トミオ・オカムラ—WBCで話題になったチェコで活躍する日系政治家の実像

大谷翔平がチェコ・チームの帽子を被ってマイアミ入りしたり、佐々木朗希がデッドボールを当ててしまったチェコ選手のもとを、お菓子を持参して謝りに行ったりと、今回のWBCでは、侍ジャパンとチェコ代表のヒューマンなやり取りが大きな話題となった。そのチェコの政界で、東京・板橋区出身のトミオ・オカムラ下院議員(下院副議長)という日系政治家が活躍していることはあまり知られていない。

朝日新聞は、オカムラ議員の動向を最も詳しく伝えているメディアで、2019年5月24日付けの紙面では。オカムラ議員のインタビューも掲載している(有料記事)。これを参考にしながらオカムラ議員の人物像を紹介するのが本稿の目的である。

オカムラは、1972年、日本人と韓国人の間に生まれた父と、チェコ人の母のもと東京・高島平(板橋区)で生まれている。漢字表記は岡村富夫。5歳まで東京で育ち、その後母の生まれたチェコへ。が、預けられた養護施設で激しい虐めと差別を経験したという。18歳で日本に戻り、ポップコーン売りのアルバイトなどを経験しながら、チェコ産のガラス細工を日本で売ろうとしたが、「外人扱い」に限界を感じてチェコに帰国。帰国後は、日本からの観光客を対象とした旅行社を始めたが、これが大当たりし、業界団体の役員などを務める一方、テレビ出演などで名を売り、無所属で上院議員(元老院)に立候補して当選。

SPD党首 トミオ・オカムラ(本人のFacebookより)

2015年、政党「自由と直接民主主義 Svoboda a přímá demokracie」(SPD)を立ち上げ、2017年の下院選挙では10.6%の得票率で200議席中22議席を得て第3党に躍進し、2021年の選挙では9・56%の得票率(14議席)で第4党になっている。同党は、イスラム移民排斥を掲げる「極右政党」として批判され、定職に就かないロマ(ジプシー)の国外追放も唱えている。2019年の朝日のインタビューでは、とくにこの点に重点が置かれた質問が繰り返されていた。

――欧州の極右政党との連携に注目が集まるようになりました。反イスラム移民を強く訴えるようになったのもこの時期(2017年)ですか?

いいえ、反イスラム移民は政界に入る前から主張していました。…イスラム教徒は、キリスト教国家とは相いれないと強く感じていました。ただ、反イスラムはいろいろある主張のごく一部で、最も訴えたいことではありません。メディアがそこを強調して取り上げるから、そう見えるだけです。

――イスラム教の何が問題ですか?

二つあります。一つは男性優位の傾向が強いこと。もう一つは、イスラム教徒は信者でない人より優れているという考えがあることです。男女は平等であるべきですし、どの宗教も等しく尊重されるべきです。イスラム教徒が自分の国でそうするのは構いませんが、そうではない国ではその国のルールに従うべきです。イスラム教の国に行って外でビールを飲んだり、女性がTシャツを着たりすることは許されないでしょう。

――いずれも、一部のイスラム教徒だけではありませんか? 欧州に来て、欧州の生活に合わせようとしている人の方が多いのではありませんか?

イスラム教徒をすべて排除しようとしているわけではありません。こちらのルールに従ってくれる人は歓迎です。でも、現実には彼らは集まって暮らし、「ゲットー」と呼ばれるチェコ人が立ち入れないような地域を作っています。私は毎日まじめに働いている普通のチェコ人の暮らしを第一に考えたいだけです。

――チェコでも日本でも人種を理由につらい経験をされています。知名度のあるオカムラさんが反イスラムを過激に訴えることで差別を助長し、同じような思いをする人が出てくるとは思われませんか。

私の経験から、人種差別には絶対に反対ですし、私がしているのは人種差別ではありません。イスラム教を否定していませんし、イスラム教の方がチェコに来るのも反対していません。ただ、チェコに住むのなら男女間、宗教間の差別を禁じるこの国の憲法、ルールを守って欲しいというだけです。私たちの家であるチェコでは、私たちにとって差別的な教えを許すことはできません。

