守れなかったジュゴン—絶滅危惧種を絶滅させる日本の政治と社会

3月19日午後5時頃、今帰仁村運天漁港の沖合150メートルで、絶滅危惧種のジュゴンの死骸が発見された。各種報道を総合すると、この死骸は辺野古埋め立てのための環境アセスメントの際に防衛省が「個体B」と名付けたメスのジュゴンのものらしい。

率直にいってこのニュースはショックだった。というのも、近年の沖縄本島近海には、東海岸にオスの「個体A」、その子どもの「個体C」、西海岸に「個体C」の母親である「個体B」の合計三頭のジュゴンがわずかに確認されるのみだったからである〔「個体」という表現はいかにも無機的なので、以下ではパパジュゴン(A)、ママジュゴン(B)、チビジュゴン(C)としたい〕。パパジュゴンとチビジュゴンもしばらく確認されていないので、残念なことに、わが国のジュゴンの絶滅は秒読み段階に入っているとみてよいだろう。

ママジュゴンの死因はまだわからないので、研究者などの今後の解明作業を待つほかないが、ママジュゴンは10年近く前から古宇利島周辺を生息域としていたから、一昨年12月から本格化した辺野古埋め立て工事が直接の死因でないことはほぼ明らかだ。が、メディアやSNSをみると、「政府(安倍政権)がジュゴンを殺した」ともとれる論調が支配的である。

たとえば、沖縄タイムスは3月20日付けで「[ジュゴンが死んだ]なぜ守れなかったのか」と題する社説を掲載して、以下のように論じている。

(ジュゴンBが)最後に見られたのは今年1月8日。古宇利島周辺が主な生息域で、埋め立て土砂を積んだ運搬船が名護市の西側から東側に回る航路を取るため、影響が懸念されていた。

ジュゴンBは古宇利島を離れ、辺戸岬を回り、西海岸の安田沖に移動したことがある。日本自然保護協会も、運搬船が生息に影響を与えた可能性を指摘する。

(中略)ジュゴンBは何が原因で死んでしまったのか。政府は徹底調査し、明らかにしなければならない。

(中略)元知事(翁長雄志氏)の埋め立て承認の際、防衛省沖縄防衛局と交わした「留意事項」には、「ジュゴン等の保護対策の実施に万全を期す。実施状況を県および関係市町村に報告する」と明示している。順守しているのか説明してもらいたい。
元知事による埋め立て承認手続きを検証した第三者委員会は防衛局がジュゴンの食み跡を認識しながら「辺野古地域を恒常的には利用していない」と評価していることに対し、「当該水域の重要性や、ジュゴンの貴重性を理解しておらず問題がある」と指摘した。当時から環境保全への対応が不十分だったのである。

(沖縄タイムス 2019年3月20日)

「政府に責任なし」とはいわない。しかしながら、「ジュゴンの保護については一義的に政府に責任がある」ともいえない。なぜなら、政府(沖縄防衛局)がジュゴンの生息調査を含む環境影響評価書(環境アセスメント)を公表したのは2012年12月のことであり、この時点ですでに先の三頭のジュゴンしか確認されていなかったからである。親子関係にある三頭しか生息が確認されないなら、三頭を捕獲して保護し、DNA的に近いとされるフィリピンのジュゴンを借りだした上で人為的に繁殖させる対策を取るほかない。が、沖縄県やメディアの対応を精査しても、そうした方向性はまったく見えてこない。

1970年代にわずか数羽まで激減したトキの場合、新潟県が環境省のサポートを受けながら人工繁殖に努め、わずか数羽だったトキの数を100羽超まで殖やすことに成功している。本来なら、沖縄県が音頭をとって国の協力を取り付け、ジュゴンの保護・繁殖のための施策を打ちだすべきだが、翁長知事の前の仲井眞弘多知事時代にその動きが見られただけで、翁長氏が知事に就任して以降現在の玉城知事に至るまで、保護・繁殖のための施策が打ちだされたことはただの一度もない。沖縄のメディアからも、また日本自然保護協会など主要な環境保護団体からも、繁殖についての前向きな提言はいっさいない。彼らは一体となって「ジュゴンの生息域を奪うな」と政府の辺野古埋め立てを批判するが、もはや生息域云々の話などしている場合ではない。

今回も沖縄タイムスと日本自然保護協会は、「政府は埋め立てを止めてただちに生息調査せよ」と主張しているが、これらは無責任きわまりない発言である。政府に調査を迫るよりも先に、「ジュゴン保護」を謳い文句に「埋め立て反対」を唱える沖縄県に緊急の生息調査を要請すべきであり、ジュゴンを本気で守る気があるなら、直ちに保護・繁殖策を策定するよう提言すべきだ。埋め立てについては政府を批判しながら、ジュゴンの調査については政府に依存するなど他力本願も甚だしい。沖縄県自身が文化財保護条例(ジュゴンは天然記念物なので「文化財」として扱われる)、環境基本条例等を定めているのだから、こうした条例に則って、ジュゴンの生息域のみに拘るのではなく、それよりも緊急性の高い保護・繁殖のための具体的な政策を示す必要があった。

