東京高検検事長の「定年延長」は何が問題なのか?

黒川東京地検検事長の定年延長問題

黒川弘務東京高検検事長を対象とした「定年延長」は「政権の横暴」と揶揄されても否定できない、違法性の強い属人的な人事である可能性が高い。
 
法解釈をめぐるわかりにくい問題だが、あえて簡略化すれば、安倍内閣は、能吏として評価の高い黒川弘務東京高検検事長を検察官の頂点である次期検事総長に据えたいから、これまでの法解釈を無視した上、63歳という検事長以下の検察官の定年を黒川氏に限り半年間延長する人事案件を固めた、というものである。
 
検察官63歳という法定の定年を採用すれば黒川氏は2月7日に退官しなければならない。8月14日の誕生日に65歳の定年を迎える稲田伸夫現検事総長の後任に黒川氏を据えるためには、黒川氏の定年を少なくとも半年間延長して8月7日まで延ばすことが必要となる。安倍内閣は、人事院のこれまでの法解釈を無視して(閣議決定を根拠に変更させて)、黒川氏の定年延長に踏み切ったといわれている。
 
検察官は日本の司法制度を支える特別な職務であり、その定年は「一般法」である国家公務員法に依拠すべきでないという趣旨から、「特別法」である検察官法に定年条項(検事総長65歳、検事長以下63歳)が設けられている。
 

森法相の転倒した論理

この点を踏まえ、森雅子法相の衆院予算委員会での発言(2月3日)の趣旨に沿って政府の論理を点検すると、検察官法には定年延長が定められていないから、一般法である国家公務員法を適用して定年を延長できるという。たしかに国家公務員法では例外として1年以内の定年延長が認められているが、検察官の場合国家公務員法に基づくのは望ましくないからこそ検察官法であえて定年が定められている。つまり定年延長は事実上認められていない。にもかかわらず、検察官にとって望ましくなかったはずの国家公務員法を持ちだして「国家公務員法に基づく延長が可能」だという。これは法手続き的な整序の関係を転倒させた粗っぽい解釈だ。検察官法の定年の趣旨がまったく顧みられていない、きわめてご都合主義的で違法性の強い解釈である。
 
国家公務員の定年は今後段階的に65歳まで引き上げられていることになっているから、これに呼応して検察官法の定年も引き上げるという論理であればよくわかるが、そうではない。今回はあくまでも黒川氏個人を重用したいからという「特例措置」だ。
 
ただし、黒川氏重用を「安倍内閣の闇を葬り去るための人事」とする評価もあるが、それはちょっと違うと思う。一部ではとても評判の悪い政治主導の官僚人事のあり方を検察庁まで拡大し、「検察官といえども独立した権力を行使できると考えるな!」という権力一元化の理想を追い求めた人事ではないか(検察庁への「脅し」でもある)、というのがぼくの印象である。
 
「検察権力の専横を許さない」という理想が国民のあいだで議論され、共有されているなら「権力一元化」の方向性もあり得るが、そんな議論はまだ交わされていない。内閣のレベルで検察権力を骨抜きにしようという姑息な試みに過ぎない。さすがにこれは違法性の強い不味いやり方だ。いっそのこと米国のように検事公選制度を導入したほうがマシではないかと思えてきてしまう。

これでは法治が崩壊する!

 この人事にとくに批判的な朝日新聞やTBSのみならず、検事出身の郷原信郎弁護士やジャーナリストの江川紹子氏も強い異議を唱えている。法務省や人事院も、属人的で違法性の強い法解釈を追認すべきではなかった。
 
この異常な状態を回避するために、「黒川氏本人が国家の行く末を慮って固辞すべきだ」という主張もあるようだが、政治家のあいだを巧みに渡り歩いてきた黒川氏のような「能吏」にそんなことができるわけがない。残された選択肢は、稲田現検事総長が8月14日の誕生日まで退官しないというものだ。黒川氏の定年延長終了後(8月7日以降)に稲田氏が退官すればいい。これでは定年延長措置の違法性を回避したことにはならないが、「黒川検事総長」という違法性の付きまとう人事の効力は無効にできる。とはいえ、稲田氏にその判断をする「余力」がどのくらい残されているのかは未知数だ。
 
もっとも望ましいのは、現政権がこの人事を撤回することだが、頑固な安倍=菅ラインが方針を転換する可能性は低い。率直に言えば、この人事を撤回して、憲法改正をめぐる議論のなかに「検察権力のあり方の見直し」を入れ込むぐらいの展望がないとこの国は持たない。
 
安倍政権の熱心な支持者は、「安倍さん菅さんのやることだからOK」ぐらいの軽い気持ちで見ているかもしれないが、ここでこのような前例をつくってしまうと、いずれ生まれるであろう他の政権のご都合主義的法解釈も認めざるをなくなる。それこそ法治の崩壊への道であり、民主主義の頽廃を招いてしまう。実に由々しき問題だ。
 
批評.COM  篠原章
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