トランプの「アメリカ・ファースト」に似た考え方だが、この話を信ずる限り、過激な移民排斥とは違って見える。ただ、最近の論調をチェックすると、「ロマ排斥」の主張はかなり強硬だ。「インドに出自を持つロマはインドに帰るべき」という発言も目に付いた。ハンガリーを主たる拠点とするロマは、この国にも多数流入している。「ボヘミアン(流浪の人々)」との言葉もあるが、とくにボヘミア地方でロマ排斥の声が強いという。定住地や定職を持たず、おもに祭や宴席での歌と踊り(そして盗み)で稼ぐライフスタイルを持つロマは、チェコだけではなくヨーロッパ各地で厄介者扱いされる傾向が強い。ヒトラーによるロマ虐殺という不幸な歴史もある。篠原もかつて、ロマの売春やロマの窃盗が常態化しているハンガリーのトランシルバニアで、レストランで渡された釣り銭を、横から手を出して当然の如く盗んでいくロマを見てずいぶん驚いた経験がある。「盗みに寛大な文化」というのはどこにもない。東欧の民族音楽やフラメンコなどのルーツはロマの音楽で、ぼく自身はロマのバンドとして知られるTaraf De Haidouksやロマの映画監督、トニー・ガトリフの作品を愛好しているので、ロマ排斥思想には馴染めないが、ロマが同化しようとしても、数百年の間存在してきた職業差別や教育差別の故に地域社会から同化が拒まれる、地域社会に拒まれたら元の暮らしに戻り、盗みの悪癖を止められない、といった悪循環が続く限り、ロマが地域社会に溶けこむことはありえない。「多数派の価値観」と「少数派の価値観」の両立は、日本で考えられるほど簡単ではなく、相互に身を切られるような妥協が必要になってくる。この問題の着地点はまだまだ先にあると考えざるをえない。

オカムラの反EU政策は、この問題よりもずっとわかりやすい。朝日のインタビューでは、その反EU的主張の背景を、「欧州のこれまでのエリート主導の政治と、一般の人の考えが離れてきている」と説明しているが、他の資料なども併せ読むと、フランス・ドイツ型の民主主義はエリート政治にほかならず、そのエリート政治に利を見いだす人々のみがEUの政策を決定している、という不満があるようだ。朝日のインタビューでは、「既存の政治家エリートは選挙前だけ、ステージの上から話すというやり方です。私のことをポピュリストと批判する人が多いですが、(語源である)ポプルス(民)の声を聞いているという意味で、私はポピュリストなのです」と断言しており、「直接民主主義の実現」こそ政治と大衆のあいだにある溝を取り払う解決策であると主張している。

オカムラにとって、NATOも、エリート層が牛耳る米独仏の都合に合わせた軍事同盟であり、チェコなどの弱小国を守る軍事同盟ではないという認識で、東欧は、ロシアを仮想敵国としながら、西欧やアメリカに依存しない独自の多国間安全保障体制を構築すべきだという独自の主張を展開している。ただし、オカムラは現政権の与党サイドにはいない。現在の与党は、EUともNATOとも協調しながらやっていく、という方針をとっている。

ぼく個人は、欧米からもロシアからも離れようとしている自主独立的な姿勢には大いに共感を持つが、経済的な大国が政治的・軍事的大国であるという現実は容易には変わらないだろう。「どの国も取り残さない」という方針をとれば、軍事同盟の効力は国際連合レベルになってしまう。この困難な現実をどう改善していくのかについても「時間をかけて」というほかない。

政治家・オカムラには、彼個人の経済的バックグラウンドに「不正疑惑あり」との報道もあるが、まだ51歳と若い政治家だから、彼を襲う幾多の困難を跳ね返して、これからもぜひ活躍してもいたいと願う。

国会の廊下を歩くトミオ・オカムラ(本人のFacebookより)

批評.COM  篠原章
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket