「百害あって一利なし」— 友知政樹教授による「嘉手納基地返還後の経済効果」

琉球民族独立総合研究学会の主要メンバーである沖縄国際大学の友知政樹教授が、米軍嘉手納基地の返還に伴う「直接経済効果」が年間約1兆4600億円にのばるとの試算を発表しました(「嘉手納返還で経済効果1.5兆円 友知沖国大教授が試算」琉球新報電子版・2017年2月23日)。

友知教授が基地返還に伴う経済効果に関する試算結果を発表するのは二回目で、前回は沖縄県内の全ての米軍基地と自衛隊基地が返還された場合の「直接経済効果」を3兆5486億円と試算した結果を2015年に12月に発表し(「全基地返還で経済効果3.5兆円 友知沖国大教授が試算」琉球新報電子版・2015年12月5日)、「全基地撤去および全補助金撤廃後の琉球(沖縄)経済に関する一考察」という論文にまとめて、後日、琉球民族独立総合研究学会の学会誌『琉球独立学研究 』(第3号・2016年)誌上で公表しています。

新聞紙上でこのような試算結果がまず公表され、だいぶ後になって論文を掲載する雑誌が出版されるという「段取り」自体にきわめて政治的な「臭い」を感じざるをえません。しかも、公表された論文は「琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族」に会員を限定する琉球民族独立総合研究学会の学会誌に収録されています。琉球民族の血縁と無関係な私たちは、学会にも加入できない上、会員なら確実に購読できる学会誌の入手も不可能です。沖縄県立図書館に赴けば『琉球独立学研究』は所蔵されていますが、現時点では第2号(2015年)までしかなく、友知論文が収録された第3号は閲覧できません。これだけクローズドな学会、閲覧の困難な学会誌はきわめて稀です。友知教授の論文が、論文として適切に執筆されたものであるかどうか、確認する術さえ乏しいのが現状です。

したがって、友知教授の主張に対して詳細に反論することはできませんが、ここでは新聞報道と琉球民族独立総合研究学会のホームページに掲載されている友知論文の梗概などを資料としながら、友知教授に異論を申し立てたいと思います。

沖縄国際大学経済学部の友知政樹教授は22日までに、米軍嘉手納基地が返還された場合の県経済への効果について、跡地利用が進んで生み出される「直接経済効果」が年間約1兆4600億円になるとの試算をまとめた。県が「嘉手納より南」の基地返還に伴う経済効果の算定で用いた計算式を当てはめて試算した。経費などを差し引いた「粗付加価値額」は約8220億円になるとした。

県は「嘉手納より南」の基地返還後の経済効果について、リゾートコンベンション産業や文化産業などを整備することを前提に計算した。友知教授はこの式を嘉手納基地に当てはめ、基地が所在する3市町それぞれの地価と掛け合わせた。

3市町は嘉手納基地の具体的な跡地利用計画を策定していない。

そのため、沖縄市、嘉手納町は県が試算したキャンプ瑞慶覧の返還効果(1ヘクタール=6.98億円)、北谷町はキャンプ桑江の返還効果(同4.95億円)を適用。1ヘクタール当たりの返還効果の数値と地価換算係数、嘉手納基地の面積1985ヘクタール(沖縄市742,5ヘクタール、嘉手納町879ヘクタール、北谷町363.5ヘクタール)を掛けて自治体ごとに経済効果を出し、これを足し合わせた。(以上、琉球新報電子版・2017年2月23日付記事より引用)

1年以上前になりますが、2015年の12月6日に、批評.COM(篠原)は、友知教授が「全基地返還で3.5兆円の直接経済効果」と試算した結果を批判しました。以下、その記事『「全基地返還で経済効果3.5兆円」の検証』からの抜粋・転載です。

沖縄県議会が全基地返還で9155億円の経済効果があると発表したのが2010年。今年の2月に沖縄県企画部が、返還を予定される嘉手納より南の5基地の跡地利用について発表した試算が8900億円。今度(2015年12月5日)は友知教授の3.5兆円です。

県議会の9155億円が完全な計算ミスであることは小著『沖縄の不都合な真実』で指摘しました(正しくは約5000億円)。沖縄県企画部の8900億円に形式的な計算ミスはありませんが、基地跡地に同じようなショッピングモールやホテル、テーマパーク、医療施設などが乱立してパイの奪い合いになれば、この数字がいかに空想的なものであるか素人でもわかろうというものです。おまけに返還後に予想される地価暴落も計算には入っていません。企画部は8万人という雇用増も試算していますが、これは沖縄の現在の失業者数約4万人のほぼ倍数であり、基地が返還されると県内労働力では賄えない労働需要が発生することになります。

