仲里は、沖縄での実現可能性が限りなくゼロに近い状態のなかで「シンポ開催」に踏み切ったが、これは500ドットコムから資金を引き出すための詐欺的なデモンストレーションだったといっても差し支えないだろう。結果的にいえば、このシンポで講演した秋元議員も詐偽の片棒を担いだことになってしまう。
北海道の誘致合戦もほぼ同様の状態で、彼らが肩入れしたとされる候補地・留寿都は、2017年の段階で苫小牧の後塵を拝しており、たとえ500ドットコムを留寿都の「委託業者」として選ばせることが可能だったとしても、道内のレースから脱落してしまう可能性が強かった。しかも、候補地に北海道が選ばれるという保証もなかったのである。500ドットコムの贈賄が成果をもたらすとは思えない状況にあったといえるだろう。紺野と仲里は、「沖縄がダメなら北海道があるさ」と500ドットコムを安心させ、同社からカネを引き出したようにも見える。こうした一連の流れを見ると、500ドットコムはむしろ被害者に思えてくる。
猿芝居にのせられた特捜
結論的にいえばこの「IR汚職」は、「日本の事情に疎い中国企業を騙してカネを引き出すための2人の男の猿芝居」であり、秋元議員は知ってか知らずか、その猿芝居の主役を務めてしまったのではないか。
特捜はこの猿芝居を「大がかりな汚職事件」に仕立てたいのだろうが、今のところこれ以上広がる様子はない。三文役者たちが演ずる猿芝居に、猛者たちが集まる特捜がのせられてしまったとすれば少々気の毒だが、自分たちの描いたストーリーに酔いしれて「暴走」する嫌いのある彼らが反省するよい機会になると考えれば、それもまた「進歩」といえるかもしれない。