総選挙総括〜「アベノミクスの失敗」を 争点に出来なかった野党

General Election JP : Why Could Not They Make "Failure of Abenomics" An Issue ?

総選挙からちょうど一週間。選挙期間中はじっくり考えたり、調べたりする時間がなかったので、あらためて振り返って見た。総選挙の総括である。

1.「アベノミクスの失敗」が総選挙の背景にある

降って湧いたような総選挙だったが、なぜ安倍政権が、10月までほとんど話題にならなかった総選挙に踏み切ったのか。最大の理由は、アベノミクスが失敗する兆候が見え始めたので、安倍政権は消費税増税をなんとしても先送りしたかったからだ。

アベノミクスは今年前半まで一定の成果を挙げていたが、9月の景気動向指数、そして10月の景気動向指数も実は芳しくなかった。内閣府による「一致指数の基調判断」(現在の景気をどう見るかという基本的な判断)は連続して「 景気動向指数は、下方への局面変化を示している」(景気動向指数 平成26年10月分(速報)の概要 )。ということは、このまま消費税を増税すると、景気は「後退」へと向かう可能性が高い。

メディアでは期末ボーナスのアップが話題になっているが、実態的には輸出企業を中心とした一部企業の業績が回復しただけ。輸出数量・輸出額全体は伸びていない。もちろん、輸入依存型のビジネスを展開する企業の業績は芳しくない。円高にもかかわらずこのまま貿易赤字は継続すると予想される。11月後半からの円高は、日本の景気や貿易赤字を見越してのものだが、輸出企業が円建てベースでの契約を続ける限り、企業の設備投資が伸びる見込みも薄い。

つまり、わずか2%の増税にもかかわらず、消費税増税に踏み切れば日本経済は相当な打撃を受け、安倍政権に対する評価は急落する怖れがあった。解散・総選挙に訴えずに「消費税増税先送り」を首相がリーダーシップをとって実施するという選択肢もあったが、それは財務省や財務省に懐柔された自民党以下の国会議員に阻まれる可能性が高く、首相が多数派工作に失敗すれば退任を求める声も挙がることになる。そのリスクを回避するためには、首相の専権である伝家の宝刀 「解散・総選挙」に訴えるほかなかったのだ。

2.「消費税増税先送りはアベノミクスの失敗隠し」というスローガンさえ唱えられなかったボンクラ野党

結果的に、自民党の大勝利。当たり前である。事実上の減税を確約して負ける政権などありえない。議席を減らしたことを「負けじゃないか」と揶揄する人もいるが、少しばかり減らしたって、景気の先行きに大きな不安を抱えている安倍政権にとっては、「財務省からも野党からもしばらく手足を縛られることがない」大勝利といっていい。皮肉にも、事実上の消費税減税を確約した与党と、消費税増税に対して明確な反対を打ちだしている共産党だけが勝利したという構図。余談ではあるが、与党と共産党が、ほぼ同じ政策目標を掲げて闘った選挙なんて今まであっただろうか。

安倍首相が、選挙序盤から「アベノミクスの是非を問う選挙だ」といったのは、半ば本気だったと思う。内閣府による景況判断はGDPなどと同じく公表事項。もちろん秘密保護法などとは無関係で、政権が圧力をかけて公表を中止できるようなシロモノではない。ほぼ自動的に計算され、ほぼ自動的に公表されるものだから、内閣府職員の主観さえ入らない。

こうした景況判断を見た首相は、おそらく「野党はアベノミクスの失敗を突いてくるだろう」と判断したに違いない。ご本人も「ヤベー、オレノミクスって、 ひょっとしたら失敗するかもよ」という気分になり、消費税増税の先送りを決意したのだ。その上で安倍ちゃんは「アベノミクスが正しいか間違っているか、国民に判断を任せましょう」と見栄を切って見せた。これはかなりの正攻法で、野党に対して「来るなら来て見やがれ」といったのと同じ。

ところが、である。野党は選挙態勢を整えるだけで精一杯という体たらく。まともに候補を立てられたのは共産党だけ。なんとも情けないというか、これではとても闘えない。「消費税増税先送りはアベノミクスの失敗隠し」という効果的なスローガンさえ唱えられなかった。デテールにこだわるアベノミクス批判はあったが、内閣府の景況判断をもとに「これって、失敗じゃないか」と批判した野党など皆無に近かった。「安倍ちゃんの戦術勝ち」といえばそれまでだが、野党にもあった「勝機」をみすみす逃したのである。

3.「憲法改正」どころではない安倍政権

で、もっともっと情けないのは、選挙中も選挙後も「日本を戦争のできる国にしてはならない」などという主張が、安倍政権批判の「目玉」となっているところである。共産党ならまだしも、民主党あたりにも「戦争をする日本にしていいんですか」的な安倍批判を繰り返す人がいる。ぼくの最も尊敬する批評家・文筆家の中にも、こうした主張を今も続けている人がいるんだから、いやんなっちゃう。おまけに、「安倍のような二流大学卒でも首相が務まる日本政治の低級さ」みたいな、呆れるような批判まで続出した。

今、大切なのはそうしたレベルの問題ではない。安倍政権が、どのような政策を打ちだして、アベノミクスにとってネガティブな環境を克服しようとしているのか、しっかり見極めることだ。来年の今頃、今と同じような経済情勢が続いていたら「アベノミクスは失敗」である。もう取り繕う手段はあまり残されていない。実のところ、アベノミクスは瀬戸際に追いつめられているのだから、安倍政権はもはや「憲法改正」どころではない。

安倍政権にとって幸いなのは、原油価格の大幅下落である。この原油価格が続く限りアベノミクスの失敗は露わにはならないが、景気を上向きにすると同時に、地方や中低所得者層にまで配慮した所得再分配政策を実施しない限り、次期総選挙では「自民党大敗」ということもありうる。

多かれ少なかれ景気動向・経済動向を気にした、総選挙における有権者の判断を見て、「もうお金に拘るのは止めよう」と主張している識者もいたが、残念ながら人々はまだ「アベノミクスの果実」の分け前を求めている。「実がならなかった」ことがはっきりしないかぎり、「好戦的な安倍内閣」「拝金主義の自民党」という批判は効力を持たない、とぼくは思う。目下のところ、問題はやはり「経済にありき」だ。

syuugiinnsen2014

批評.COM  篠原章
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