友知教授の試算は、北部の基地を除く全基地(嘉手納基地など)についての返還後に生ずるだろう経済効果を計算したものですが、県企画部の8900億円という空想的な試算を拡張したに過ぎません。

この記事を信ずるとすれば、友知教授は、県民所得も3兆円ほど増えると主張されているようですが、これは経済の専門家らしからぬミスだといわざるをえません。県民所得はGDPベースですが、経済効果は販売額ベースの数字です。ベースが違うのです。百歩譲って友知教授の3.5兆円という経済効果の試算が正しいとしても、県民所得の増分は、経済効果に産業連関表に基づく粗付加価値率という係数を乗じたものでなければならないはずです。一般にこの係数は0.55程度と推測されますから、友知教授の前提をもとに計算しても1.8兆円の所得増です。1兆円以上の水増しです。もちろん、これもまた空想的な数字であることに変わりはありません。

友知教授の試算した雇用増について記事は触れていませんが、友知教授の前提を考慮するとおそらく20万人ほどの雇用増となるでしょう。現在の沖縄の労働力人口は68万人程度ですから(失業者含む)、労働力人口は90万人程度に増えることになります。沖縄県の15歳以上65歳未満の全県民が働いても賄えない数字です。

今回の試算は、この批判に応えるかのように、友知教授は「8220億円」という粗付加価値額も示しましたが、琉球新報が掲載した以下の図による地価換算係数とその説明を見るかぎり、計算の妥当性が確保されているかどうか疑問を持たざるをえません。基地返還によって沖縄市にもたらされると予想される経済効果そのものに不確定な要素がつきまとうことはいうまでもありませんが、嘉手納町の地価を沖縄市の地価で割った地価換算係数を沖縄市で予想される経済効果に乗じて嘉手納町の経済効果を得るという計算手法には、首をかしげたくなります。嘉手納基地のような広大な面積を持つ基地が返還されることになれば、一般に土地価格は下落すると想定すべきで、その変化の程度は跡地利用計画の有無とその内容に大きく依存します。跡地利用計画がない「物件」について、「地価換算係数」なるものを用いて経済効果を計算するなど、あまりにも無謀な試算というほかありません。

ひょっとしたら友知教授は、こうした批判をかわすための理屈も用意しているかもしれませんが、既存の返還例あるいは成功例(小禄、おもろまち、北谷)を嘉手納基地に当てはめて返還による経済効果を計算すること自体が、「絵に描いた餅」以上のなにものでもありません。しかも、SACOによる返還プログラムがこのまま進められれば、普天間飛行場、キャンプ・キンザー、キャンプ・フォスター(一部)が返還され、その跡地は再開発されることになります。これら先行する再開発の動向を見極めることもできない現時点で、嘉手納の返還・再開発を計算するなど論外です。

嘉手納の返還によって得られる経済効果は、普天間飛行場、キャンプ・キンザー、キャンプ・フォスターで得られる経済効果にのあり方に大きく依存するだけでなく、先行する再開発が、商業を中心としたものなのか、住宅を中心としたものなのか、インフラ整備や製造業を中心としたものなのかによっても、その数値は異なってきます。先にも述べたように、土地価格の変動についても杜撰な計算方法を用いています。現実に起こりうるこうした経済的要素を顧みない友知教授の試算は、信頼に足るものではありません。「妄想」といっても過言ではないでしょう。

そもそも嘉手納基地返還ほ、現在の形の日米同盟が破綻しない限り、起こり得ない選択肢です。友知氏は日米同盟反対論者なのでしょうが、彼が反対だからといって、嘉手納返還が行われる可能性はないと思います。

こういう「ふざけた」(リアリティのない)計算を、一面トップに持ってくる琉球新報の思惑は明らかです。基地さえなければ沖縄は自立できる、という短絡した幻想を県民に与えるのが目的でしょう。きわめて政治的な試算だと断定するほかありません。

友知教授は琉球新報紙上で、「あくまで基地問題は平和や人権の問題であり、経済効果があるから基地を返還した方がいいという論理ではない」「SACO合意以外の基地も『返ってこない』と決めつけず算出してみることが大事だ」などと述べていますが、「経済効果」への期待と、実際の経済成長の実現とでは、概念からいってまるで違います。まともな経済学者なら、怪しげな経済効果を取り上げた議論に手を染めることはありません。百害あって一利なしの試算です。

 

批評.COM  篠原章
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