さすがの朝日も「米軍犯罪は問題なし」に気づいている

沖縄の米軍基地反対運動を半ば無条件で支援してきた朝日新聞だが、ここにきて「米軍犯罪を根拠に基地反対運動を展開するのは無理だ」という事実に気づき始めている。問題の記事は、朝日新聞(出版)の雑誌『AERA』11月26日号の特集「隣の米兵の素顔」である。

『AERA』11月26日号

『AERA』11月26日号

 「繰り返される犯罪の背景を探る」とか「続発する、 在日米軍兵士らによる深刻な犯罪」といったような見出し周りは「やっぱり…」と突っこみたくはなるが、今回の特集は米兵に対する直接取材も盛りだくさん で、事実の歪曲や誇張もなく、沖縄における米兵の実態をかなり的確に伝えている。

 特集はまず示談書の存在に触れている。示談書とは、 米軍の事件事故の場合に、被害者とのあいだに取り交わされる証文である。ここでは、今年4月頃一部で話題になった、海兵隊による器物損壊事件(専門学校生 が駐車場に置いていたクルマのミラーやガラス窓を次々に壊した事件)が取材の対象である。

現金が入った封筒を受け取ると、ボールペンを渡され、ボードの上に用意された「示談書」に署名を求められた。

「すべての請求・要求から○○(米兵名)を永久に免責する」

 英語と日本語で書かれたその書類は、そんな内容だと 口頭で説明されたが、写しは渡されなかった。サインすると、米海兵隊側のスタッフだという、日本人の名字を名乗る高齢男性は、すぐに車で走り去った。この 間、わずか数分。待ち合わせた駐車場で、立ったままのやりとりだった。

 「示談屋」の存在は以前から聞いてはいたが、示談屋 と被害者のやり取りを具体的に取材したジャーナリズムはこれまでなかったと思う。ひょっとすると『AERA』は、「事件の背景に示談屋あり」と問題視した かったのかもしれないが、“追及”の迫力はない。大騒ぎするほどの価値はないとわかっているのだ。いかにもありそうなことで、示談屋が「もみ消し」してい るわけではない。記事には「米兵側から直接の謝罪はなかった」と書いてあるが、われわれが経験する一般的な自動車事故の場合にも、相手からの謝罪のないま ま、保険屋が淡々と処理を進めるケースは珍しくない。この取材記事を読むかぎり、米軍が一方的に無法な対応をとっているふうには見えない。米軍側が気を 遣っているようすさえ読み取れる。

 記者(田村栄治氏)は北谷町のアメリカン・ビレッジでビールを飲んでいる米兵グループに近づいて取材を続ける。

リー ダー格のマーク(24)が海兵隊に入ったのは3年前。大学の学費を払い続けることができず、2年で中退した。軍で4年間務めれば学費を払ってもらえると 知って入隊。残りの1年を務めた後は大学に戻り、経営学修士(MBA)を取得して、「故郷のカリフォルニアでレストランかバーを経営したい」

 同じ くカリフォルニア出身のルーカス(21)は、高校を卒業してすぐに入隊した。「それまでは悪い友だちと付き合っていた」。このままでは道を誤ると感じたの と、世界を見てみたいと思ったことから兵役を志願した。医療保険や大学の学費支援などの軍の福利厚生も魅力だった。やはり4年で除隊し、大学で犯罪学を学 んで捜査機関で働きたいと話す。

 ジョ ン(24)はハワイ・オアフ島の出身だ。10代で2人の息子の父親になり、自動車整備を生業にしていたが島では仕事がなく、「母親に家族全員が面倒を見て もらっている情けない状態だった」。自活を目指して就職フェアをのぞいたが。めぼしい仕事が見つからず会場を出たところで海兵隊員に声をかけられた。家族 を養うのに十分な給料が決め手だった。入隊して6年。海兵隊基地があるカリフォルニア州に家を買い、妻子はそこで暮らす。軍にずっといるつもりはない。い つかは「映画監督になりたい」。

 いずれも大志を抱くまじめそうな海兵隊員ばかりで、 誰もが彼らに好感を抱くだろう。記者は「キャリア形成のステップとして軍に一時的に勤務する若者が多いことが事件の背景にあるのでは」と分析している。 「一時的な勤務だから無責任になりがちだ」という論理である。「旅の恥はかき捨て」という言葉まで使って説明を試みてはいるものの、この分析には無理があ る。まともに除隊しなければ彼らの夢は実現できない。軍法会議にかけられて有罪でも宣告されたらお先は真っ暗だ。不名誉除隊になる。不名誉除隊は懲戒免職 と同等であり、退職手当や年金は受給できない。履歴書にも不名誉除隊という経歴を記載することが義務づけられている。場合によっては、公民権停止などの措 置も科せられる。軍規が実質的に緩かった1970年代ならいざしらず、今日では将来を犠牲にしてまで「旅の恥をかき捨てる」米兵は少ない。この記者もその ことを承知しているのか、どちらかといえば米兵に好意的な姿勢だ。

