沖縄だけは特別扱いしてほしいのだ!

FBフレンドでもあるNさんから、沖縄のある有名ミュージシャンが、半ば引退して生活保護を受けているらしい、という話を聞いた。ぼくのもっとも敬愛するミュージシャンの一人だったから、そのことはずっと心に引っかかっている。

東京や大阪で活躍していた名のあるミュージシャンのなかにも、少なからず生活保護を受けている人はいる。なかには「あんなに有名な人が…」と驚かされるケースもある。

考えてみれば、ほとんどのミュージシャンは小規模零細事業者・個人事業主で、年金といっても基礎年金ぐらいしか手にできない。十分な蓄えがないかぎり、仕事がなくなれば生活できない。人気のあるとき蓄えたお金で事業を始めた人もいるが、その多くは飲食店かプロダクションで、流行り廃りの激しいこうした世界で生き残るのはたいへんだなと思う。

「明日は我が身」だから人のことを心配している場合でもないのだが、そういう話を聞くと軽くショックを受けると同時に、「生活保護手当だろうが、女性を騙してかすめとったお金だろうが、とにかくなんでもいいからお金を稼いで、このまましたたかに生き続けてほしい」と願う日々だ。

ぼくは沖縄という土地に今も惹かれているから、「本土から補助金をたっぷりむしりとって、沖縄にはしたたかに生きてほしい」と願うこともある。だが、それは叶わぬ願いだということもわかっている。

一個人を相手とする生活保護手当には限度がある。その人の寿命が来れば生活保護手当は不要になるからだ。だが、相手が「社会」(この場合はたぶんゲゼルシャフトか)の場合、「いのち」は原則無限である。死に絶えることがない。よほどの天変地異や核戦争(あるいは原発の過酷事故)でもないかぎり、社会は生き続ける。社会が生き続けるために「お金」が必要だということになれば、社会の支配層(指導者層)は一致団結して「お金」を求めつづけることになる。残念なことに、奄美・宮古・八重山には過酷な税を課す一方、中国や日本からの「補助金」を求めつづけた琉球・沖縄の歴史がそれを証明している。

沖縄の首長たちは公式に認めようとしないが、彼の社会は基地があることの代償として補助金など多額の公的資金を受け取っている。県民所得に占める割合は、他の46都道府県を圧倒している。その額は振興予算の3000億から4000億という金額を遥かに超え、約1兆円に達している(篠原の推計)。誰がなんといおうが、この事実は揺るがない。基地がなくなればまちがいなく補助金・公的資金はカットされる。沖縄が経済的に自立できないのは基地があるからだという人もいるが、それは正しくない。基地がなくなれば経済的に自立できるというのは幻覚みたいなものだ。幻覚ということばがわるければ「期待」でもいい。

「基地跡地に魅力的なショッピングモールをつくり、リゾートホテルを建てれば、高い経済効果が得られる」などという自治体や政治家の言い分など、画に描いた餅、嘘っぱちだ。複数の基地が返還されれば、巨大なショッピングモール、テーマパーク、リゾートホテルが次々できることになる。現在でも複数の巨大なショッピングモールがあり、リゾートホテルの数は飽和状態に近づきつつあるが、ショッピングモールやリゾートホテルは今後も増え続けることになる。ショッピングモールが2倍に増えれば、県民や観光客の消費額も2倍になるとでもいうのだろうか。年間600万の観光客が1000万になるとでもいうのだろうか。新しいショッピングモールやリゾートホテルができれば、古いショッピングモールやリゾートホテルは潰れる。その繰り返しが起こるにすぎない。沖縄の貧困は、たぶん放置され続ける。

沖縄からの補助金の要求は今後もつづくだろうが、基地がなくなれば、本土の納税者はそれを許さないだろう。あるいは沖縄と肩を並べるほど貧しい高知や宮崎や秋田や青森は黙っていないだろう。基地という大義名分がなくなれば、沖縄の特別扱いは終わりを告げる。沖縄を偏愛するぼくは、基地の存否には関係なく沖縄の補助金だけは特別扱いにしてほしいと願っている。その願いが「差別」と等価だということも承知した上で、本心ではそう願っている。だが、その願いが叶えられれることはないだろう。

沖縄の経済的破綻を回避するために基地を固定化せよ、などといっているのではない。遅かれ早かれ基地は縮小される。そのことにまちがいはない。もはや補助金には期待できない。補助金がカットされても、生き残れるような道を切り拓くほかないとぼくはいいたいのだ。オスプレイや米軍兵士の暴行事件、辺野古移設などに時間を裂き、力を注いでいる場合ではない、といっているだけだ。

基地反対派のリーダーたちに、この主張はなかなかわかってもらえない。というか、彼らは沖縄の未来をつくるために行動しているわけではない。実際には存在しなかった過去の「栄華」を夢想しながら出鱈目の理念を掲げ、既得権を守ろうとしているだけだ。彼らの中に、沖縄という社会を支配しようとする意思しか読み取れないぼくは間違っているのだろうか。

平成25年度沖縄振興予算概算要求について (内閣府沖縄担当部局)

平成25年度沖縄振興予算概算要求について (内閣府沖縄担当部局)

ご参考資料としてどうぞ
平成26年度沖縄振興予算概算要求について(内閣府沖縄担当部局)
平成27年度沖縄振興予算概算要求について(内閣府沖縄担当部局)

批評.COM  篠原章
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