戸川純とフィル・スペクター、あるいは木之内みどりとフランソワーズ・アルディ
戸川純「さよならをおしえて」(1985)の歌詞は、「そのシュールな世界観からしてサエキけんぞうでしょ?」という質問があり、「んなバカな。戸川純でしょ」と返したのでありますが、老齢のせいか少々自信がなくなり、調べてみたらやっぱり戸川純本人が「シェルターの重い扉を開けて あなたの名前を呼ぶ私」とか「幽霊になってもどって来るわ あなたの名前を呼ぶために」いう、とんでもなく怖ろしい歌詞を書いたことを確認し、あらためて身震いした次第です。
で、この曲がフランソワーズ・アルディの「さよならを教えて(原題:COMMENT TE DIRE ADIEU)」(1968)のカバー曲であることは知られているのですが、作曲したのはフランス人ではなく、なんと!アーノルド・ゴーランド。「なんと!」といわれてもほとんどの人は迷惑なだけでしょうが、フィル・スペクターの初代ストリングス・アレンジャーです。そう、あの重厚なウォール・オブ・サウンドのストリングスのスコアを書いた人ですね。
そのゴーランドが、作詞を担当したジャック・ゴールド(音楽プロデューサー、作詞作曲家、ミュージシャン)とともにつくったのが「It Hurts To Say Goodby」(1966)。この曲は、最初ポップス・シンガーのマーガレット・ホワイティングがアルバム用にレコーディングしたもの。
これがちょっとした評判になったらしく、1967年には4つものカヴァー作がリリースされています。ポップス・シンガーのヴァラ・リン(シングル)、フランス人歌手Ginette Reno(曲名:Avant de dire adieu〈訳詞:Michèle Vendôme アルバム『Quelqu’un à aimer』収録)、ブラジル人オルガニストWalter Wanderleyのインスト・ヴァージョン(アルバム『Batucada』収録)、そして作詞を担当したジャック・ゴールド自身が「The Jack Gold Orchestra and Chorus」名義で発売したヴァージョン(シングル?)の4作。
アルディはこのうち「アメリカのインスト・ヴァージョン」を聴いて触発され、ゲンズブールに歌詞を依頼して、1968年にレコーディングしたことになっていますが、アメリカのインスト・ヴァージョンってものは存在しないんですよね。ジャック・ゴールドのヴァージョンはコーラスが入っている。インストでのカヴァーはWalter Wanderleyのヴァージョンだけですが、これはボサノヴァ調でイントロはオルガンから入る。アルディのヴァージョと同じようにイントロがタイコから入るのはジャックのヴァージョンですから、アレンジから類推するにアルディはこれを聴いたんでしょうね。
と、ここまでウンチクというかゴタクを並べた後で、最後に書き留めておきたいのは木之内みどりによるアルディのカヴァー作のこと(リンクを張りたいのですが、消される可能性のある音源リンクしかないので興味のある人は探してください)。タイトルは「さよならを教えて」じゃなくて「涙が微笑みにかわるまで」(1976年のアルバム『透明のスケッチ』収録)。作詞・作曲家の万里村ゆき子が訳詞したものです(1972年3月に発売された美岐陽子のシングル「涙が微笑みにかわるまで」が初出)。70年代前半は小林麻美と木之内みどりの熱心なファンでしたから、当然の選択だと自負しています(笑)。田邊昭知や後藤次利のことを憎々しく感じた時代があったなあ。
※一部に「カラベリときらめくストリングス」で有名なフランス人カラベリによるインスト・ヴァージョン(アルバム『Eloise』収録)を聴いてアルディが真似た、という説があったのですがこれも間違い。カラベリのカヴァー作は1969年ですから、カラベリがアルディをカヴァーしたと考えるのが筋でしょう。