 そもそも『AERA』のこの特集では、“沖縄の米兵 の犯罪はきわだっている”という証拠も示されてはいない。同誌がここで示した数字は、ぼくがこれまでこのコラムで示してきた数字と大差なく、沖縄における 米兵の犯罪をクローズアップすることがいかに難しいかを示す結果となっている。『AERA』によれば、2011年における米軍関係者の検挙総数は116 件。うち59件が沖縄で発生している。たしかに事件のうちの50%強が沖縄で起きていることは間違いない。が、米兵・米軍関係者総数は全国で約10万人。 その半数の約5万人が沖縄に駐留・在留しているから人口比でいえば沖縄が突出しているとはいえない。「沖縄の米兵はとくに凶暴である」という証拠にはなっ ていない。なにしろ全体の半数の事件(57件)は本土で起きているのだから。

 ついでに人口比での犯罪発生率をチェックしてみよう。以下の表は、警察庁・沖縄県警・沖縄県・防衛省・外務省の公表データを元に、篠原が独自で作表したもので、『AERA』とは関係ない。

刑法犯認知件数

刑法犯認知件数
(警察庁・沖縄県警・沖縄県・防衛省・外務省の公表データを元に篠原章作成)

この表は沖縄における犯罪発生率を、県全体と米軍関係者に分けて比較できるようにしたもので ある。犯罪発生率とは、この場合、刑法犯認知件数を人口で除し、パーセンテージで表したものだ。米軍・軍属とその家族の駐留・在留人口実数は毎年公表され ているわけではないが、外務省などのデータからこの期間は一貫して約5万人であると推計される。沖縄県における人口比での犯罪発生率を見ると低下傾向にあ るが、おおよそ1%前後である。一方の米兵は推計駐留・在留人口に比して0.1%前後。つまり桁が違うのだ。桁が違うというのは米兵の犯罪発生率が桁違い に低いという意味である。こうした数字を見るかぎり、沖縄では「米兵の犯罪よりも県民の犯罪に注意せよ」という教訓が得られる。非常に粗っぽい言い方をすれば、沖縄県民の100人に一人は犯罪を犯すが、米兵は1000人に一人しか犯罪を犯さないということになるか らだ(表のデータは件数だが、人員に置き換えても数字に大差はない)。これらのデータのうち、トータルでの刑法犯犯罪認知件数には、もちろん米兵の犯罪も 含まれている。もし、米兵の犯罪認知件数を除いて計算しなおせば、沖縄の犯罪発生率はわずかながら上昇する。ちなみに沖縄県の人口には米軍関係者は含まれ ていない。

 先に触れたように、この統計は『AERA』の記事と は直接の関係をもたないが、米兵が危険な存在ではないという有力な証拠である。『AERA』の記者氏も、おそらくこうした事実に気がついたはずだ。結論部 分は、朝日本紙が過去示してきたような「米軍基地反対運動支援」の色合いは薄く、比較的中立的なものとなっていた。

ひとたび米兵がらみの悪質な事件が起こると、すべて の米兵を犯罪者のようにとらえる雰囲気が生まれる。嘉手納基地前のコザと呼ばれる地域のバーで水タバコを吸っていた空軍所属のトレントン(23)は、アニ メを通じて日本が好きになり、今年3月に希望して赴任。日本語も勉強中だ。そんな彼にすれば、「日本人に迷惑をかけるやつは、我々米軍にとっても迷惑以外 の何ものでもない」。

 実際に事件を起こすのは、ごく一部だ。ただ、問題を起こしやすい人物を抱えがちな側面も、米軍にはあるのではないか。米軍基地との共存は、そうした人たちとの共存でもある。

 「問題を起こしやすい人物を抱えがちな側面も、米軍にはあるのではないか」という一節に朝日としての工夫がある。いつもの彼らの報道姿勢からすれば、「米軍にはある」と断定していたはずだ。だが、 これまで示してきたとおり、米軍犯罪の危険性を強調できるような事実はまったく存在しない。『AERA』もこのことを無視できなかったのだ。

 米軍の犯罪は危険ではない。事実を直視した報道姿勢こそジャーナリズムに求められている。「米軍の犯罪」を根拠に、基地の閉鎖を求めるのは明らかに誤りであり、基地問題の本質を見えなくするだけだ。基地問題は公務員などの既得権益の問題であり、経済問題・貧困問題であり、安全保障の問題であって、「米軍・米兵は危ないから出ていけ」といったレベルの問題ではけっしてない。

批評.COM  篠原章
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