都知事選の候補者別得票分析〜消えつつある「革新派」

◎概 説

都知事選が終わった。 正直いうと、つまらない知事選だった。盛り上がれるポイントがまるでなかった。

そもそも争点が見えにくい選挙だった。東京新聞あたりは<原発を争点に>というキャンペーンを張ったが、東電に圧力をかけることはできても、都知事の立場で一国の原発政策を変えるのはやはり難しい。景気や福祉に関心がある都民が、脱原発へのショートカットで知事を選ぶという可能性は高くなかった。連合が舛添支持に回ったことも選挙をつまらなくした。週刊誌などが取り上げた、舛添候補の「政党交付金2億5千万円の流用」問題も思ったほど注目されなかった。

舛添候補当選は予想通りだったが、宇都宮候補、細川候補ともう少し接戦になるかな、とも思っていた。開票が終わってみれば、宇都宮、細川両候補の得票を足しても舛添候補には及ばなかった。両候補間の調整で 「脱原発統一候補」を立てれば、票はもっと伸びたという説もあるが、宇都宮候補の支持母体は、なんだかんだいっても共産党と社民党だから、保守系の細川候補とうまく調整できる可能性など最初からなかった。

宇都宮候補の政見は前回の知事選に比べると、格段によくなっていたが、ひとたび知事になってしまえば、宇都宮さんだろうが舛添さんだろうが、税収制約の厳しい地方の行政にできることは限られている。つまり大差はないということだ。たとえば、老人施設や保育所については、どちらがなっても同じような政策を指向することになっただろう。ただ、福祉について政見の見えにくい細川さんや田母神さんに投票するのは勇気がいる。実際実現できるかどうかは別にして、「景気」を「福祉」と並んで前面に押し出した舛添さんが選ばれたということになるのだろう。宇都宮さんはマジメでいい人そうだ、という印象はあったが、いかんせんオーラがない。そのこともたぶん災いした。

田母神候補は善戦した。61万票は予想以上の出来だったように思う。投票率が上がれば70万票越えもあったろう。ネットでの支持も高く保守の「新潮流」といえる可能性はあるが、政策パッケージが弱い。都知事選は地方選挙のなかでもいちばん政策が重視される。参院など国政選挙が舞台であれば、田母神候補のようなキャラクターは当選する可能性はある。ホントの狙いは次の選挙なのかもしれない。

家入候補の選挙へのアプローチは、もう少し若者層を引きつけるのではないかと予想したが、終わってみれば9万票弱。10万票は超えると思っていたので、予想をちょっと裏切られた気分。家入さんの政策パッ ケージに新味が乏しかったことも得票の低さに関係があるかもしれないが、やはり「大雪」にたたられたと観たほうがいいだろう。大雪を押してまで投票所に足 を運ぶ無党派層は多くはない。ワンクリックで投票できるような電子投票システムにでもならなければ、家入さんのような候補は勝機をつかみにくい。家入さんとホリエモンのような仲間たちが継続して政治活動をやるなら、それもおもしろそうだが、果たしてどうなるか。

投票率が46.14%と低かったことを捉えて、「舛添候補は半分以上の都民の支持を受けていない」と主張する人たちもいるが、投票しない人たちが提起するのは、民主主義システムの問題であって、今回の都知事選に固有の問題ではない。当選は当選だ。選挙結果は受けいれなければならない。

NHK速報

東京都知事選NHK速報

◎得票分析

得票分析などこれまでほとんどやったことはないのだが、今回は舛添票の出方が少々気になった。いわゆる固定的な「保守層」の支持だけを集めたわけではない、という観測もあったからである。要は無党派層も舛添候補に投票したということだが、舛添候補に投票した無党派層はどんな属性の人かが気になった。個人的な関心でいえば、悪化している所得再分配の状況(所得格差の拡大)が選挙結果にどのように反映しているのか、手がかりをつかみたいという気持ちもあった。とはいえ投票者の調査項目は、出口調査の折の「男女別」「年齢階層別」「支持政党別」「重視する政策別」などに限られている。所得水準など把握する術もない。

そこで少々大雑把だが、市区別の所得水準を基準に投票行動・得票率を観察してみることにした。

所得水準の代表的指標は個人の平均所得である。ところが、東京都は23区の個人平均所得を公表していない。そこで税務調査報告の際に公表される市区別の1人当たり住民税(都税・区市税)納税額を基準として、候補者の得票率をリンクさせてみることにした。併せて市区別の生活保護率も候補者の得票率にリンクさせてみた。

結果として得られた数値などは、以下の三つの表にまとめてみた。

【表1】得票率順位と所得水準順位(降順)

【表1】得票率順位と所得水準順位(降順)

 4人の主要候補者の市区単位の得票率を高い順から並べ、その市区の平均的な所得水準の、東京都における順位(上位であれば所得が高いことになる)と対照した。23区の平均区民所得は公表されていないので、それに代えて住民税の平均納税額の順位を利用した。これによって舛添候補の得票率の高い市区は、相対的に所得水準の低い市区ということがわかった。

【表2】得票率順位と生活保護率順位(降順)

【表2】得票率順位と生活保護率順位(降順)の対照。それぞれの候補者の表の右列が生活保護率の順位を数字で合わしたもの

4人の主要候補者の市区単位の得票率を高い順から並べ、その市区の生活保護率の東京都における順位(上位であれば保護率が高いことになる)と対照した(各候補の表の右列)。これによって舛添候補の得票率の高い市区は、相対的に生活保護率が高い市区ということがわかった。

【表3】

【表3】

各候補について、得票率の高い上位10市区の所得水準順位の平均(数字が大きいほど所得が相 対的に所得が低いことになる)と、得票率の高い上位10市区の生活保護率順位の平均(数字が大きければ相対的に生活保護率が低いことになる)を一覧表にし た。併せて昨年の知事選の三候補(猪瀬・宇都宮・松澤)の得票についても同様の順位総括表を掲げた。両選挙を比較すると、舛添候補は猪瀬候補よりも相対的 に貧しい市区で高い得票率を上げていることがわかった。

学術的にはいくらか問題のあるアプローチだが、舛添候補が相対的に所得の低い層によっても支持されている可能性がある、という趨勢は読み取れる。本来であれば、宇都宮候補が低所得者層に支持されてしかるべきだが、同候補は、世田谷、杉並、武蔵野といった比較的知的で所得の高い人びとが住む地域での支持率が高い可能性がある。前回の「猪瀬VS宇都宮」の選挙にも同様の傾向が読み取れる。<社会的弱者の支持>を訴えた宇都宮候補だが、所得水準という基準で観たとき、保守系の舛添候補を支持する低所得層が少なからず存在する可能性は注目する価値がある。保守系候補を支持する市民、革新系候補を支持する市民が変容したのか、それとも「保革」という色分け自体が無効になったのか、あらためて考えてみる必要がある。

いずれにせよ、所得格差の拡大が必ずしも革新派に有利に作用していない可能性が読み取れるということは、きわめて重要な検討課題だ。とくに「革新派」を標榜する党派や団体は、この事実を深刻に受けとめる必要がある。このままでは「革新派」は消えてしまう。

批評.COM  篠原章
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