「それは政府の仕事だ」「やりたくとも資金がない」などたんなる言い訳にすぎない。新潟県(トキ)などの事例に見られるように、ジュゴンの保護については沖縄県が率先して乗り出し、国(文科省・環境省)からの人員的・予算的なサポートを受けた上で保護・繁殖プログラムを立案・実施するのが手順である。

翁長前知事、金秀グループの肝煎りで辺野古移設反対行動のために設立された「辺野古基金」は7億円もの資金を全国の個人や団体から集めているが、不思議なことに彼らが「辺野古の海の美しさの象徴」とするジュゴンの本格的な生息調査や保護策研究には一銭も使われていない。ジュゴンについては何よりも「保護・繁殖」が喫緊の課題であることは誰の目にも明らかだし、昨年12月の土砂投入が始まるずっと前から取り組めたはずの課題だった。「埋め立て反対」に注ぐ莫大なエネルギーと資金のほんの一部でもジュゴンのために使って、保護・繁殖プロジェクトを支援していれば、ママジュゴンの不幸な死も防げたかもしれないのである。

辺野古移設反対派は政府批判に終始するだけで、ジュゴンのためには何もしなかった。「辺野古埋め立てさえ止めればジュゴンは守れる」などといった主張はまったくの見当違いだ。

玉城デニー知事もこの「見当違い」を免れていない。3月19日付けの毎日新聞によると、19日午前、首相官邸を訪れて辺野古の土砂投入の中止を要諦した玉城知事と安倍首相のあいだには次のようなやり取りがあったという。

玉城氏が沖縄県今帰仁村でジュゴンの死骸が見つかったことを挙げ「死亡原因を究明する意味でも、土砂の投入をやめて話し合いの時間を作ってほしい」と求めたのに対し、首相はジュゴンの死を「非常に残念だ」と述べた。

(毎日新聞 2019年3月19日)

ジュゴンのことを本気で心配するなら、玉城知事は「辺野古埋め立てさえ止めればジュゴンは守れる」などという無責任な姿勢を示すのではなく、「沖縄県が捕獲して保護し、繁殖するので政府は協力してくれ」というべきだった。繰り返しいうが、もはやジュゴンの絶滅は秒読み段階に入っているのである。

本来ならジュゴンの生態や保護に詳しい水族館やジュゴン研究者が声を挙げて「捕獲・保護・繁殖」を提言すべきだが、そうした提言にもお目にかかったことはない。理由はきわめてシンプルである。「政治に巻き込まれたくないから」である。

ぼくは2016年春に『報道されない沖縄基地問題の真実』(別冊宝島2435号)という著書を出版しているが、本の製作過程で、唯一ジュゴンを飼育する鳥羽水族館にジュゴンの写真提供を依頼したことがある。ところが、「政治に巻き込まれたくない」との理由で拒否されたのである。研究者も同様の立場で、ある研究者からは「ジュゴンの保護・繁殖などを提言すれば、辺野古移設反対派から“お前は政府に味方するのか”と非難されかねない」という声を聞いた。かつて辺野古移設反対運動の関係者は「沖縄のジュゴンを捕獲して水族館などで保護・繁殖すれば、埋め立ての条件を整えることになる。政府はジュゴンの生息域に気遣うことなく埋め立てできるようになるからね。ジュゴンは辺野古近海にこそふさわしい生物だ」とぼくに語ったことがある。

これこそが彼らのいう「ジュゴンを守れ」の実態である。ジュゴンは辺野古移設反対運動に役に立つ動物と見なされているのだ。そのためには研究者の提言を妨害することさえ辞さない。まさに「希少生物の政治利用」である。保護・繁殖が始まったら「辺野古反対」の根拠が崩れかねない。もっといえば「ジュゴンの死は歓迎だ。なぜなら政府を追及できるからである。が、ジュゴンが殖えることは望まない。政府を利するだけだからである」という話になりかねない。反対運動のこうした姿勢に恐れをなしたのか、環境省も手をこまねいて見ているだけである。とんでもない「悪徳」だ。

ママジュゴンの死骸が見つかった今回の一件をめぐっては、「安倍がジュゴンを殺した」というSNS上の発信が大きく膨らんだ。ほとんど根拠のないこうした発信が拡散しても誰もフェイクとはいわないし、ファクト・チェックが大好きな沖縄タイムスも知らん顔だ。むしろそのフェイクを増幅するような社説さえ平気で書いている。

このままではけっしてジュゴンは守れない。事態は深刻だ。「ジュゴンを守れ」という反対運動には何も期待しない。が、少なくとも行政機関である沖縄県と政府には、「ジュゴンの保護」について実効的な政策を直ちに実施してもらいたいと願う。研究者にも勇気を振り絞って声を挙げてもらいたい。さもなくば、死んだママジュゴンが浮かばれないではないか。

 

批評.COM  篠原章
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