「特措法」だけでは乗り越えられない経済的危機

「パンデミック」への恐怖で迷走する世界経済

「政府は生ぬるい」といっていた人が、政府が対策を強化すると今度は「政府は拙速だ、やりすぎだ」という。なんだかわけがわからないことになっているが、「何がダメで何がイイか」という判断がつきにくくなっていることは確かだ。政府も、政府を批判する人も、もっと視野を広げて議論しないと大やけどをする段階に入っている。

私は「大騒ぎは禁物」派だが、FRBが緊急利下げを決めたにもかかわらず、NY市場のダウが前日比785ドル91セント(2.94%)となった。今後しばらく市場は不安定になるだろうが、アメリカにおける感染者増加に歯止めがかからなければ、投資家のリスク回避の姿勢が高まり、「大騒ぎ状態」(暴落)が現出する可能性もある。

加えて、米国が「日本人入国禁止」を決め、「日本が感染源」という印象が広まれば、たちまち「右へ倣え」の国々が続出し、日本経済はとくに大きな打撃を受けるだろう。「パンデミック」への過剰な恐怖感が世界経済を迷走させているこのような時期に、人々に向かって「平常心を取りもどせ」などといいつづけても焼け石に水だ。

予想を超える経済的打撃

特措法は3月12日に衆院を通過することが決まったが、危機的状態に陥りそうな日本経済に対する危機感をどの程度反映したものになるかは不透明だ。「こいつな大変なことだが、そんなに大変ではないかもよ」という矛盾を抱えた法律になるかもしれない。いずれにせよ、新型肺炎克服を目的とした特措法だけで、予想される深刻な経済的危機を乗り越えられるとは思えない。

現状を見ると、すでにホテル観光業界はパニックに近い状態だが、政府の休校要請・イベント自粛要請が発動されたことで局面は一変し、「小学校が休校になると労働力が逼迫する」「給食業者や農家が打撃を受ける」「イベントが自粛されると関連業界が窮する」といったレベルの危機感では対応できない状況が生まれつつある。

防疫対策が功を奏し、「アビガン」など既存薬や新規の薬品に大きな効果が認められたとしても、投薬や治療が軌道に乗るまでさらにひと月やふた月かかるだろう。

その間、企業業績は想定以上に低迷し、景気後退が深刻化することは確実である。

街に人出がない分、消費マインドの悪化は従来になく厳しい。正常な消費活動とはいえない状態だ。すでに、ホテル旅館業界、百貨店業界、飲食業界、小売業界、観光業界などでは、非正規雇用者の雇い止めが頻発しつつある。まもなく正規雇用者にも影響が及ぶ。政府の融資を受ける前に倒産する中小零細企業も少なくないはずだ。

本来最終消費財やサービスを供給する業界とは直接無関係な企業にも影響は出ており、新製品・新商品・新サービスの投入を見合わせているところも多い。新規事業計画や事業拡張計画は次々に延期または中止になる。そうなれば「仕事」はさらに減る。出社の見合わせが推奨されている現況では、新規採用・中途採用も中止または延期になるだろう。

米国など主要国が入国禁止措置をとれば、衝撃はさらに広がる。新規の契約や事業の開拓、商品の開発も停滞する。国際物流にも影響は及んで貿易量は縮小するだろう。貿易縮小は金融の萎縮ももたらすから、産業全体が想像以上に打撃を受ける可能性は否定できない。

もっと怖ろしいのは、日本に対する海外金融資本のリスク評価が高まった場合だ。他国からの投資資金が多量に引き上げられる事態も予想できる。そうなると金融市場のみならず不動産市場にも大きな混乱がもたらされる。地域によっては不動産価格の暴落も覚悟しなければならない。

観光産業に軸足を置いた沖縄のような地域では、投資元がインバウンドの回復まで時間がかかると判断して投資計画を見直し、資金を引き揚げた途端不動産市況は悪化する。ホテルや観光施設、大型マンションの建設計画が中止に追いこまれるだけではなく、建設中のまま放置される施設も出てくる。

「コロナ制圧後」も残る不安

少なくとも向こう2〜3か月、日本経済も世界経済も大きく足踏みする。どの国にもマスクやトイレットペーパーを買い占める不埒な輩が山ほどいるから、デマひとつで不測の事態も起こりうる。強力な防疫対策が実施されるその2〜3か月を持ちこたえられない企業は、市場から退出せざるえない。今も開店休業に追いこまれている企業もあるが、長引けば長引くほど倒産が増えることになる。

数か月後に新型肺炎を制圧できたとしても、景気がただちに回復するとは思えない。

政治的には事態を混乱させた「犯人捜し」が続くだけでなく、各国の出入国規制も即座に解除されるとは限らない。防疫対策・補償対策と景気後退を受けて予算も再編成するほかなく、企業の経営計画も大幅な見直しを迫られる。「原状回復」は思ったより遅いスピードで進むことになるだろう。回復には1年ほどかかるかもしれない。大企業・中堅企業のなかにも、揺らぎつづける1年を持ちこたえらないところも出てくるはずだ。

必要な政策全般の見直し

政府は、こうした事態まで想定して、新型肺炎を克服するための医療保健政策や一時的損失の補償政策などを盛りこんだ特措法だけに注力するのではなく、財政金融政策・産業政策・雇用労働政策全般を幅広く見直さないといけない。冷え込んで回復しにくい消費マインドを刺激するため、消費税など税制への介入も選択肢として排除すべきではないだろう。

産業構造の強化再編による競争力の回復、国民負担(税+社会保険料)の一時的な減税減額、中小企業や非正規労働者だけでなく自営業者も含む幅広い自立支援措置、防災政策、国境管理政策、安保政策の見直しなど幅広い政策改訂と政策体系のバージョンアップが必要だ。

疲れの見え始めた今の内閣には大きな試練だが、こういうときだからこそ広く門戸を広げて、志しと能力を備えた人材を積極的に活用しながら、できるだけ迅速に打たれ強い政策体系を確立すべきだと思う。

批評.COM  篠原章
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