私信公開:「沖縄振興策」にかんするメモ(前篇)

時事問題や音楽、映画について、小著の共著者でジャーナリストのΟさんとメールで語り合うのがちょっとした日課になっている。

ここ数日のメールは沖縄振興策に関するやり取りだった。私信を公開するのはあまり好きではないが、今回のメールのやり取りは振興策にかんする自分の考え方をまとめるよい機会になったので、発信したメールに加筆して公開することにした。Οさんから受信したメールは公開しないので、わからないところは行間を読んで勝手に想像してください(笑)

2022年 あらたな沖縄振興策が始まる

Οさん、映画『小さな恋のうた』はまだ観ていませんが、これはたぶんΟさんの言う通りでしょうね。想像がつきます。「おじいおばあ」といったステレオタイプの沖縄観がベースにあるとすれば、時代を表す作品としては評価しにくいと思います。「おじいおばあ」の沖縄はユートピア、つまりどこにもない世界です。監督や作家の心のなかの世界です。

吉本興業の一連の問題については一言ありますが、長くなるので今回は(あくまでメモ的なものですが)振興策についてのみ触れたいと思います(振興策関連で吉本にちょっとだけ触れています)。

新しい沖縄振興計画(沖振法あるいは振興策)は2022年から実施されることになっています。現在、政府と沖縄県がこれまでの「総括」に取り組み始めたところだと思います。
では、その総括がきちんとなされているのかというと、「まったくなされていない」のが現状だと思います。過去の膨大な資料を読みこんで自己点検を行える態勢にはなっていません。読みこんだところで疲れてしまい、費用対効果という点検結果を、どうでもいいようなデータを使って形式的にまとめるだけで終わってしまいます。反省して前に進むという体制にはなっていないということです。

振興策はないほうがいい

ご承知のように、ぼくは「振興策はないほうがいい」と考えています。当初の目標だったインフラ整備のための役割は十分に発揮してきたと思いますが、インフラ整備が一巡した今、これまでと同じ振興策を続ける意味はあまりないと思います。沖縄経済は何を目指すのかという明確なビジョンの下に、費用と便益を推し量って便益のほうが高いと判断されたプロジェクトを効果的・効率的に実施してゆく枠組みさえあれば、「振興策」にこだわる必要はありません。沖縄だけ特別扱いする理由も見あたりません。振興策の現状は、基地政策の一環としての「アメ」(補助金)の性格が強く、沖縄の経済と社会の撹乱要因になっていると思います。「基地に反対すればするほど補助金が増える」ような構造をこのまま温存することで、返って「基地の縮小」が進まない状態に陥ってしまいます。

後述するように沖縄経済の最大の問題のひとつは資産格差です。ただ、その資産格差を生みだしたのは長年の所得格差です。低所得で貯蓄ができない家計が多いから、歳月を経るあいだに資産格差が広がっていったのです。解決のために誰でも思いつくいちばん簡単な方法は、景気のいい企業、金持ち、資産家からたっぷり税金を取って、それを低所得層に配分する方法ですが、金融のグローバル化が進んでいる現在、課税強化策をとれば、企業、おカネ、資産、金持ちは国内から国外に逃げだします。鶏がいなくなれば卵もなくなります。鶏を国内に留めて卵を産んでもらったほうがいい。税による所得再分配もある程度必要ですが、限度はあります。となると、経済水準の底上げを図って、全体の所得を増やすことになる。あるいは政府や自治体や企業が無駄に使っているお金を国民・県民に分ける方法もある。

成長の余地のある経済ならそれは比較的容易に達成できますが、今の日本は成長の余地が小さいから、四苦八苦している状況です。それでも「成長の余地」という点では、沖縄は日本のなかでかなりマシな方ですから、さらなる成長の余地をつくり、成長をもたらす方策をとれば、所得分配面でもポジティブな効果が出やすい。効果的な分配を妨げる制度や慣習を改善したり取り除いたりする措置も必要です。

「振興策廃止」を唱えるのは簡単なのですが、もはや政府と県が足並みを揃えて動きだしている以上、その動きを阻もうとするのは徒労です。10年の計画期間をふたつに分けて5年で中間的な見直しができるようにするのさえ難しいと思いますが、ぼくは「5年で見直し」という見直し条件付きの沖振法をとりあえず提案しようと思っています。

振興策と辺野古反対

「振興策廃止と辺野古反対とは裏表」だから、「篠原さんはもっと明確に辺野古反対を唱えるべきだ」というΟさんの主張はわかりますが、振興策の効果や地域経済への影響をある程度しっかり検証しないかぎり説得力は出てきません。「振興策と基地は無関係」というのが通説だからです。「沖縄対日本」という構図自体を無化することで振興策を見直し、基地縮小と照らし合わせながら適正化するほかないというのがぼくの考え方です。予算適正化のプロセスと基地削減のプロセスを統合するような方向づけが現実的だと思います。

またここ5年で沖縄の社会経済指標は劇的に改善しています。沖縄社会のダメダメさ加減を温存しつつ、数値だけ上がっているともいえますが、所得が底上げされたことで、DVや犯罪などネガティブなデータも目立たなくなりました。相変わらずのところも多々ありますが、所得格差も本土並みになっています。いまぼくが気になるのは資産格差です。

Οさんご指摘の「1000万円」というのは、貯蓄ではなく国税統計の申告所得のことだと思いますが、源泉所得の分布状況が不明なので、所得格差の深刻さは消費実態調査で調べるほかありません。サンプルが200ほどなので不十分ですが、消費実態調査以外に手がかりとなるものはありません。他の調査はもっとサンプル数が少ないからです。それによれば所得格差の深刻さはかなり改善されているのです(もう所得格差全国1位ではありません)。(続)

私信公開:「沖縄振興策」にかんするメモ(後篇)

 

批評.COM  篠原章
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