追悼・火野正平 ぼくを救ってくれた『にっぽん縦断こころ旅』
火野正平にはとても救われた。
2011年初春、長年勤めた大学を追われて生活が激変した。
当て所なく彷徨うような、高齢の母とのふたり暮らしが始まり、「さて、どうしたものか」と逡巡しながら、ただただ漫然とテレビの画面に向き合う日々のなかで、その年の春に放送が始まった『にっぽん縦断こころ旅』(NHK・BS)に出会った。
最初は「好きでもない火野正平の顔を毎日見るのはちょっと嫌だな」と感じたが、画面を見ているうちに火野正平の人との距離感が素晴らしいことに気づいた。
鶴瓶のようにベタベタするのでもない、タモリのように突き放すのでもない、火野正平はけっしてベタベタはしないが、けっして突き放すこともない。ほどほどの距離感を保ちながら視聴者の想い出を淡々とたどっていた。上り坂ではゼーゼーと息苦しそうにペダルを踏みながら、下り坂では「人生、下り坂がサイコー」と楽しそうに叫びながら。美人や美少女を見つけると自ら近づいていく、いかにも火野正平らしい一齣も楽しみのひとつとなった。この番組の、ペロッグ音階をヘンチクリンに使った池田綾子が歌うテーマソング「こころたび」(作詞・池田綾子/作曲・平井真美子)も大好きになってしまった。
視聴者からの手紙(想い出の場所)には、それぞれの人生の浮き沈みや喜怒哀楽が驚くほど素直にこめられていたが、自転車の漕ぎ手が火野正平でなければ、そんな正直な手紙をみな書き送ったりしなかったと思う。
ホントに何の変哲もない、ニッポンの風景が繰り返し出てくるところもよかった。特別な場所でもないのに特別に見えてしまう。たんなる田舎道にすぎないところを走っているのに、人々の人生が、火野正平の「はぁはぁぜぃぜい」という息づかいとともに、リアルに伝わってきた。みんな頑張って、どうにかこうにか生きているんだ!道端の草花や昆虫、動物たちと戯れる火野正平の生き物に対するやさしさも愛おしかった。
火野正平のこの番組がなければ、ぼくは自分の「人生の一大事」を乗り切れなかったと思うし、「人間不信」も、もっと深まっていたと思う。
ありがとう。正平さん。永遠に。