NHK『毛沢東の遺産 激論・二極化する中国』

ひねくれ者のぼくでも「NHKはスゴイ」と思うことがあります。ときどきとんでもない「問題作」をさりげなく制作・放映してしまうからです。1月19日に放映されたドキュメンタリー『毛沢東の遺産 激論・二極化する中国』も大問題作でした。

表向きのテーマは「今中国では親毛沢東派と反毛沢東派が激しく対立している」というものでしたが、両派とも「反体制派」という点で実のところ変わりなく、 番組からは「中国の支配体制がいかに矛盾だらけか」という意図が強く感じられました。簡単にいえば「反体制派」への共感を禁じ得ない内容のドキュメンタ リーです。こんなモノをつくったら、NHKは中国から追い出されるのではないか、顔出しで出演した市民たちは、これから激しく弾圧されるのではないか、と心配になったほどです。

親毛沢東派は、毛時代を懐かしむ高齢者が中心です。しかも、彼らは経済成長から取り残された貧困層。現中国指導部の腐敗を厳しい言葉で糾弾する一方で、毛沢東がいかに一般大衆を大切にしたかを熱心に説いています。彼らは、毛沢東の復権・毛思想の復活を心から望んでいるのです。

反毛沢東派は、「経済政策失敗の責任を官僚に転嫁するために若者を煽って文化大革命を起こし、数千万の人びとを虐殺した」と声高に毛沢東を批判します。毛思想も総括できないのに、「現指導部は民主主義を弾圧し利権を貪っている」と激しく非難します。毛思想からの完全なる訣別と腐敗の撲滅を要求しているのです。

両派の議論が、「サロン」と呼ばれる私設集会所のような場所で行われているというところにも惹かれました。彼らは口角泡を飛ばして議論しますが、激しくやりあったのに「決裂」に終わらないのです。次の機会にもまた懲りずに集まってきて、再び激しく議論します。議論自体を有意義だと考えているのでしょう。中国にもれっきとした「民主主義」が機能している証拠です。アンダーグラウンドでマイナーな民主主義ではありますが、正直いって驚き、そして心強く感じまし た。毛派も反毛派も命をかけて議論しています。彼らは明日にも逮捕・投獄されるかもしれないのです。サロンでの討論を見て、このような議論の場を欠いている日本の公論の現状も不安になってきましたが。

番組は、昨年11月に開かれた「中国共産党第18次全国代表会議」における胡錦濤主席の演説をめぐるサロンの議論の模様を放映して終わります。サロンには、現指導体制に対する失望感と不信感が渦巻いていました。

「我々は断固として中国の特色ある社会主義の道に沿って前進し、閉鎖的な“古い道”も党の色を変える“邪な道”も歩まない」(胡錦濤主席演説/NHK訳)

現指導部は、親毛沢東派が求める「古い道=毛沢東思想」も反毛沢東派が求める「邪な道=西欧型民主主義」も選ばないと宣言したのです。よくいえば「中庸」ですが、共産党エリートやその子弟・親族が支配する体制、つまり一握りのひとびとが独裁的に支配する階層・格差温存体制は揺るがないということです。「資本主義」も「民主主義」も人口のせいぜい1〜2割の人びとの専有物という体制に変化はないということです。新しい指導者となる習近平副主席 も、「太子党」といわれる世襲幹部層の代表ですから、政治的・経済的階層関係の固定化を喜ぶ中国のエスタブリッシュメントの一員です。エスタブリッシュメントの利益を最大限にするプロセスで、利権をめぐる派閥間抗争は今後も続くでしょうが、エスタブリッシュメントそのものは総体として「安泰」でしょう。

しかし、こんなことは長くは続きません。サロンでの議論を見ていると、まるで「革命前夜」のように思われてきます。毛派にとっても反毛派とっても、「自由に議論できない格差社会・官僚独裁社会」が革命の標的です。ひょっとしたら、中国共産党(毛派)と中国国民党(蒋介石)の国共合作に似たような展開が起これば、中国は大きく変化する可能性もあります。毛沢東派が、毛沢東や毛思想をただ盲目的に信じている限り、反毛沢東派との完全なる協調はありえないでしょうが、毛沢東や毛思想を乗り越えて、貧困層をまとめあげるような理念と行動力を示すことのできる指導者が登場すれば、そしてその指導者と協調できる民主派の指導者が登場すれば、中国はほんとうのホンモノになるでしょう。ただ、両派とも中国現指導部にとっては厄介な反体制派ですから、公然・非公然問わず、政治的弾圧も繰り返されることも必定。他国の出来事ながら、目を離せません。

 mao01

批評.COM  篠原章
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket