REVIEW: Yukihiro Takahashi with In Phase Live Tour レヴュー:高橋幸宏ライヴ2013

※パーソネルおよびセットリストは文末に掲載

YMOの本質

幸宏さんのことを考えると、いつも1979年春のアルファスタジオが想いだされる。たんなるノスタルジーというより、YMOの音楽が生みだされる現場に居合わせたあの若かりし日々の記憶が甦ってくるという意味だ。

当時のぼくは細野さんの弟子のようなことをやっていて、芝浦にあったスタジオに通い、部屋の隅にあったパイプ椅子に腰掛けて、無言でレコーディングを見物していた。師匠の細野さんは、いつも約束より遅れてやって来て、しかもスタジオ入後も昼寝することが多かったので、目の前でつねに動いているのは幸宏さんとマニピュレーターの松武秀樹さんだった。坂本龍一さんは、他のアーティストの録音やライヴのサポートで猛烈に忙しく、アルファのスタジオにやって来るのはかなり遅くなってからだった。

YMOをブレイクさせた名盤『ソリッド・ステート・ サヴァイヴァー』(79年)は、細野さんのコンセプトとアイデアを、幸宏さんのセンスが具体化し、坂本さんが仕上げを施したアルバムだとぼくは思っている。81年の『テクノデリック』以降、YMOは坂本さんのメディアに変化するが、本来のYMOは細野さんのコンセプトとアイデア+幸宏さんのセンスとパワーによって成り立っていたのである。坂本さんの技能と知識(+松武さんの技能)が二人をサポートしたことはたしかだが、なんだかんだいっても初期の YMOは先進的な“ロック・バンド”だったのだ。ロックの時代の真ん中を疾走してきた幸宏さんと細野さんがYMOの推進力だったことを、あらためて肝に銘じたいと思う。

震災後初のソロ『LIFE ANEW』の意義

長々と昔話を書いたのは、幸宏さんの最新作『LIFE ANEW』(2013年7月)を聴いて感動したからだ。

ロックなんてものにそもそも実体はない。にもかかわらず、ロック体験というものが心に深く刻まれていて、ぼくたちはその体験を再現する音楽に出会うとワクワクしてしまう。時代が引き戻されるというより、 もっと根源的なフィーリングだ。聴きながら頭に浮かんでくるのは楽器を抱えた若者たちの姿、8ビートにシンプルなコードで共振しあう想像力、紡ぎあう夢。そう、ロックとはバンドというスタイルで表現される偉大なるアマチュアリズムの世界なのだ。ロックを聴くとは、演奏者も聴き手も同じアマチュアリズムを共有すること。1950年代中庸以降のポップの歴史は、アマチュアリズムを土台に生みだされたサムシング・ニュー、ノヴェルティ、イノベーションの螺旋階段であり、ぼくたちはそれをロックと呼んで憚らない。ロックを厳密に定義することなどできないが、アマチュアリズムがプロフェッショナルを凌駕する瞬間こそがロックンロール、ということはできる。ぼくたちの不幸で幸福で厄介で愛おしい資本主義と民主主義の賜物というべきか。

アマチュアリズムが今ほど問われている時代はない、とぼくはかねがね思っているのだが、21世紀のこの時点におけるその音楽的な表現は、いったいどういうスタイルをとればいいのか、正直なところよくわからなかった。多様なアプローチがあるなかで、ロックの時代を経た日本人ジャズ・ミュージシャンが出した回答のひとつが大友良英による「あまちゃん」の音楽であり、その音楽の枠組みを与えた宮藤官九郎のポップカルチャー史観である。時代はいつもアマチュアによって切り拓かれる。それが20世紀以降の大衆音楽史の基軸である。宮藤さんの描く“アイドル”はまさに歴史を動かすアマチュアリズムを象徴する、とぼくは感激した。

そして、幸宏さんの出した回答が『LIFE ANEW』。このアルバムが震災後初のソロ作品ということはもっと強調してもいい。アマチュア時代への回帰そのもの。しかもその回帰は未来への羅針盤となっている。始めの一歩をやり直そうという思惑が見えてくる。優れたヴォーカリスト、繊細なドラマーでなければとても生みだせそうにない心地よい楽曲群。が、その根底には明らかに幸宏さんの「ロック体験」がある。そのロック体験を共有できるぼくたちは幸せだ(幸宏さんのロック体験・ポップ体験は『心に訊く音楽、心に効く音楽私的名曲ガイドブック (PHP新書・2012年) に詳しい)。

『心に訊く音楽、心に効く音楽』高橋幸宏

『心に訊く音楽、心に効く音楽』高橋幸宏

 

バンドとして楽しめる Takahashi with In Phase

『LIFE ANEW』の世界をライヴパフォーマンスによって再現しようというのが、今回のツアーの目的だ。堀江博久とゴンドウトモヒコというコア・メンバーに、高桑圭、ジェームス・イハ、鈴木俊治を加えた計5人のIn Phaseが目下の高橋幸宏バンド。ゲストは『LIFE ANEW』に「Ghost Behind My Back」を提供した LEO今井(ゴンドウトモヒコとの共作)。エレクトロ感は後退しているが、その代わりに前面に出るギター・サウンド。まさにロックじゃん。ショーアップを狙わない、ステージ上のフランクなパフォーマンスから伝わってくるのは超一級のアマチュアリズム。そういうことなんだよな。そういうこと。

アンコール2曲を含めて全18曲。『LIFE ANEW』のロックな楽曲が11曲(なぜか「Signs」だけが演奏されず)。「Another Door」「The Price To Pay」「Something In The Air」の3曲はいずれも80年代前半の楽曲。3曲ともピーター・バラカン作詞というのもおそらく偶然の一致ではないだろう。一部のファンには知られる名曲とはいえ、往時のカセットブック「TRA」収録の「Another Door」がオープニング。これにはちょっと恐れ入った。

往年のロック・スターがみな老いていく。老いてなおみな盛んだが、老いを感じさせない風格を保つのは、幸宏さん、細野さん、鈴木慶一さんぐらいか。3人とも偉大なるアマチュアリズムの時代を体現し、いまなおその進化形を追い求めている。おまけに若手ミュージシャンたちとのやり取りにも温もりがある。若手を利用するのでも媚びるのでもなく、彼らには若手とともに進化していこうという志を感ずる。その意味において若手とつねにフラットな関係だ。だからこそ彼らの風格は衰えない。

たとえば、幸宏さんはIn Phaseというバンドを“使って”いるのではなく、その一員としてステージの中央にいる。各メンバーも幸宏さんをリスペクトしながら、幸宏さんと同じバンドの一員であるという関係性を楽しんでいる。こういうフラットな関係が維持されているからこそ、幸宏さんの音楽は色褪せない。

このライヴで再現されている『LIFE ANEW』の場合、楽曲の大半は共作(7曲)か提供曲(3曲)。幸宏さん自身の単独の楽曲はわずか2曲だ。コラボという使い古しの言葉はそぐわないな。むしろリエゾンというべきか。お互いに橋を架けるように音楽を楽しんでいる。ステージ上のパフォーマンスからも、その楽しさは十分伝わってくる。おそらくそれは誰にでもできる芸当ではない。なぜなら、アマチュアからプロになり、プロからアマチュアに戻る道程を知る者でなければ、その域に達することができないからだ。

アンコール終了後。濃密な2時間を終えた幸宏さんはなんとも幸せそうだった。幸宏さんの幸せはぼくたちの幸せでもある。70になっても80になっても、ぼくたちはその幸せをかみしめたい。

パーソネルおよびセットリスト

<Pessonel>

in Phase : 高桑圭(B. & Vo.) 堀江博久(Key.& Vo.) ゴンドウトモヒコ(Euphonium etc.) James Iha(G. & Vo.) 鈴木俊治(G. & Vo.)
Guest : LEO今井(G)

<Set List>
1. Another Door from “TRA3” (Cassette Magazine 83)
2. Looking For Words from “LIFE ANEW”(13)
3. Time To Go from “LIFE ANEW”(13)
4. Last Summer from “LIFE ANEW”(13)
5. That’s Alright (It Will Be Alright) from “LIFE ANEW”(13)
6. The Old Friends Cottage from “LIFE ANEW”(13)
7. Ghost Behind My Back from “LIFE ANEW”(13)
8. The Price To Pay from “WILD&MOODY” (84)
9. Blue Moon Blue from “Blue Moon Blue”(06)
10. Where Are You Heading To? (& James Iha)  from “Blue Moon Blue”(06)
11.To Who Knows Where (James Iha) Cover of James Iha(12)
12.End Of An Error from “LIFE ANEW”(13)
13. Shadow from “LIFE ANEW”(13)
14. All That We Know from “LIFE ANEW”(13)
15. World In A Maze from “LIFE ANEW”(13)
16. Follow You Down from “LIFE ANEW”(13)

  (Encore)
17.Something In The Air from “NEUROMANTIC”(83)
18.The April Fools from “薔薇色の明日”(83) Cover of Bacharach & David (69)

ykinphase

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批評.COM  篠原章
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