高裁和解案を台無しにした国地方係争処理委員会の無責任

いわゆる「舛添問題」の影に隠れてあまり目立ちませんでしたが、6月17日、国地方係争処理委員会は、翁長沖縄県知事による「辺野古埋め立て承認取り消し」を撤回するよう、国が出した是正の指示について、違法かどうか判断しないと結論しました。国の指示の適法性・違法性を判断すべき同委員会が、判断を留保したのはきわめて異例ともいえる事態ですが、同委員会は「国と沖縄県は、普天間飛行場の返還という共通の目標の実現に向けて真摯に協議し、双方がそれぞれ納得できる結果を導き出す努力をすることが問題の解決に向けて最善の道だ」との見解を公表しています。

一見、「善意に基づいて中庸を選んだ」とも思える結論ですが、二つの点で大いに疑問があります。

  1. 国と沖縄県が、長年にわたって話し合いながら対立を解消できなかったからこそ、国が埋め立て承認取り消しの撤回を沖縄県に求め、これに承服できなかった沖縄県が国地方係争処理委員会に、国の指示の違法性について審査を申し出た、という経緯があります。適法性・違法性の判断を下すべき同委員会が判断を留保すれば、振り出しに戻ってしまいます。要するに、こじれた話し合いに決着をつける使命を負っているはずの同委員会が、本来の役割を果たさず、「お互いにもっと話し合って」とするだけでは、委員会としての責任を全うしているとはとてもいえません。
  2. 国と沖縄県の双方が受け入れた福岡高裁の和解条項(詳しくは2016年3月9日付記事「暫定和解案解説ー翁長知事の『敗北』を前提とした大団円が始まった」を参照)は、国地方係争処理委員会が適法性・違法性に関する判断を下すことを前提としています。違法性の判断がなされなかった以上、和解案は事実上否定されたことになります。高裁の想定した和解プロセスは崩壊したともいえます。同委員会の決定は、結果的に高裁による司法判断を妨害したことになります。

(2) の点について補足すると、国と県が受け入れた福岡高裁の暫定和解案(2016年3月4日)は以下のようなプロセスを示しています。

a. 国と県は、辺野古埋め立てをめぐって3月4日以前に提起した訴訟を取り下げる。
b.国は埋立工事を中止する。
c.国はあらためて、翁長知事に対して埋め立て承認取り消しを撤回するよう指示し直す。
d.沖縄県は、国の指示に不満があれば、国地方係争処理委員会に審査を申し出る。
e.国地方係争処理委員会が、国の指示が「適法」だと勧告した場合、沖縄県はその勧告から一週間以内に高裁に対して訴訟を起こし、裁判で国の指示の適法性・違法性をあらためて争う。
f.国地方係争処理委員会が、国の指示が「違法」だと勧告しても、国がその勧告に従わない場合、沖縄県はその勧告から一週間以内に高裁に対して訴訟を起こし、裁判で国の指示の適法性・違法性をあらためて争う。
g.裁判のあいだも国と県は、円満解決に向けて協議を行う。
h.判決が出たら、両者ともその判決に従い、判決後も判決の趣旨を尊重して相互に協力し合う。

上記プロセスのうち、aからdまでとgについては、予定通りにことが進んでいました。ところが、国地方係争処理委員会が、予想外の決定を下したため、e、f、hの3つのプロセスが宙に浮いてしまったのです。同委員会の決定は、gを再確認しただけに終わり、e、f、hの3つを台無しにしているのです。国地方係争処理委員会は「国と県との協議による決着が最善」と「善意」から結論を出したのかもしれませんが、高裁、国、県による協議を経て生まれた和解案を台無しにし、問題をいっそう混乱させるだけです。

国は、国地方係争処理委員会のこうした決定にもかかわらず、高裁和解案の枠組みはなお維持されているという立場で、沖縄県側に訴訟の提起を求めています(6月20日の菅官房長官の会見)。国が和解案を今も有効だと判断している背景には、国地方係争処理委員会の決定は、あくまでも「勧告」であってそれ自体に法的拘束力はなく、最終的な判断は裁判所に委ねられると考えているからでしょう。問題は、訴訟提起の主体が「沖縄県であって国ではない」という点です。

対する翁長知事は、国地方係争処理委員会の決定を受け入れ、「委員会の判断を尊重し、県と問題解決に向けた実質的な協議をしてほしい」(6月18日)と国に対して要望しました。つまり、同委員会の決定を尊重して、これ以上の提訴をやめ、「国と協議する」という姿勢を示したことになります。

