消費税並みに国民負担を増やす「公務員定年延長法案」 の是非 (下)全2回

(承前)

定年延長法案の見直しは「公務員たたき」か?

もちろん、定年延長に伴い、公務員新規採用の抑制、公務員定数のさらなる削減、給与水準の民間基準に合わせた調整(減額)が行われれば、負担はこれほど増えない可能性もある。だが、「人口減少・少子高齢化に合わせた人材の確保」、「支給開始年齢の上がりつつある年金制度(および医療保健制度)を維持するための財源確保(公務員による社会保険料支払い増額)」、「民間企業に対する定年延長の誘導策」、という定年延長の目標からすれば、公務員への給与支払総額は増えることはあっても減ることはないと思う。つまり、定年延長は国民あるいは納税者の負担増を確実に生みだす措置だといえる。
 
ところが、国会の議論やメディアの論調を見るかぎり、国民負担増という観点から定年延長問題を議論した形跡はほとんどない。国民負担の増加が生ずる可能性が高いのに、野党も消費税増税時のような「反対」を意思表示をしていない。それどころか、公務員の労働組合である国公労や自治労を支持母体とする立憲民主党に至っては、公務員の定年延長を推進する側にいる。前出の安住氏に至っては、国民の負担増をめぐる議論が「公務員たたき」だという。立民はいったい誰の味方なのだろう?

コロナ禍で明らかになった行政の欠陥

公務員の定年延長がダメだといっているのではない。国民の負担が増えてもそれを上回る利益・メリットがもたらされるなら、法案を受け入れることもできよう。ところが、コロナ禍のなかで明らかになったとおり、わが国の行政は欠陥だらけだ。IT化とは名ばかり、というよりIT化が聞いて呆れるようなマイナンバー制度とe-tax制度、破綻寸前の保健医療行政などを知るにつけ、その思いは日増しに強まっている。
 
行政の実態がこのような状況では、国民の負担増をもたらす「定年延長」を認めることなどできない。安倍首相は久々にまともな決断(定年延長法案の廃案)をしたと思うが、首相自身が行政の体たらくをどこまで把握しいているかきわめて怪しい。
 
たしかにコロナウイルスのようなパンデミックは初めての経験なので、政権や行政が後手後手に回るのはある程度理解できる。が、なかにはコロナウイルスのおかげで明るみに出た根本的な欠陥もある(こうした欠陥は、コロナウイルスが発生しなければおそらく頬被りされただろう)。
 
コロナ禍で判明した行政の根本的欠陥については、稿をあらためて詳述したいが、ここでは差し当たり「マイナンバー制度」の目を覆いたくなるような欠陥だけ指摘しておきたい。
 

敷居の高いウェブ申請—障害だらけのマイナンバー制度

安倍首相は、特別定額給付金(国民1人当たり10万円)の申請はネットで簡単にできると発言したが、正直いって罪作りな発言だった。簡単にできる国民はおそらく10%もいないはずである。なぜならマイナンバーカードを保有していなければ申請できないからだ。ところが、マイナンバーカードを保有している国民は2000万人前後しかいない。
 
しかも、マイナンバーカードを保有しているだけでは給付金の申請はできない。「マイナポータル」という政府の運営するサイトに登録しなければならないからだ。マイナポータルに登録するためには、マイナンバーカード対応のスマホを使うか、マイナンバーカード対応のPC用カードリーダー&ライターを使う必要がある。ただし、申請を滞りなく行うためには機能や画面サイズ面で限定されているスマホでは誤入力する可能性が高く、より確実に申請するためには、マイナンバーカード対応のPC用カードリーダー&ライターを購入してPCで作業しなければならない。
 

マイナンバーカードを用いて給付金を申請しようとすると出てくるメッセージ

 
ところが、マイナンバーカード対応のPC用カードリーダー&ライターを持っている人は少数だ。しかも現在は売り切れである。一部にネットで購入できる店舗もあるが本来の価格の何倍もする。2月まで価格は3000円程度で推移していたが、いまわずかに在庫のある店舗で購入しようとしても、その価格は数万円である。いずれにせよ、マイナンバーカードの発行枚数(約2000万枚)に対応できるだけのカードリーダー&ライターは生産されていない。
 
つまり、2000万人のマイナンバーカード保有者のうち、ミスなく申請できるカードリーダー&ライターの保有者はせいぜい数百万人だ。他はスマホでの申請である。それも対応するスマホを持っていて、かつ必要なアプリをきちんとインストールできていることが条件だ。各自治体への申請はミスだらけで確認作業に膨大な人員と時間を割かなければならない状態になっているところを見ると、そのミスの多くはスマホ由来のものだろう。しかも、対応するスマホを持っている人のなかには、アプリのインストールができなかった人も多いはずだ。マイナンバーカードをスマホやPCに読み取らせる作業のなかで、登録した暗証番号を忘れていて断念した人も少なくないと聞く。
 
要するにマイナンバーカードでの申請は、カードを持っている人でさえ、多くの障害を乗り越えなければならないのである。こんなしちめんどくさいシステムだと皆が知っていれば、システム自体の改善はコロナ禍以前になされていたはずだが、国民の大多数がこのカードを持っておらず、無関心だったため、改善の途はふさがれしまったのである。
 
そもそも政治家、メディア、識者で、マイナンバー制度を活用した行政手続きを試みた人々が何人いるだろうか。確定申告すら人任せなら、マイナンバー制度に触れることもなかったはずだ。私の知るかぎり、今回のコロナ渦で持続化給付金の申請を試みた政治家は国民民主党の玉木雄一郎代表(財務省出身)だけだが、その玉木氏もマイナンバー制度の欠陥にはまだ十分気づいていないと思う。
 
あらためて指摘する予定だが、行政の欠陥はまだまだある。こうした欠陥だらけの制度を放置して「公務員の定年延長」を決めるなどやはり論外だ。人員の配置、仕事の内容、行政全体の効率化を図った上で、あらためて定年延長を議論すべきだと思う。ITひとつ満足に活用できない行政に、国民の負担増を伴う可能性のある定年延長を唱える資格などないのである。公務員の定年延長は根本から見直すべきだ。(了)
批評.COM  篠原章
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