「民主派」「親中派」の対立による香港の分断は深刻なのか?

『日経ビジネスWeb版』に掲載されている、香港中文大学大学院博士課程に在学中の日本人、石井大智さんによる現状報告が有益だ。報道などからは得られない情報や視点が得られるからだ。

  1. 今、香港中文大学で起きていること〜日本人研究者が学内から緊急報告
  2. 続報:香港の大学で何が起きているのか〜日本人研究者の緊急報告
  3. 第3報:香港デモは区議選挙でどう変わる〜日本人研究者の緊急報告
  4. 第4報:香港デモが生んだ「分断」と「包摂」〜日本人研究者の報告

しかしながら、11月29日に掲載された連載4回目の〈香港民主化が生んだ「分断」と「包摂」〉という記事での石井さんの主張にはあまり同意できなかった。

区議選では、香港のいわゆる「民主派」が区議選で圧勝し、議席配分率は民主派85.2%(452議席)と建制派=親中派13.1%(59議席)という結果を得た。ところが、得票率はそれぞれ56.7%と41.7%という数値を示しており、親中派の「民意」は無視できない大きさであることもわかった。

石井さんは、民主派と親中派の二つの民意を取り上げ、香港市民の分断が深まっているという。そうした分断はふつうにありうることだが、生活やビジネスといった非政治的な場面での排除や差別にまで発展しなければ「分断の深まり」とはいいにくい。もちろん、対立が深刻化し、暴力行為や差別にまで進んだ事例もあるだろうが、法や倫理に則って、社会全体がこれを許さないという覚悟を示すことができればあまり畏れることではない。

が、石井さんはいう。

〈分断が可視化されているうちはまだマシなのかもしれない。最近は、人間関係の悪化を恐れて、抗議活動や政治について話すのをやめる人や、職場でそういう話をしてはいけないと上司に言われたという話をよく聞く〉

〈私は、このように分断が隠されるようになると、実は分断はさらに進むのではないかと感じている〉

〈意見の異なる人が対話を避けるようになれば、互いの言い分がさらに理解できなくなる。これが現在、香港の人たちの分断が深刻化する構造の一つなのではないかと感じる〉

要するに、異なる意見を持つ市民同士が表だった議論を避け、分断を覆い隠すような行動をとると、その裏側で対立や差別が深刻化するというのが石井さんの見方だ。

ぼくは「隠すことができる程度の分断なら問題なし」だと思う。むしろ、意見の対立を露わにしながら感情的になると、収拾のつかない暴力や差別が生まれやすい。誰もが冷静に議論できるとは限らないからだ。

「分断を隠すことでフラストレーションが蓄積され、それがいつか一気に爆発したら怖ろしい」というのが石井さんの見方なのかもしれないが、指導者や識者、新聞・テレビなどのメディアは、暴力や差別が蔓延しないよう警告を発する姿勢を保ちつづける責任がある。暴力や差別の勃発は、社会全体の「理性」が満足に機能しないときに起こる。とくに経済的に逼迫したとき、機能不全が起こりやすい。「議論が白熱し分断される」という現象はあり得るだろうが、背景にはやはり「経済あり」だと思う。

また、見かけ上の分断に捕らわれていると火傷することもある。香港の人口は740万人。投票の登録者は413万人。この413万人の約7割290万人が投票したが、未成年者も含めると香港市民の4割が意思表明したにすぎない。しかも民主派に投票したのはうち5割強だから160数万人であり、香港市民のわずかに2割強だ。

区議選は民意の一つのバロメーターではあるが、投票に行かなかった人、投票登録をしなかった人の合計のほうが明らかに多数派で、おそらくその多くが投票に無関心であるか(「どっちでもいい」)、「長いものに巻かれる」という判断だったのではないかと思う。

最終的には、投票に積極的な関心を示さなかった多数派が、今後どう行動するかも含めて考えるべきだろう。この方向で事態を観察すると、「判断の2極化(分断)」へのこだわりはかえって危険だと思う。むしろ「分断」は識者やメディアの姿勢によって生みだされるというのがぼくの判断だ。つまり、市民の分断は、リーダーや識者やメディアが分断を過剰に強調することで生みだされる。

いずれにせよ、「香港の民主主義」(民主派のいう「民主化」とはちょっと違う)は今始まったばかりで、まだまだ山あり谷あり、相応の時間がかかるだろう。事を急げば、民主主義の芽はたちまち摘まれてしまう。「民主化」のリーダーたちには、あらゆる事態を想定した「戦略」が必須だと思う。もちろん、彼らの特長ともいえる「明確なリーダーシップの欠如」という点も、今後は改めなければならないだろう。

批評.COM  篠原章
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