しかしながら、和解案に従って(上記g)、現在でも国との協議は継続されています。つまり、国との協議の場はすでに設けられているのです。国地方係争処理委員会の意見をわざわざ尊重するまでもなく、予定通り高裁の和解案さえ尊重すればよいのです。和解案に示されたプロセスをいったん受け入れたはずの翁長知事が、そのプロセスを台無しにした国地方係争処理委員会の決定を優先し、和解案に示された「提訴」を行わないことは、今後、事態をよりいっそう紛糾させる可能性を示唆しています。

国地方係争処理委員会が、国の指示の適法性・違法性について判断しなかったため、「(翁長知事による)埋め立て承認取り消しを撤回せよ」という国の指示は、依然として「有効」ということになります。つまり、国はいつでも埋め立てを再開する権利を有しています。国は、一刻も早く問題を決着したいと考えていますから、沖縄県との協議の場で、「訴訟提起」を要請すると思われますが、翁長知事が要請を受け入れない場合、国は埋め立て作業を再開する可能性があります。なぜなら、埋め立て作業を再開しない限り、訴訟は提起されないからです。訴訟の主導権は、目下のところ、沖縄県側にあるのです。国が埋め立て作業を再開すれば、「沖縄は平和的な解決を望んでいるのに、国が強行突破した」という主張が繰り返されることになるでしょう。実態としては「沖縄県が高裁による和解案を無視したために、国は埋め立て作業を再開せざるをえない」のですが、おそらく主要メディアは、「弱者・沖縄」を強調するスタンスで報道するでしょう。やはり「日本政府VS沖縄県」という振り出しに戻るだけです。

今、求められるのは「高裁の和解案に沿った解決」です。国地方係争処理委員会の決定と翁長知事の対応は、事態をより錯綜させ、決着をいたずらに先延ばしするだけです。「日本政府VS沖縄県」という構図を強調して、普天間と辺野古を弄ぶ茶番劇に終着点は見えません。この茶番劇に「善意で」手を貸す人も絶えることなく現れています。国地方係争処理委員会もそのひとつです。何のための和解案だったのでしょうか。無責任にもほどがあります。

(参考)
【国と県の両者が受け入れた暫定和解案】(2016年3月4日)

  1. 当庁平成27年(行ケ)第3号事件原告(以下「原告」という。)は同事件を、同平成28年(行ケ)第1号事件原告(以下「被告」という。)は同事件をそれぞれ取り下げ、各事件の被告は同取下げに同意する。
  2. 利害関係人沖縄防衛局長(以下「利害関係人」という。)は、被告に対する行政不服審査法に基づく審査請求(平成27年10月13日付け沖防第4514号)及び執行停止申立て(同第4515号)を取り下げる。利害関係人は、埋立工事を直ちに中止する。
  3. 原告は被告に対し、本件の埋立承認取消に対する地方自治法245条の7所定の是正の指示をし、被告は、これに不服があれば指示があった日から1週間以内に同法250条の13第1項所定の国地方係争処理委員会への審査申出を行う。
  4. 原告と被告は、同委員会に対し、迅速な審理判断がされるよう上申するとともに、両者は、同委員会が迅速な審理判断を行えるよう全面的に協力する。
  5. 同委員会が是正の指示を違法でないと判断した場合に、被告に不服があれば、被告は、審査結果の通知があった日から1週間以内に同法251条の5第1項1号所定の是正の指示の取消訴訟を提起する。
  6. 同委員会が是正の指示が違法であると判断した場合に、その勧告に定められた期間内に原告が勧告に応じた措置を取らないときは、被告は、その期間が経過した日から1週間以内に同法251条の5第1項4号所定の是正の指示の取消訴訟を提起する。
  7. 原告と被告は、是正の指示の取消訴訟の受訴裁判所が迅速な審理判断を行えるよう全面的に協力する。
  8. 原告及び利害関係人と被告は、是正の指示の取消訴訟判決確定まで普天間飛行場の返還及び本件埋立事業に関する円満解決に向けた協議を行う。
  9. 原告及び利害関係人と被告は、是正の指示の取消訴訟判決確定後は、直ちに、同判決に従い、同主文及びそれを導く理由の趣旨に沿った手続を実施するとともに、その後も同趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する。
  10. 訴訟費用及び和解費用は各自の負担とする。

 

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批評.COM  篠原章
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