辺野古埋め立て承認撤回と損害賠償 — 翁長沖縄県知事は「名知事」か、それとも「迷知事」か
菅義偉官房長官が、「辺野古埋め立て承認撤回」を「力強く」すると発言した翁長雄志沖縄県知事に対して、3月27日午前の定例記者会見で「国家賠償法に基づく損害賠償請求を検討中」と述べたことが報道されています(3月27日付産経新聞「菅義偉官房長官「沖縄県知事への損害賠償請求あり得る」)。
国家賠償法には次のように規定されています。「第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。 2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」
国が知事を相手取って損害賠償を求めるのは異例の事態です。前例としては、佐賀商工共済協同組合の破綻処理をめぐり、佐賀県が井本勇・前佐賀県知事を相手取って、損害賠償を求めた訴訟がありますが(佐賀県の勝訴・賠償額4億9千万円」)、調べた限りでは、国が県知事個人に損害賠償を求めた例は見あたりません。
琉球新報、沖縄タイムスなどは「国が工事を強行するから損害が生じているのであって、翁長知事の責任を問うとは許せない」「翁長知事と沖縄県に対する恫喝だ」といった主張を展開しています。「権力の横暴」という議論です。が、菅官房長官の胸の内には、昨年12月に最高裁の判断が下された「辺野古埋立取消訴訟」(翁長知事の敗訴)に関わる司法上の約束を履行しないで、「埋立承認撤回」というあらたな行政処分に訴えた翁長知事に対するある種の憤りがあるのではないかと思います。翁長知事は2016年3月4日に福岡高裁那覇支部によって示された暫定和解案を受け入れましたが、その和解条項に定められた「義務」を履行していないのです。
その義務とは、「原告(国)及び利害関係人と被告(沖縄県)は、是正の指示の取消訴訟判決確定後は、直ちに、同判決に従い、同主文及びそれを導く理由の趣旨に沿った手続を実施するとともに、その後も同趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する」というものです。つまり、翁長知事による「埋立承認取消」が裁判で違法となった場合には(=翁長知事敗訴の場合には)、知事は国による埋立事業に協力すると誓っているのです。実際、埋立承認取消訴訟は、翁長知事の敗訴が確定しましたが(2016年12月20日)、知事はその後和解条項を無視し、「埋立阻止」に向かってさまざまな行政的手法を使おうとしています。
和解条項は司法的な「紳士協定」ですが、けっして無視して良いというものではなく、一定の「強制力」があるとされています。ただし、罰則規定はありませんから、無視しても告発されるわけではありませんが、条項が「履行すべき義務」の性格を帯びていることは間違いありません。翁長知事は「国との協力」という義務を放棄して、「埋立承認撤回」に踏み切るのですから、「きわめて悪質な司法軽視だ」といわれてもやむをえないでしょう。国から損害賠償訴訟が提起されれば、司法上の約束を違えている知事側の敗訴は濃厚です。翁長知事は数億円の損害賠償義務を負うことになり、給与や資産の差し押さえを受けることになりかねません。
ただ、「国が知事を直接訴えることが可能なのか?」というところに問題はあります。法的には可能かもしれませんが、実際の手続きとしては、
(1)国が沖縄県に対して損害賠償を要求する
(2)沖縄県が国に対して支払った賠償額を、翁長知事個人が負担するよう求める訴訟を起こす
という2段階のプロセスを経るのが常識的だからです。知事個人にいきなり損害賠償を求めても、支払い能力を理由に応じない可能性もあります。そうなると国民の被った損害が放置されたままになります。賠償を確実に賠償させるためには、まず県に賠償請求して支払ってもらう必要があります。
翁長知事個人への損害賠償が問題となるのはその次の段階です。沖縄県は、国への支払額について、翁長知事に対する損害賠償請求訴訟を起こすことになります。が、沖縄県は翁長知事に対する求償権を行使しない(訴えない)可能性もあります。この場合は、国家賠償法や地方自治法に基づき、住民が求償を求めて提訴する必要があります。最終的には住民訴訟になる可能性が高いということです。
おそらく翁長知事は個人的な損害賠償義務を負ってでも「国と闘う」と決心したのでしょう。「自分の懐を痛めても沖縄を守る」という姿勢を見せれば、県民の同情や尊敬を集めて次の選挙も有利に闘えます。数億円で知事に再選されるなら、けっして高い買い物とはいえません。
おまけに翁長知事は、賠償のための資金を調達することもできます。資金源が「辺野古基金など支援者からの寄付」になるか、「金秀、かりゆしグループからの寄付」になるのかはわかりませんが、支援者は翁長知事を強力にバックアップするでしょう。ただ、資金調達の方法によっては、その合法性・適法性が問われることになります。つまり、その後も訴訟が続く可能性もあるということです。翁長知事は、生涯、訴訟を抱えて生きる道を選んだことになります。
一方で「埋立承認撤回」も、今後訴訟になることを忘れてはいけません。国は「翁長知事による承認撤回」を違法だとして訴えることになります。翁長知事は「民意の変化」を理由にこの撤回訴訟を闘うつもりでしょうが、民意は埋立の要件に入っていません。「地方自治の本旨」(自治権の最大限の尊重)や「県民の福祉」を盾に闘うつもりかもしれませんが、いったんは和解案を受け入れて、それを履行していないのですから、やはり埋立承認撤回訴訟も翁長知事にとって不利に進む可能性が高いと思います。したがって、結果的に辺野古移設作業は、遅れながらも予定に沿って進められることになります。
辺野古移設には数々の問題があることは事実ですが、20年以上にわたり遅々として進まなかった基地縮小を前に進めることがなによりも重要です。政府は「代替案はすべて検討した」という立場ですが、いったんは移設に合意した沖縄県側が具体的な代替案を示したことはなく、「県内移設反対」を唱えるだけです。翁長知事が事態を打開するには、具体的な代替案を示すほかありませんが、知事の行動をサポートする弁護士の猿田佐世氏が事務局長を務めるシンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」が2月27日に明らかにした辺野古代替案についても、知事はとくに言及していません。もっとも、この代替案も、沖縄海兵隊の主力となる戦闘部隊・31MEUの移設先が「未定」とされているなど、けっして十分な代替案とはいえませんが、県が代替案について政府と協議する際のたたき台にはなります。が、そうした動きは今のところ出ていません。翁長知事は「政府が代替案を示すべき」といいますが、「沖縄県とは辺野古移設について合意済み」とする政府が今後代替案を示す可能性はまったくありません。であるなら、民進党、共産党などを動かして、野党による「辺野古移設代替案」をあらたに提案させてもよさそうなものですが、そうした動きも一切ありません。「反対だから取り下げろ」の一点張りでは事態を膠着させるだけですが、そのことをわかっていて「反対」だけを唱え続けるのは、他力本願の誹りを免れませんし、「事態の膠着」を望んでいるととられてもやむをえません。勝ち目のない訴訟浸けという迷路に、県民を放り込んでいるだけです。
もっとも、訴訟に負け続けて体面を失っても、翁長知事は「国と闘った偉人」として沖縄県の歴史に名を残すかもしれません。そうなれば実に目出度いことですが、「辺野古移設を阻止できなかった知事」または「あらゆる違法な手段を駆使して知事の座を守った政治家」として歴史に名を残す可能性もあるといわなければフェアとはいえないでしょう。「沖縄VS日本」という不毛な構図を下敷きにした政治的パフォーマンスが、果たして県民と国民に幸福をもたらすといえるのでしょうか。